四条靖子は何者

四条靖子は華の女子高生である。

 長い黒髪の毛先を丸め、瞼にはエクルベージュのシャドウをのせた、赤いリップの映える高校生である。勿論スカートは二回折る。


 四条靖子は捻くれ者である。

 自ら志願して私立高校に入ったが、ものの一年で既に自主退学を考える高校生であった。中学校の三年間の青春を犠牲に勉学に励み、必死の思いで高校に滑り込んだせいで、所謂ガリ勉とオタクの巣窟のような片田舎の高校に入学した。それは靖子が思い描いていた高校生活とは遥かに遠かった。


 四条靖子は高校教師が嫌いだ。

 大学を出て直ぐに教職に就いたのならば世間知らずは生徒達と変わらぬはずだが、さも経験豊富な大人であるかのようにやれ大学だ卒論だ研究だと己の成果を鼻高々に語る。特に声高らかに斜め上を向いて目を輝かせ、起立!と号令をかける様など自分が王様かコンダクターかになったような自惚れを感じて反吐が出る。カオス理論がどうだとか量子力学がどうだとか、分子分光学がどうとか、自分の成果を語る教師の自慰行為に付き合っている暇があったら寝ている方が余程健康的だ。四条靖子はアカデミックな議論をしているくらいなら己の睫毛の上がりようについて真面目に鏡に向き合っている方が勉強になるタチの高校生であった。


 そんな女が真面目の概念が制服を着るような高校で馴染める訳もなく、どこか自分だけが浮ついているような空気を常に身に受けながら高校二年生になろうとしていた。

 靖子は新学期の前夜を地元の幼馴染との通話で明かした。

「ほんと、信じられないんだよ。すぐ近くにスタバがあるのにみんな真っ直ぐ帰んの。寄り道は校則違反だからって。」「私が知ってる高校生ってもっときらきらしてた。文化祭では髪を染めて怒られて、放課後には遊園地に行くものだと思ってた。生徒会は絶大な権力を持ってるものだし、お昼は屋上で食べると思ってた。」夢見がちな妄想少女の中学時代を後悔する靖子に幼馴染はいつもこう返した。

「強く生きような。」

全く便利な言葉である。それでも靖子は適当な言葉にメンタルを回復させてしまうのだから、単純な女なのだ。


 四条靖子は自身に強い劣等感を感じている。

 真面目な同級生を馬鹿にしながらも、自分が何か出来るかと言われればそういう訳ではなく、ほにゃららコンテスト受賞だとか、なんとか大会優勝だとか、様々な分野で自分の生きた証を残す同級生に羨望に似た嫉妬心を持っていた。自分は女子高生のテンプレートの生き様をなぞることすら出来ず、JKブランドを摩耗させて生きている。それならば、例え泥臭く、ダサくても同級生のように生きてみたかった。


 四条靖子は今を生きている。

 四条靖子には過去の記録がない。記憶喪失とかそういう訳では無い。後世に自分が生きていたことを示す証がないのだ。小学校、中学校の思い出は行き過ぎた顔面コンプレックスで焼却炉に送った。習い事も、他人と比較して劣っていると感じればやる気を失い途中で投げ出した。全てさわりだけ撫でて何の賞も持っていない。今を生きることしか出来ない悲しいいきものなのだ。

 だから、四条靖子は何者でもない。

 何者にもなれなかった空虚な存在である。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セイジャの冷笑 雀屋 恵 @mus-raptor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ