無自覚の分岐点
――SYSTEM G.A.M.E Boot up
(何だ? 何が起きた?)
まるで自分の魂が、体から離れたような感覚。それと同時に俺の目に映る世界から現実感が失われ、妙に薄っぺらく見える。
それは正しくゲーム画面。現実と同じ三次元をモニターという平面で再現するための表現。時が凍り付いたように動かない世界で思考だけがクリアに研ぎ澄まされ、俺の眼前にそれこそゲームのメッセージウィンドウみたいなのが出現し、そこに文字が流れていく。
――Data check......error キャラクターデータの整合性エラーが発生しました。システムの一括インストールが中止されます。必要なプログラムを任意でインストールしてください。
(お、おぉぉ? これはあれか? パワーアップイベントってやつか!?)
その状況に、俺は年甲斐もなく興奮を覚える。ピンチに能力に覚醒して一発逆転なんて、まさに主人公だ。いやー、ハーレムとかはいらねーけど、こういうのはいいよな!
まあそれまでにコツコツ積み重ねた努力を蔑ろにされているような気にはなるが、頑張ったという過程が評価されるのは小学生までだからな。擦れた大人になると、結果が出りゃそれでいいってなるんだよ。
(んで、どんな力がもらえるわけだ?)
ワクワクしながら待ち構えると、黒背景に白文字で何ともわかりやすい名前が羅列されていく。
――status.exe
――window.exe
――inventory.exe
――skill.exe
――equip.exe
――Likeability.exe
…………
(なるほど? つまり俺がステータスを見たりインベントリが使えなかったのは、これが俺に組み込まれてなかったからってことか? で、その原因は整合性エラー……俺が主人公に成り代わった転生者だったからってことか)
提示された情報はわずかであったが、それでも俺におおよそ正解だと思われる推測を与えてくれた。
言うまでもないが、俺の存在はこの世界……「プロミスオブエタニティ」というゲームの世界において完全な異物だ。一五年前に転生して最近記憶が戻ったのか、あるいは一五歳のシュヤク君を俺の意識や記憶、魂とでも呼ぶべきものが乗っ取ったのかはわからねーが、どっちにしろ正規のキャラ……カイルではない。
なので本来持って生まれるべきだった
そうなった理由はわからんが、なったんだからそれでヨシ! ニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺は視線を動かしていく。
(さーてさてさて? それじゃどれを選んじゃいましょうかね)
もしもこの場にリナがいたら「何アンタ? 気持ち悪さのワールドレコードでも狙ってるわけ?」と突っ込まれること請け合いの顔をしながら見ていくと、羅列されたプログラムは、その全てがプロエタにおける基本システムだった。なので本来なら何も考えず全部入れればいいんだろうが、今の俺にとっては不必要どころか害悪にすらなりそうなものも幾つか混じっているようだ。
(この好感度システムは、多分俺からヒロインに対する好感度が反映されるようになるんだよな? となるとこれを入れた場合、俺はアリサと喜んで付き合ったり、クロエにひたすら猫缶を貢いだりするようになる……よし、これは未来永劫パスだ。他には……eat.exe? うーん……あ、ひょっとして飯を食わなくてもよくなるとかか?)
飲食の概念はあるが、プロエタに飢えや渇きのパラメーターはない。そこがゲーム的になるということは、おそらく飲まず食わずでも大丈夫になるということだろう。
そのうえで街の定食屋で能力向上用の食事はできたのだから、任意の食事はできる? なら便利ではありそうだな。一応チェックしとくか。
その後も一つ一つをチェックしていき、最終的には提示された項目の九割以上にチェックを入れた。よしよし、これだけ入れれば、ほぼ完璧にゲームの力を再現できるようになるだろう。そうなれば――
『駄目だ』
(…………ん?)
調子に乗ってそれらの項目を連続タップしようとしたところで、ふと俺の中に誰かの声が聞こえた気がした。まるで熱に浮かされていたような気分が沈静化し、画面を見つめる目に冷静さが戻る。
(あー……そうだな。いきなり全盛りはやり過ぎか)
あまりにも今の自分と変わりすぎるのは、周りも俺自身も戸惑うだろう。一分一秒どころか瞬き一つの時間で命が消える現状、心身の違和感は最低限に抑えるべきだ。
(ヤバいヤバい。三億の宝くじに当たったのに秒で破産する奴って、きっと今みたいな思考パターンだったんだろうなぁ……厳選だ厳選! 何だよcat.exeって! これコマンドで猫が撫でられるやつだろ? 超いらねーじゃん! 普通に撫でられるわ!)
あっても困らないプログラムのチェックを、片っ端から外していく。次いであると便利かなーと思っていたプログラムも、全部チェックを外す。加えて「できれば欲しい」や「あったら強い」というものすら外していき……最後に残ったのは今この窮地を生き残るために絶対に必要だと判断した、三つのプログラムのみ。
(ふーっ、流石にこれ以上は絞れねーな。でもおかげで打開策は見えた。特にこいつは……フッフッフ、掘り出し物だったぜ)
精査の途中でカーソルが画面の下に移動することを発見し、チョチョイと脳内キーボードを叩いたことで、最後まで悩んだとある機能の有用性が跳ね上がった。それまでもほぼ必須くらいの価値があるものだったが、これなら文句なく採用だ。
(ってわけで、いくぜ……ポチッとな)
――Now installing......
三つの機能をポンポンと脳内でタップすると、俺の中に明らかな異物が入ってくる。うぉぉ、何だこれ? スゲー気持ち悪いぞ!?
(おっ、うおっ!? むふぅ……!?)
痛いとか苦しいとかではないが、とにかく異物感が半端ない。ぶっとい注射を目や頭に刺され、そこからマヨネーズを注入されているような感じだと言えばわかるだろうか?
いや、わからんだろ。マヨネーズ注射された人類なんているはずがない。だが俺のショボい語彙力では、そんな感じとしか表現できないのだ。
(あっ、うっ、おぉぉぉぉ…………)
細胞の隙間を異物が満たし、俺の一部が俺でないナニカに置き換わっていく。明らかに不可逆と思われる変化に後悔の念を抱いたりもするが、とはいえこれを受け入れなければ、どのみちこのまま死ぬだけなのだ。
ならば耐えろ。受け入れろ。なーに、こんなの三〇連勤した時に比べれば余裕……お?
――install complete.
――SYSTEM G.A.M.E shutdown......
(……楽になった? って、うおっ!?)
「カハッ!?」
体から違和感が消え、全てが当たり前になった瞬間。周囲の時が動き出し、俺の体を猛烈な炎が包み込んだ。
ああ、熱い。熱いが……そんなものはもう何の問題でもない。俺は慌てず騒がず虚空に腕を突っ込み、そこから宝飾品のような装飾のなされた小瓶を取り出して飲み干す。
「グルルルル…………?」
「プハーッ! 流石の効き目だな。さーて火吹きトカゲ、今度は俺のターンだぜ?」
訝しげな目を向けてくるレッドドラゴンに対し、俺はニヤリと不敵な笑みを返した。
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今更「ゲーム主人公転生」かよ!? ~中身おっさんにキラキラした学園生活とかは無理なので、ハーレム拒否して平穏無事な日々を送ります~ 日之浦 拓 @ray00889
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