分の悪い賭けは……普通に嫌いなんだけどなぁ

「ほらほら、こっち……ギニャァァァ!? 駄目ニャ! これ引きつけるとかそういうレベルじゃないニャ!?」


(考えろ、考えろ! クロエは保って数分。その間にこの場を乗り切る方法を、どうにかしてひねり出せ……っ!)


 悲鳴を上げながらドラゴンの爪を必死にかわしているクロエの姿を視界に捕らえながら、俺はひたすらに考えを巡らせていく。


 俺にできることは何だ? 物理法則を無視したゲームっぽい動き……何かに利用できる? どんな敵にでも最低一ダメージは通るから、敵の攻撃を全て回避し、こっちの攻撃を当て続ければ、理論上は遙か格上のレッドドラゴンを倒せる。


 つまり、最低限の勝ち筋はある。が、存在することと実行できることは別だ。机上の空論を現実に引っ張り寄せるには、もっと手が必要だろう。


 ロネットのポーション……レベル五の初級スキルとはいえ、弱点属性なら俺の攻撃よりずっとダメージが出る。が、レッドドラゴンを削りきるとなればどれだけの数が必要になるかわからないし、何よりそんな数のポーションを、今のロネットが持っているはずがない。


 だがダメージソースとしてはおそらく有効。頭の隅にチェックを入れる。


 ならリナの魔法も有効か? やはり俺の通常攻撃よりは通るだろう。俺と同じレベル五だと仮定すると、おそらく二〇発近く撃てるはずだ。


 が、こっちもやっぱりここまでの戦闘で随分消費しているはずだ。ロネットのポーションと組み合わせてもなお、レッドドラゴンの討伐には届かない。


 アリサ……俺達のなかでもっともレベルが高いが、最初のブレスから俺達を守ったことでボロボロだ。ゲームならHPが一でも残ってれば万全な状態で動けたが、今のアリサを見るとそうだとはとても思えない。


 それに万全だとしても、レッドドラゴンのレベルが高すぎるせいで、俺とアリサが与えられるダメージに大差がない。やるならさっきと同じく、ダメージを出せるロネットとリナを守ってもらうのが一番だが……


「……もう大丈夫だ、ここまででいい」


「そんな! まだ全然大丈夫には見えませんよ!?」


「だが回復ポーションとて無限にあるわけではないだろう? いざというときの為に、残りは取っておくんだ」


 苦しげながらも笑顔を作ってみせるアリサに、ロネットがキュッと唇を噛む。ああ、駄目だ。あんなアリサに「もう一度ドラゴンの攻撃から守ってくれ」とはとても言えない。言えないが……手段の一つとして頭の隅にチェックを入れる。全員が生き延びられなければ、外道と罵られることすらできねーからな。


 最後、クロエは……


「ギニャー!? かすった!? クロの尻尾がヒュンってなったニャー!」


 よかった、まだ生きている。その理由は、目の前でチョロチョロする黒い猫娘に苛立ち、ドラゴンが雑に爪を振るっているからだ。


 はは、どうやらここも現実化に助けられてるらしい。いくらクロエの回避率が高いとはいえ、五回も一〇回も連続で攻撃を回避できるほどじゃないはずだからな。


 だが、それもそろそろ限界が近いとみた。それこそ猫が獲物を甚振るように、今は自分の手でクロエを仕留めようとしているドラゴンが、飽きて……あるいは見切りをつけて回避不能の火炎ブレスを吐いた瞬間、俺達は終わる。


 その時は、決して遠いとは思えない。だというのに、打開策が何も思い浮かばない。


 どうする? どうする!? ブレスを吐こうと口を開いたら、そのなかにポーションや魔法をぶち込んでみる? ゲームと違って現実なら、口の中に当てりゃ与えるダメージが増えそうではあるが……狙えるか? いや、狙ったとして、それが有効打になるか?


 ブレスを吐く動作でダメージを負わせられれば、怯んで次は吐かなくなる? 爪攻撃だけに絞れたら対抗できそうか? 時間はない。手札もない。一か八かの大勝負だが、ジョーカーを引けば――


「ギャッ!」


「っ!? クロエ!?」


 俺の目の前で、クロエの体が水平に飛んで壁に叩きつけられる。遂にかわしきれなかったドラゴンの一撃が当たったのだ。そのまま床に倒れたクロエは、ピクリとも動かない。


「ギャァァァァァァァァ!!!」


「くっそ、最後の賭けだ! ロネット、リナ! ドラゴンがブレスを吐いたら、口の中に攻撃! アリサは……二人を守ってやってくれ!」


「……いいだろう。ガーランド家の誇りにかけて、二人は守ってみせる」


「わかりました。やるだけやってみます」


 無謀な、あるいは非情な俺の呼びかけに、アリサとロネットが応えてくれる。だがリナは……


「……無理。無理よ。ごめん、アタシ……アタシには…………」


「お前ならやれる! 大好きなヒロインを守るために、世界の壁すら越えてきたんだろ!


 ならこの程度のピンチなんて、簡単に乗り越えられるはずだ! 気合い見せろ、楓!」


「っ…………そ、そうね。そこまで言われたら……いいわよ、やってやるわ!」


 俺の言葉に、足を震わせながらもリナが立ち上がる。よし、これで望みうる限り最高のカードは揃った。なら最後は、俺の役目だ。


「さあ、こっちだトカゲ野郎! 主人公様の存在感にひれ伏しやがれ!」


 俺はドラゴンの前に出て、大声で怒鳴る。クロエが壁際に倒れている以上、そっちに向けてブレスを吐かせるわけにいかないのだ。


「ギャァァァァ!」


「ぐあっ!?」


「シュヤクさん!?」

「シュヤク!」


「平気だ、気にするな! 集中しろ!」


 俺にクロエほどの回避技術はない。新たに飛び出してきた小さな虫に苛立つドラゴンが雑に腕を振るうと、その爪が俺の左腕をかすめた。そしてたったそれだけで、脆弱な人の体は肉が裂けて骨が折れる。それでも痛みを感じないのは、この体がゲーム仕様だからか、はたまたアドレナリンがドバドバ出ているからか?


 どっちでもいい。おかげで動ける。死ななきゃ安い。しなやすしなやす。


「ほらほら、どうした? そんなチンケな攻撃じゃ、一〇〇年かかっても俺を倒せねーぞ! ご自慢のブレスはどうした? それともただの臭い息だってバレるのが怖いか?」


「ギュゥゥゥゥ……」


 ゲーム設定準拠なら、レッドドラゴンの知能はそれほど高くなく、一般的な野生動物程度のはずだ。だが犬や猫だって飼い主の言葉に反応し、芸をしたり散歩をねだったりする。ならドラゴンが侮蔑の言葉を理解できても不思議じゃない。


「くるぞ!」


 レッドドラゴンが頭を上げ、大きく息を吸い込む。さあ、ここからが本番だ。この数秒が、俺達全員の未来を分ける。


 失敗する可能性の方がずっと高い。仮に全部上手くいっても、それですら勝ちの目は薄い。


 でも、ゼロじゃない。設定下限値の四二億分の一だろうと、伸るか反るかなら半々だ。


――まだだ


 リアルな命の危機に、ギンギンに目が冴える。時の流れが水飴のように重く纏わり付き、ドラゴンが頭を下げる様子がはっきりと認識できる。


――まだだ


 ゆっくりと口が開き、凶悪な牙がチラリと見える。爬虫類の目が細くなるのは、まるで死にゆく獲物を嘲笑っているかのようだ。


――まだだ


 口の中に、赤い光が集まる。何だっけ? リアルに考えるなら体内に脂袋みたいなのがあり、それを吹き出すと同時に歯を打ち付けて着火し、火炎放射するのがドラゴンブレスなんだっけ?


 でもこいつはゲームにしてファンタジー。渦巻く魔力が収束し、全てを焼き尽くす灼熱の吐息が放たれ……今だ!


「やれっ!」


 俺は思い切り横に飛びながら声をあげる。するとアリサに守られた位置から、青いポーションと水の太矢がドラゴンの口目がけて飛んでいくが……


ガチンッ!


「なっ!?」

「そんな!?」


「あー、そうなるわけか」


 あろうことか、ドラゴンは吐く直前だったブレスを中断し、口を閉じることで攻撃を防いでしまった。


 そうだよな。別にゲームじゃねーんだから、攻撃動作に入ったら中断できねーなんてことはねーよな。


 それにレッドドラゴンにとって、ブレスは単なる通常攻撃だ。発動を潰したところで痛くも痒くもねーし、またすぐに同じ事ができる。


「チッ、やっぱ現実リアルはクソゲーだぜ」


「スゥゥ……ギャァァァァァァァァ!!!」


 俺の体が真っ赤な炎に包まれる。そうしてタンパク質の塊が消し炭に代わる一瞬前……俺の体から突如として、黄金の光が吹き出した。

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