会話のフラグは拾うのに、イベントフラグは無視するのかよ!

「あー、はいはい! この話題は終わり! それよりほら、早く部屋に入りましょ!」


 時間経過により喜びを照れくささが上回ったためか、リナがそう言って壁に空いた穴に入っていく。なので当然俺達も若干ニヤつきながら穴に入ると、そこは結構な広さのあるドーム型の空間であった。


「ふむ? なかなかの広さの空間だが……」


「特に何かあるわけではないんですね」


「ほらシュヤク、あそこ壁の色が違うニャ!」


「おー、本当だ。なら早速……」


 クロエに指摘され、俺は秘密の小部屋……いや、これだと大部屋か? の奥の壁にピッケルを当てる。すると今度は問題なく鉱石が転がり落ちてきて、これで俺の手持ちは合計六個となった。


「うっし、ノルマ達成!」


「よかったですね、シュヤクさん」


「おう! ありがとなリナ。お前のおかげだ」


「よしてよもう! アタシはただ、知ってることを教えただけなんだし」


「ハハハ、そうだな。でもここって、そもそもどういう場所なんだ?」


 わざわざ隠されていたのだから、てっきり宝箱でもあるのかと思っていたのだが、ここには採掘ポイント以外なにもない。かといって採掘ポイントが一つだけある隠し部屋としては大きすぎる。


 まあ現実化した影響で部屋がでかくなったという可能性もあるだろうが……


「ああ、それ? ここってね、このダンジョンのボスが復活する場所なのよ」


「は!?」


「おい待て、ここはドラゴンの巣なのか!?」


 驚く俺に続き、アリサが強い警戒を込めた声をあげる。だがそれも当然だ。何せこのダンジョンのボスはレッドドラゴン……紛うことなきドラゴンである。そのレベルは三〇で、今の俺達では逆立ちしたって勝ち目はない。


「危ないニャ!? すぐ出るニャ!」


「そうですよモブリナさん! 一刻も早く――」


「大丈夫だって! 今言った通り、ここはレッドドラゴンが復活する・・・・場所なの。だから元のレッドドラゴンが生きてる限りは、ここには何も出ないわよ」


「そうなのか?」


「そうなの。この床にはとある死霊術士ネクロマンサーの作った魔法陣が描かれててね。レッドドラゴンが死んだ後でそれを起動させると、ここに復活するの。で、それを倒すと『火竜のウロコ』が無限に手に入るのよ」


「ふぁっ!? 嘘だろ、あれ一限いちげんじゃねーのかよ!?」


 火竜のウロコはレッドドラゴンのドロップアイテムで、それを使うと様々な武器や防具を作ることができた。武器なら火属性、防具なら火耐性がついており、使う場所や相手を選べばレベル四〇くらいまで使える良装備だ。


 だが、ボスは倒すと復活しない。なので手に入るのはひとつだけで、作れる装備も一つだと思っていたのだが……


「フッフッフ、甘いわねシュヤク。アタシみたいなコアなゲーマー勢が、アイテムをコンプできないなんて我慢するわけないじゃない! 要望のメールを送りまくった結果、パッチが当たってサブクエが追加されたのよ!」


「あー、そうなんだ。へー……」


 なるほど、そういう経緯なのか。俺が関わったのは正式リリースまでだから、その先のことなら知らなくても当然だが……ん? ということはこの世界でなら、火竜装備を全部揃えられるってことか?


「アンタ今、想像したわね? 顔がちょっとニヤけてるわよ?」


「……まあ、否定はしない」


 揃えたからどうというわけでもないだろうが、揃えられるとわかると確かに揃えたくなる。とはいえレベル三〇のボスを倒すとなれば当分先だろうから、しばらくは考える意味もないだろう――?


「ニャニャ!? 入ってきた穴が消えたニャ!?」


 本能が異変を感じ取り、クロエの言葉がそれを肯定した次の瞬間。突如として足下から眩い光が立ち上がり、まるで重力が何倍にもなったかのようなプレッシャーが俺達を襲う。


「ぐおっ!? な、何だ!?」


「ニャー!?」


「皆、壁際に寄れ! ロネット、こい!」


「すみませんアリサさん」


「う、うご、うごけ……」


「リナ!」


 クロエは自分で飛び退き、ロネットはアリサが抱え、俺はうずくまるリナの腕を引っ張って強引に壁際に移動する。そうして全員が避難を終えると、地面で輝く魔法陣から光の粒子が立ち上り、それが徐々に何かの形を造っていく。


「おいおい、マジかよ…………」


 まるで3Dプリンターのように足から構成されていくその造詣は、前世の俺からするとあまりにも馴染み深い姿。やや恐竜よりのキャラデザは二足歩行の巨体となり、はためく翼は飛行のためというより、記号のために生えているような大きさしかない。


 ゲームならおなじみ。だが生物としてはあまりに歪。結実した粒子がはじけ飛ぶと、現れたのは真っ赤なウロコを身に纏うこのダンジョンのボスモンスター!


「ギャァァァァァァァァ!!!」


「レッドドラゴン!」


「ヤバいニャヤバいニャ! 今すぐ逃げるニャー!」


「逃げると言っても、何処に……!?」


「おいリナ、どういうことだよ!? 何でこいつが出てくるんだ!?」


「し、知らない! 何で……何で!?」


 怒鳴る勢いで問う俺に、しかしリナは顔を真っ青にして首を横に振る。だが今はそれを気遣ってやる余裕が俺にはない。


「教えろ! これは本来どういうイベントなんだ? 全部言え!」


「本来……? えっと、邪悪な死霊術士が、ドラゴンを復活させて自分の力にしようとするの。それを聞いた主人公達が死霊術士の企みを阻止しようとここにくるんだけど、間に合わなくてドラゴンが復活して……だからそれを倒して……」


「何か仕掛けギミックはあるか? 逃げられるのか?」


「特別な仕掛けはないわ。だって一度倒してるボスだし……それと、逃走は不可だったと思う」


「そうか……クソッ」


 唇を震わせるリナの答えに、俺は思わず舌打ちをする。特殊勝利などの条件があるわけではなく、しかも逃走不可となったら、それはもう普通に戦って倒すしかないということだ。


「ギャァァァァァァァァ!!!」


「っ!? ブレスだ! 皆私の後ろに!」


 そんなことを考えている間に、レッドドラゴンはこちらを敵と認識してしまったようだ。俺達が慌ててアリサの背後に身を隠すと、次の瞬間猛烈な炎の嵐が吹き抜けていく。


「クロが黒焦げになってしまうニャー!」


「口塞げ! 肺を焼かれるぞ!」


 吐息が続いたのは、わずかに四秒。だが焼けた空気を残して炎が消えた時、たった一人で全ての攻撃を受け止めたアリサがその場に膝を落とす。


「ぐぅぅ……」


「アリサ! ロネット、ポーションを!」


「はい!」


 ロネットが鞄から取り出した回復ポーションの蓋を開け、アリサにバシャリとかける。すると毛先の焦げた赤髪をしっとり濡らしたアリサが顔をあげ、呻くような声を漏らした。


「すまん……次は防げる自信がない……」


「上出来だ! ロネット、引き続きアリサの治療を。あとクロエ、ドラゴンの足下でウロチョロして注意を引いてくれ。次にブレスを吐かれたら全滅だ!」


「うぅぅ、怖いけどわかったニャ!」


「クロエさん、これを!」


 俺の指示を受けて走り出そうとするクロエに、ロネットが鞄から出したポーションを手渡した。


 それはゲームならシステム的にあり得ず、現実でも絶対にやらないと言っていた行為。故にクロエが驚いてロネットの顔を見る。


「ロネット、いいニャ?」


「はい。死んだら一エコーにもなりませんからね。今より高くこの秘密が売れる時はありません! あ、でも、使う前にドラゴンを倒せたら返してくださいね」


「ニャハハ、ならもらってくニャ!」


 悪戯っぽく笑うロネットに、クロエが笑顔でそう返して床を蹴る。


 よし、大丈夫だ。予想外のエンカウントからいきなり致命攻撃を受けたが、それでも皆まだ絶望したりはしていない。ならあとは……


(さて、この危機をどうやれば乗り越えられる……?)


 俺は前世も含めたあらゆる知識を総動員し、激しく思考を回転させていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る