信じないことと疑うことは違うんだ
「お、これか?」
そうして進み続けること、二時間ほど。幾度かのエンカウントを経て辿り着いたのは、あからさまに色の違う岩壁の前であった。
いや、壁というか、突起? 飛び出してはいても尖ってはいないから、でっぱりか? まあとにかく、壁の一部がこんもりとせり出していて、そこだけ鮮やかな赤色をしているのだ。
何とわかりやすい採掘地点……ふふふ、やっぱりゲームはこうでなくちゃな。
「さーて、それじゃ試してみますかね」
あまりにもそれっぽい地形に一人こっそりニヤけつつ、俺は背中のリュックを下ろして小さなピッケルを取り出す。手よりちょっと大きいくらいのそれは通常の採掘作業に使うやつからすれば玩具みたいなサイズ感だが……
「よっと」
その穂先をカツンと壁に当てると、何処も崩れていないのに壁から一〇センチほどの赤黒い石がポロリと落ちる。うむ、やはり間違いないようだ。
「うわ、そういう感じで落ちるのね」
「みたいだな。よっ! ほっ!」
その説明のつかない現象にリナが顔をしかめるなか、俺は続けてツルハシを振るう。するとその都度同じくらいの大きさの石がポロリと零れてきたわけだが、それが三つ出たところで壁の色が変わり、それ以上は何度やっても石が落ちてはこなかった。
「やっぱり三回なのか……」
床に落ちた鉱石を鞄に収めつつ、俺は独りごちる。今見た通り、ダンジョンでの採掘は、言葉こそ同じでも一般的な採掘とは全く違う。曰く、ダンジョン内部には魔力が溜まる場所が存在し、そこを魔導具のツルハシで叩いて刺激することでダンジョンが生成した「壁のなり損ない」こそが、この鉱石なんだそうだ。
それはダンジョンがある限り無限に取れる夢の資源ではあるが、同時にダンジョン内部に魔力が蓄積しないと、当然鉱石は出てこない。ゲームでも同じ場所からは一日三回しか採取できなかったわけだが、その仕様を現実化するとこうなるのか……誰が考えてるのか知らねーけど、よく思いつくもんだ。
「必要分は五個だっけ?」
「だな。だからあと一カ所でいいはずだ」
ゲーム時代、このダンジョンには採掘箇所が三カ所あった。ただ二つは入り口からそう遠くない場所にあるのに対し、最後の一つは大分奥の方にあるので、正直そっちには行きたくない。いくらロネットとリナの攻撃で弱点がつけるとはいえ、レベルが足りてないのは間違いないからな。
ということで、最初の場所で採掘を済ませた俺達は、そのまま奥へと進んでいったわけだが……
「ありゃ?」
壁の色が、既にあせている。念のためピッケルで叩いてみたが、やはり石は出てこない。
「ふむ、ここは既に採掘済みのようだな」
「ですね。でも誰が……?」
「そりゃクロ達より先にダンジョンに入った人じゃないニャ?」
「そうですね。鉱山系のダンジョンは入るのに許可が必要ですけど、よほど希少なものが取れるのでもなければ、申請さえすれば入れます。なのでおそらく私達よりも先行するパーティがいるのではないかと……」
「あー、そっか。そりゃそうだよなぁ……」
ロネットの言葉に、俺は思わず顔に手を当て天を仰ぐ。ゲームでなら、ダンジョンを攻略しているのは自分達だけだ。特別なイベントでもなければダンジョン内で誰かと出会うことなんてないし、素材の回収ポイントは常に全快であった。
だが現実なら違う。俺達と競合するパーティは当然いるわけで……そして採取なんて早い者勝ちに決まってる。
「あれ? でもなら、なんでさっきの場所では採掘できたの? ここが駄目なら、そっちこそ先に掘られてたはずじゃない?」
「おそらくだが、我々よりもずっと上位の討魔士パーティなのではないか? 自分達は奥に行くから、入り口付近の採掘ポイントは初心者向けに残しておいたのではないだろうか?」
「あるいは帰りに荷物の空きがあったら掘るつもりだったのかも知れませんね。赤炎石よりも奥の魔物のドロップ品の方が高いですから」
「? それならとりあえず掘っておいて、荷物が一杯になったら捨てればいいんじゃない?」
「お金になるってわかってるものを、リナはあっさり捨てられるニャ?」
「あー…………訂正。確かに帰りに残ってたら掘るわね」
クロエの指摘に、わずかに考えたリナが苦笑する。ちなみに俺も同じだ。使えるもの、金になるとわかってるものを捨てるのって、その方が得だってわかってても、心理的にプレッシャーかかるもんなぁ。
「でもそうすると、今日はもう無理ってことか。なら戻って明日かなぁ」
「え、まだ採掘場所あるでしょ? そっちには行かないの?」
「あるけど、あれってボス部屋のすぐ側だろ? あそこまで潜るのは流石にキツいだろ」
「え?」
「え?」
キョトンとするリナに、俺も同じ表情で返す。ん? どういうことだ?
「えっと、リナ? ここの採掘場所って、三カ所だよな?」
「違うわよ。隠し部屋に四カ所目があるの」
「マジで!? 俺そんなの知らねーんだけど!?」
「何で知らないのよ!? サブクエ全部回してたなら知ってるでしょ?」
「ぐっ、そうなのか……」
デバッグ作業で五回ほどクリアしたゲームではあるが、ガチ勢のリナと違って、俺はプロエタの全てを遊び尽くしたわけではない。どうやら俺がずっと気づかず取りこぼしていたサブクエがあり、そこで隠し部屋の存在が判明するようだ。
「貴様等が何を話しているのかよくわからんが、他にも採掘場所があるということでいいのか?」
「あ、はい。そうみたいですね……なあリナ、そこって近いのか?」
「すぐそこよ。ほら、こっち」
そう言って手招きするリナに先導され、俺達は再びダンジョンを進んでいく。すると辿り着いたのは、特に何もない突き当たりであった。しかしリナは迷うことなく、壁に近づいてまさぐり始める。
「えーっと、ゲームだとこの辺を調べてたから……お、これ?」
その声に遅れること一秒。グゴゴゴと音を立てて、目の前の壁の一部が地面に沈み、人が通れるくらいの穴が空いた。その光景に俺のみならず他の皆も息を飲む。
「おおー、凄いニャ! 壁に穴が空いたニャ!」
「奥には部屋があるのか? しかしこれは……」
「あの、モブリナさん? どうしてこんな仕掛けのことをご存じなんですか?」
「へっ!? あー、ほら、あれよ! 昔村に来た旅の人に聞いたの!」
「ここはハールス子爵領とは大分離れてますが……」
あまりにも苦しすぎる言い訳に、ヒロイン達の視線がリナに集中する。その状況に気持ち悪く体をクネクネさせるリナだったが、すぐに苦笑しながらその口を開いた。
「デュフフ、憧れのヒロイン達にこんなに注目されるなんて……ン、ンンッ! わかったわよ、説明するわ。
あのね、アタシは昔、この世界にある沢山の謎や秘密が書かれた本を読んだことがあるの。だから行ったことない場所や初めて見るもののことを、みんなより詳しく知ってることがあるのよ」
「本、ですか? モブリナさん、それはあまりに……」
「信じられないでしょ? だからアタシは誰にもそれを言わなかったし、これからも言うつもりはないの。信じて欲しいとも思わないし、信じられたいとも思ってない。
そしてだから、『村に来た旅人の話』なのよ。出所も真偽も不明で、追及できず証明も無理。それでいいし、そうにしかならないの」
「「「…………」」」
そう言って肩をすくめるリナを前に、誰もが沈黙する。するとリナが少しだけ寂しそうに唇の端を吊り上げ、言葉を続けた。
「こんな怪しい奴とは一緒にいられない? まあそうよね。そういうことなら、このダンジョン攻略が終わったら、アタシは――」
「待ってください! そんなことはいってません!」
リナの前に、ロネットが一歩前に出る。それから何かを飲み込むようにグッと顔をしかめて拳を握ると、一転して笑顔でリナに話しかけた。
「確かに商人の娘として、そんな荒唐無稽な話は信じられません。なので私は何も聞かなかった……いえ、違いますね。聞いたけど気にしないことにします」
「き、気にしない?」
「そうです! これから先、モブリナさんが何か変なことを言ったとしても『ああ、またよくわからないことを言ってるなぁ』と聞き流すことにします! まあ何処かで聞いた根拠不明の話を参考にして行動したりすることはあるかも知れませんが、それはモブリナさんとは一切関係ありません! だって気にしないですからね!」
「……………………」
「そうだな。ならば私も気にしないことにしよう。ただ我がガーランド領に悪いことが起こるような噂話ならば、さりげなく聞いてしまうかも知れんな」
「クロはサバ缶が手に入る情報があれば、あとはどうでもいいニャ!」
「みんな…………っ」
「よかったなリナ」
「ええ! やっぱり『プロエタ』のヒロイン達は、みんな最高ね!」
近づいて声をかける俺に、リナは涙ぐみながらも輝く笑顔でサムズアップをしてみせるのだった。
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