美味しいサブクエ開始でござる

「うおおー! やっと着いたぜ!」


 長かった馬車の旅を終え、外に出た俺は言葉と共に体を伸ばす。王都からここまで五日……ゲームなら何もない移動シーンなどカットされて一瞬だが、実際の旅はひたすらに長くて退屈だった。


「庶民の馬車があれほど窮屈だとはな。流石の私も辟易したぞ……」


「アリサはだらしないニャー。クロはあのくらい何でもないニャ」


「それはお前が屋根の上で寝ていたからだろう! まったく」


「まーまー二人共。そう何度もあることじゃないし、これもいい経験だったってことでいいじゃない」


 煽るクロエと怒るアリサを、リナが宥める。そしてそんな三人をそのままに、ロネットが俺に問いかけてくる。


「あの、シュヤクさん? 馬車の予約は本当に片道だけでよかったんですか? 今ならまだ間に合いますけど……」


「ははは、大丈夫だって。他の場所ならともかく、これから向かう先はダンジョンだからな」


 サブクエスト「鍛冶屋の目利き」……その第二段階は、王都からほど近いダンジョン「火竜の寝床」にて、赤炎かえん石という素材を取ってくるというものだ。その依頼を受けたからこそ、俺達はこうしてはるばる馬車にのってやってきたわけである。


 ちなみに、当然だが学園には許可を取っている。入学して間もないこの時期に遠征を申請するのは流石に珍しいと驚かれたが、初心者ダンジョン……「石の初月」をクリアしていれば問題ない。


 ゲームではいちいち許可なんて取らなかったが、同じように初心者ダンジョンをクリアすると他のダンジョンにも入れるようになったからな。つまりはそういうことなんだろう。


 ま、そんな事情はどうでもいい。とにかくここまでやってこれたのだから、あとはダンジョンに入ってフラグを立てるだけだ。そうすれば……フッフッフ。


「それじゃ皆、そろそろダンジョンの方に移動しようぜ!」


「いいだろう。固まった体を動かしたくてウズウズしているところだ」


「クロもいいニャ」


「アタシもいいわよ」


「では参りましょう」


 全員の同意を得て、俺達は道を歩き出す。するとすぐに見たことのある神殿っぽい建物が現れ、その入り口をくぐると……そこは灼熱の洞窟であった。


「ギニャー!? 暑いニャ!?」


「急にムワッと来たな。でも……うん?」


「何か、見た目ほど暑くはないわね?」


 洞窟内部はかなり広いが、通路のようになっている床の脇には灼熱のマグマが揺蕩っている。だというのに体感気温は日本の夏よりやや暑いかな? くらいでしかなく、息をするだけで肺を焼かれることも、熱気に頭がふらつくこともない。


「ダンジョン内部は一見どれほど過酷な環境であろうと、人間が普通に活動できる範囲に収まる傾向が強いからな。故にこのような場所でも暑い程度で済むし、荒れ狂う吹雪や氷の神殿だろうと凍えたりはしないのだ」


「へー、そうなんですか。それって何でなんですかね?」


「さあな。私は学者ではないから、細かい仕組みのことなど知らん。興味があるなら学園に帰ってから教師に聞くんだな」


「そりゃ確かに」


 貴族らしい博識さを見せてくれたアリサだったが、更なる問いはすげなく返されてしまう。俺的にはゲームに「暑さ」とか「寒さ」なんてパラメータは設定されていなかったからだと思ってしまうわけだが……確かに今度先生に聞いてみるのもありかもな。


「クロは暑いのは嫌いニャ! 早く進むニャ!」


「おっと、悪い悪い。んじゃ行くか。ここの魔物は強めだから、気をつけてな」


「そうね、ここじゃアンタが一番弱いもんね」


「ぐっ……ふ、ふふふ。そんなこと言えるのも今のうちだけだぜ?」


 リナの言葉にグサッと胸を貫かれつつ、俺達は洞窟の中を進んでいく。このクエストの推奨レベルは八。初心者ダンジョンをクリアしておそらくレベルが五になったとはいえ、まだここに出る魔物の方が強い。


 が、そんなことは最初からわかっているので、当然対策は考えてある。というか、対策が最初からできていた・・・・・・・・・からこそクエストを受けたんだしな。


「ギシャー!」


「早速来たか!」


 通路の奥から飛び出してきたのは、赤い鱗を身に纏ったでかいトカゲ。いや、どっちかっていうと恐竜の方が近いのか? ヴェロキラプトル辺りを参考にしてデザインされたであろうそれは、ファイアリザードというそのままの名前の魔物だ。


「まずは私が受け止めよう! むんっ!」


「ギシャー!」


 名前とは裏腹に火を吐くこともなければ火に強いというわけでもなく、本当にただ赤いだけというガッカリトカゲの体当たり。その一撃はアリサによって危なげなく受け止められ、ファイアリザードは大きな隙を晒す。


「いきます! ウォーターポーション!」


 そんなファイアリザード目がけて、ロネットが鞄から取り出したポーションを投げつける。放物線を描くそれは名前も見た目もただの水入り瓶なのだが、そいつが命中してパリンと割れると、ファイアリザードは大きくよろけて体勢を崩した。


 そう、あれはちゃんとした水属性の攻撃。そしてこのファイアリザード、火耐性はないのに水属性は弱点というガッカリ仕様である。いくらレベル六かくうえの魔物とはいえ、ここまでつけいる隙が多かったら負けるはずがない。


「食らえ、全力切り!」


 脳内でポチッとボタンを押した瞬間、直立した俺の体から大上段の斬り降ろしが発生する。これこそレベル五になった証。新たに覚えたダメージ補正一・二五倍の攻撃スキルである。


「グギャア!?」


 ズバンと小気味よい音を立てて剣が振り下ろされると、ファイアリザードが悲鳴をあげてその場に倒れ伏す。そのまま白い光となって消えると、後には五センチくらいの赤い鱗が一枚落ちていた。


「お、ラッキー。最初の一匹でドロップとはついてるな」


「『リザードのうろこ』ね。売ったら三〇エターくらいだっけ?」


「リザートの鱗なら五〇〇エターくらいにはなりますよ? そもそもファイアリザード自体が一匹で三〇〇〇エターくらいになりますし」


「えっ!? あ、そうだっけ!?」


「そうですよ。そんなに安かったら、誰も冒険者……いえ、討魔士なんてやらないです」


「そ、そうね。アハハハハ……」


 ロネットの指摘に、リナが焦って誤魔化し笑いをする。だがその気持ちはよくわかる。通貨の価値だけは、ゲームと大きく食い違っているからだ。


 だがまあ、これは当然とも言える。プレイヤーが見える範囲だけで世界が完結していたゲームと違って、現実化したこの世界には何千万だか何億だかの人が暮らしている。


 そしてそこには本物の物流や経済があるのだ。鉄剣のたかだか一〇〇倍程度で最強クラスの魔法武器が買えたりするのはおかしいし、バフがかかるとはいえ食事一回の料金より宿の宿泊費の方が安いなんてのもあり得ない。


 なので物の金銭的価値に限って言えば、ゲーム知識はほぼ役に立たない。強いて言うなら「ゲーム内で価値があったから、こっちでも価値があるだろう」という予測が立てられるくらいである。


 あ、ちなみに魔物そのものの討伐報酬は、俺がつけている腕輪が管理してくれる。どうやら魔物は倒すと純粋な魔力に変わるらしく、それをこの腕輪に蓄積しておくと、現金と同等のものとして扱えるのだそうだ。


 うーん、ゲーム仕様。まあジャラジャラ貨幣を持ち歩かなくていいのはスゲー便利だし、よくあるファンタジー小説みたいに魔物を解体して部位を売ったり、討伐報酬に耳を切り取ったりなんてことをしないですむのは大助かりだ。俺はグロ耐性はあんまりないからな。


「さて、それじゃ魔物を倒せることもわかったし、サクサク進むか」


 今回の目的はあくまでも採掘。俺は皆にそう促すと、そのままダンジョンの奥へと足を進めていった。

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