第17話 調査開始

 アルドーンより離れ、街道沿いの宿場街。

 立ち並ぶ宿屋や店に紛れて立つ、寂れた酒場。

 

 薄汚い店内に客はほとんどいない。

 明かりも乏しく、昼だというのに闇を幻視するほど。


 実に魅力的な店内に僅かにいる客は奇妙な恰好をしていた。


 夜明けの金色を思わせるローブに身を包んだ二人組。

 片方は男、もう片方は女である。


「予定通り戻ってきたのはまあ褒めよう――」男の方が喋り出す。「――だが生徒を殺したのはよくない。先方に警戒されてしまう」


 殊の外丁寧な口調で語る男の声音には、僅かな怒気が込められている。

 満点だと思っていた答案に、つまらないケチがついた……そんな態度だ。


 そんな男に対して女は肩をすくめ、堂々とカウンターに入り込んでいく。

 カウンターに立つ店主は、どこを見るワケでもなく虚ろに立ち尽くし、女や男には気づいていない様子だ。

 まるで、精神が存在していないかのような有様である。


「別にいいでしょう? 目的を果たし、将来評議会の狗となる芽を間引いた……それだけのハナシ」


「お前は責任というものを全く理解していないようだな」


「大丈夫……目撃者は消したし、顔も見られていないわ」女はカウンターの奥に掛かるラックからワインの瓶を取り、コルクを器用に引き抜いた。「万が一、私の術式を受けて助かったとて、何が起こったかなんて理解できるヤツはいない」


「フン、それだけがお前の取り柄だしな」


「言ってくれるじゃない」――女は瓶のままワインを一口飲み、すぐに吐き出した。「不味っ……まあ兎も角、大丈夫よ……仕込みはもうすぐ整う」


「ならいいのだがな。失敗は許されないのだ、我々こそが世界を救う」


 ――我らが盟主、アレイスター・クロウリーの名に於いて。








 ◇◇◇








 ルテリアス魔術学院の学生寮に備えられた大きな食堂。

 朝飯時と言う事もあってとても活気づいている。

 

「朝飯っ朝飯っ!」


 オレ――ミトラ・ヴァルナークは今日も元気に食堂で朝飯をせしめにやってきたのだ。


 何せ無料だからな、喰わない手は無い!

 貴族連中も利用するからか、味も美味いし、パンが毎日焼き立てで古いのじゃないのもグッド!


「焼きたてパン、焼きたてパン、焼きたて――おっ、オレの元パーティ連中じゃん、元気?」


 たっぷりと飯を乗せたトレイを手に、座れそうな場所を鼻歌交じりに探していると、昨日共に戦った連中がいる場所が丁度空いていたので、滑り込む。


「……おう、黒猫野郎」


 伝法な口調とは裏腹に、随分と暗く返事をする竜人、グレイ君。

 彼のトレイにはオレと同じくらい大盛りで飯が乗っているが、余り進んでいない様子だ。


「空いてるみたいだし、ここ座るよ。……おーい、イリスー! 此処だぞー!」


 そういってからオレがグレイの対面に座り、少し遅れて朝食を取りに行ったイリスに向かって叫んだ。


「元気ね、貴方。あんな事があったばっかりだっていうのに」


 イリスを待つのも惜しい。早速とばかりに食事に手を付け始めたオレを迎えた冷たい声。

 声の主はやはりリティスである。グレイの隣に座った彼女は、随分と少ない量の朝食を喫している様子である。


「あんな事……?」


「……傲慢だとは思っていたけど、まさか無神経まで?」


 なんて言い草だ。

 焼き立てのクッペを千切り、湯気を立てるそれをアチアチと喰いながらも、中々辛辣なツインテールにオレは白い目を向けた。


「いたいた、ミトラ君。ここだね……あっ、二人共」


 遅れてやってきたイリスがオレの隣に座る。イリスはグレイとリティスに気が付くと、ゆったりとした所作で軽く挨拶をする。


「イリス、お前いつもより量が少ないな」


 イリスの持って来た朝食は普段より控えめ。その事を指摘すれば、当のハーフエルフは少しだけ暗い顔を見せた。


「だってさー、その……」


 言いにくそうに口ごもるイリス。そんなイリスにオレが白けた目を向け首をかしげていると、グレイがあからさまにデカい溜息をつく。


「ヒトが! し――亡くなったばっかだろうが」


 そう言われてコイツらがテンション低い理由に思い至る。


 昨日、演習の授業中に出くわした死に掛けの生徒。

 彼女に導かれるままに洞窟に向かえば、そこには既に息を引き取った生徒たちが倒れていた。


 さしずめ喪に服しているって所か。

 律儀な連中だな。

 覚えて無かったワケじゃない――寧ろ興味津々――が、対して知ってる仲でも無いし。


「そういえばそうだったな」


「なあリティス、聞いたか? とんでもないサイコ野郎だぞコイツ」


「気安く上の名前で呼ばないでくれるかしら」


「ハァァ……どいつもこいつも」


 アホなやり取りをする連中を横目に飯を食うオレは、丁度よいかもと脳裏に過る提案を口にする。


「昨日の連中がどうやって死んだか分かるかもしれないんだが、気になるか?」


オレがソラマメスープを飲みながら告げた言葉を聞き、リティスは硬直しグレイはむせた。


「ゲホっゲッホ――どーいう事だよ!」


「流石にアタシも気になるわね。そもそもあそこでの生徒の死はまだ伏せられている。魔法で殺された可能性がある以上、犠牲者についてを公にするワケにはいかない。殺人犯、もしくはその協力者、或いは良からぬ者の魔術の条件に触れる可能性があるから――」


 魔導師や貴族の間では常識よ、リティスはそう結ぶ。


 リティスの言う通り、魔法で殺された相手――それもすぐに死因が分からない場合は特に――はその存在が伏せられがちである。


 魔法には様々な種類がある。

 一般的に知られている術だけではなく、個人が開発したオリジナルの術式も含めれば、その数は万を軽く超えるだろう。


 その中には特定の条件下で発動し、対象を殺傷する術式もある。

 有名なのは統一歴789年、とある小国で用いられた魔法〈感染式殺意ドラクマ・カロン〉であろう。


 事前に術式が付与された金貨が「一定回数受け渡される」事で要件を満たす魔法である。

 発動すれば、その時金貨を持っていた対象を呪殺する。


 貨幣という管理が極めて困難な物質を媒介し、おまけに致死性も高い魔法。

 しかも厄介な事に、この魔法は「感染」する。術式が付与された金貨が、他の金貨に長時間触れ合っていると、魔法が「写る」のだ。

 

 この悪意と殺意が混じった凶悪な魔法は、その小国を滅ぼすまで猛威を振るい、他国にまで死が忍び寄ろうとしていた時、術者である「悪意の魔導師カロン」の死によって解除された。


 幸いな事に、この術式はカロンオリジナルの術式。

 おまけに本人しか使えぬ「固有魔法」の類であり、彼の死と共にこの術式はライデルンから消え去った。


 もしも他者にも使える易しい術式であれば、現代の文明社会は疾うに滅んでいたかもしれない。


 このように、魔法による不審死は極めて慎重に扱われなければならない。


 状況と死体から大体は察せられるとはいえ、こうして隠匿されるのが常なのだ。

 カロンの例ほど極端な魔術は基本有り得ないとはいえ、現代の魔導師が神経質になるのもむべなるかな。


「そう、だからこそオレたちだって無関係じゃないだろ? 何せ、オレらはあそこで仏を見ている、同じ空間にいた」


「っ……」


「もしかしたら――何かしらの術式条件を満たしているかもしれないし」


 オレがニヤリとそういえば、グレイはキョトンとした顔を晒し、対照的にリティスは苦々しく睨んでくる。


「あの場に向かう事を提案したのは貴方よ」


「そうだな。だからこうして真実を知る機会を共有しようとしてるんだ」


 正味、なにか致死性の魔法の条件を満たしている可能性は考えにくい。

 魔法とは天秤だ。

 効果を強力に複雑にしようとすれば、反対の秤に負の錘が乗せられる。

 

 死体と同席しただけのオレ達を殺せるほどの術式の使い手など、常識的に見て有り得ない。


 カロンの例も犠牲になったのは一般市民が多く、魔導師は持ち前の魔力で即死は免れている事が多かったそうな。


「念の為、あそこにいた連中……オレたちは〈大回復ヒール〉と〈上位解呪ハイ・ディスペル〉を施されている。とはいえ――知りたいだろ? だってオレら、魔導師じゃん」


 オレがそういえば、リティスは目を閉じグレイは腕を組む。

 ちなみにイリスは既にこの事を知っているので、我関せずという様子で飯を食っている。


 それは兎も角……沈黙の中、迷ったような躊躇いを以って彼等は頷いた。

 なんやかんや言いつつ、好奇心には勝てなかったようだ。




 ――所変わってここはオレの部屋。

「検証」をするにも場所が必要。食事を終えたオレたちは、研究室代わりにこのミトラ様の部屋に集まった。


「せまっ」


「アンタがデカイからでしょ、もっと詰めなさいよ」


 学院の寮は充分な広さを持つが、四人も押し込めば狭く感じる。


 おまけにそのうち一人はガタイのデカい竜人である。

 主に彼のせいで窮屈なのだが、当の本人が狭いなどと毒づくから、リティスが目を吊り上げて一喝する。


「そんな言わなくたって……いいじゃんなぁ……」


 しょんぼりとしながらオレのベッドに腰掛けるグレイ君。

 断りもなく座りやがって。

 まあ、オレは心が広いので許してやるか。誘ったのオレだし。


「それで、そうやって調べるの? まさかここから占術で教師の資料とか覗き見るつもり?」


「まさか、そんなアホな真似はしない。第一、んな事したら対抗魔法で潰されるぞ。――オレが使うのはこれ」


 そういって、オレは引き出しから一本のフラスコを出す。

 中には赤い血が入り、ゆっくりと揺れていた。


「そりゃ――血か? もしかして昨日倒した地竜から採ってたヤツか?」


「違うよ、これはあの洞窟で死んでた生徒の血」


 死者の血液。それを聞いたグレイとリティスは嫌悪を露わにしてオレを見つめる。


「お、お前……あの状況で採血――」


「……傲慢で、倫理観もない。貴方碌な大人に――もういいわ、それで、何が分かるの?」


 なんて言いやがる、特にリティス。

 まあその反応も分からなくもないが――やはり知的好奇心は抑えられない。

 可愛げあるオレの面に免じて許してくれた給えよ。


「血液は情報の塊さ。魔術的にも重要で、古くから古今東西の術式、儀式で用いられてきた」


 それこそ昨日オレが回収したアースドレイクの血のように、魔物の血液は魔力や有用な特性を多く含んでいる。

 

 ヒトであっても同じだ。

 儀式から呪術的な契約、簡易的な触媒――或いは、病の特定に用いる為、病んだ者からチョロリと採取したり。

 魔導と血液は切っても切れないほど密接な関係を築くに至っている。

 

 だからオレはあの時、生徒三人を殺害するに至った術の手掛かりに役立つだろうと、少しだけ血液を拝借したのだった。


 その事を高々と聞かせてやれば、リティスの視線は怪訝そうにオレが持つ血のビンに注がれる。


「それは分かったけど、血は既に昨日のモノでしょう? 使い物になるとは――固まってない」


「……マジだ」


 リティスとグレイの二人から出る予想通りの懸念は、当の本人によって否定される。

 

 血液の凝固は非常に速い。

 だがオレの持つフラスコの中の血は、粘性を以ってゆらゆらと揺れている。


 胸を張って答えてやろうとしたところで、オレの近くで荷物をゴソゴソしていたイリスが顔を上げた。


「ミトラ君が持ってるビンにはぷ……べ……なんだっけ……何か、中のモノが長持ちする魔法がかけてあるんだ!」


「〈保存プリザーブド〉……成程、機材は妥協しないのね」


 ――時空系統第一階梯〈保存〉……この魔法を施せば、忽ち劣化が遅くなる。但しあくまでも劣化の遅延であり、停止ではない。

 

 このように容器に施せば、内部のモノまで劣化が遅延する。足の早い素材を用いる際には、必須のシロモノである。


「へぇ、高かったんじゃねえの?」


「いいや、オレが作ったからフラスコの値段だけ」


 イリスがゴソゴソしていた荷物の中から、フラスコを固定する台を受け取りビンをセットする作業の間、手慰みに答えてやると、またぞろリティスが呆れ顔で見つめてくる。


 そろそろ蔑み顔が板についてきたな。


「初歩とはいえ時空系統……あのオリジナルの術式といい、貴方って両親が魔導師だったりしたの?」


「いいや、保存の魔法も〈略式処刑アイアンメイデン〉も、学院の図書館で覚えたり思いついたりしたヤツだよ」


 ルテリアス魔術学院の蔵書数は、他の学び舎と比較しても別格である。

 ルテリアスの図書館を超えるとなれば、それこそ評議会が保有する「禁書庫レメゲトン」くらいなモノだろう。


 ああ、そんな話をしていたらまた図書館の匂いを嗅ぎたくなってきた。

 魔法書が読みたい!


「マジか、スゲェなお前。まだ入学して一週間くらいだろ」


「だってオレ天才だし」


「止めなさいドラグニール、こんなヤツ褒めてもロクな事にならないわよ」


 素直じゃないヤツめ、本当はオレがスゴイって分かってるんだろ?

 ニャハハ! まあ許してやろう。オレは寛大だからな。


「ミトラ君、準備出来たよ!」


 会話している間に、イリスがオレの荷物を机に並べ終わったらしい。

 オレの机にあるのは、件の血液入りフラスコと、それを吊り下げ固定する台。

 

 そして魔石が一個と、錆びた銀の細い鎖。


「なんだこれ」


 グオっと後ろから高い身長を生かして覗き込んでくるグレイ。

 影になって邪魔だな、なんて思いつつオレは口を開く。


「昨日、アルドーンに帰ってきたときに集めたんだ。血液を調べるのに必要な機材だよ」


「ミトラ君が私を使いぱしって集めさせたんだよ、酷いよねー!」


 などと言ってオレの後頭部を抱きかかえるイリス。

 とても邪魔なので、スルリと抜けて椅子に座ってイリスに一瞥。


「――魔石はオレが帰りに殺したホブゴブリンの物。固定台は錬金術授業用の必須品。イリス、お前に用意させたのは鎖だけ。あんまナマこくなよ」


「はい! すいません!」


 全く、コイツはこうやって適度に〆ておかないとすぐに調子に乗る。

 アホなヤツの相手をしていると、何故かグレイがソワソワとしているが――無視して準備を進める。


 固定したフラスコの周りを円形に囲むように鎖を配置。

 あとは鎖の交点に魔石を置くだけ。簡単だな。


「なあ、気になってたんだが……お前――ミトラとイリスちゃんってどーいう関係なんだ?」


「幼馴染」……遅れてイリスが追従。「だよ!」


 作業中の雑談として答えてやると、グレイが「俺の初恋……いや、まだチャンスは――」などと呟いているが無視。

 それよりも今は、この血である。


「鑑定一つの為には、ちょっと手が込んでいるわね」


「念の為、だよ。鎖と魔石は、解析時に噛ませる『盾』さ」


 呪物や魔法を調べる際、時折解析を詠んだ術者にさえ直接害をなす事がある。

 それを抑制する為に、こうして「盾」を作るのだ。


 呪物鑑定、術式の解析――そういった諸々を、腰を据えて行う事が出来る場合は「盾」を物質的に成す。――こういう風に。


 現代魔法には、害意ある対抗術に対しての防壁が予め組み込まれている。とはいえ、それを貫通する術もある……それもまた事実。

 

 こうして使い捨ての防壁を用意するのは、出来れば施しておきたい保険である。


「成程、簡易的な論理防壁ね」


「そういうこと。さて、始めるか」


 会話も程々に、オレはフラスコに向き直る。

 さぁて、その秘密を見せて貰おうか。


「“明鏡、開展。秘史の開示”――〈解析アナライズ〉」


 急ぐ必要もない。ゆっくりと詠唱を上げて無属系統第三階梯〈解析〉が発動する。


 昨日帰ってきて、図書館で借りっぱなしだった魔法書から急いで修得したばかりの術だ。

 まだ慣れていない……まあいずれ慣れる。


 円形の魔法陣が鎖をなぞるように描かれ、淡い光がフラスコに、その中の血液へ注がれ……オレに詳しい情報が溢れていく。


 その様は脳内に直接情報が注がれていく感覚は、言うなれば脳みそを冷たい手で撫でられているかのようだ。

 最初は不快だが、慣れればどうってことはない。


「……成分は普通だな。多少は差異があるが……死に立てホヤホヤとはいえ、死体の血液って事を考えれば誤差の範囲――毒物が無い」


「はあ? お前あの子が毒でヤバイって言ってたじゃねえか」


 あの子――というのはオレ達が介抱した結果、どうにか助かった少女だろう。


「助けた子と同じ攻撃じゃないのかしら?」


「でも、わざわざ別の魔法を使うかな。一番自信のある魔法だから、その……ヒトを殺めるのに使ったんじゃ……」


「……言っといて何だが、その辺の事情は正直分からねぇしな」


 めいめい考えを述べていく三人。


 グレイの言う通り、詳しい事情は分からない。

 誰が何故生徒を攻撃したのかさえ分からないのだから。

 これが終わったら、助かった生徒に話を聞きに行くべきだろうな。


 なんて考えていると、オレは解析している血液……そこにある「違和感」に気が付いた。


「……魔力が存在しない」


 違和感の内容。

 思わず言及すると、背後で見ていた三人が首を傾げる気配がした。


 ……オレも「何故」という疑問がある。考えを纏めるついでに、少し説明してやるか。


「魔力ってのは、魂から溢れる力だ。オレら魔導師は、魂っていう形而上――つまり、形の無いモノから力を引き出す為に、肉体へ“魔力回路”を引いている」


「魔力回路……こう、魔力を練って全身に巡らせる時の――血管みたいなヤツだよな?」


「そうだね。もっと正確な言い方をするなら、『血管と神経の合いの子』って感じかな」


 ヒトの身体は、神経という脳の命令や感覚を伝達する為の器官がある。

 そして魔力とは、意思で――精神で動かす力。

 

 魔力を使う為に深く集中し、瞑想し、イメージする。

 これ即ち魔力が……脳の、精神の、意思によって動く事の証明だ。


 意思で動かすエネルギーたる魔力は、神経の伝達に似た働きで身体を巡るワケだ。


 だが神経回路に魔力が乗って身体を巡るワケではない。

 魂から魔力を汲み上げ、肉体に巡らせるための専用の器官こそが、魔力回路。


 形のない魂から、形を持つ物質界に働きかける為の橋。

 形而上でもあり形而下でもある霊的な肉体器官こそが、魔力回路。


 血を運ぶ血管と、意思を動作に変える神経、その間というのが相応しい。


「魔導師は日常的に魔力を使う。だからこそ、血には魔力が滲む。普通なら、駆け出しの魔導師の血液にだって魔力が含まれている。『全くない』なんてのは、正直有り得ないんだ」


 ――だからこその違和感。

 魔導師は魔力を巡らせる時に使う「魔力回路」は、大体血管や神経に「重なっている」そうだ。

 

 半透明……というべきか、霊的な器官であるからこその現象だ。


 つまり、魔力回路は血管と近い場所にあり、だからこそ血に魔力が滲みやすい。


 魔力を使わない一般市民なら兎も角、一端の魔導師にそんな事態は――何かの作為を感じる。


「成程なぁ……」


「……採血して時間が経ち、含まれた魔力が霧散しただけでは?」


「〈保存プリザーブド〉は、内部の時間を遅滞させる。魔力の動きも例外じゃない――少なくなってるとかなら兎も角、ゼロは流石に……」


「じゃあ魔力が消えた……というか、消えるような何かのせいで死んじゃったって事かな……」


「ふむ……何とも言えないなぁ。魔力そのものに働きかける魔法っていっぱいあるし。或いは証拠の隠滅とか――ここまで考え出すとキリないけど」


 盛んに意見を出し合うが、核心めいたモノは見えない。

 流石に情報が足りな過ぎる。

 ……わっかんねぇ~な。

 パズルのピースが欠けた状態だな。強引に解く事も無かろう。


「授業まで時間あるし、助かった子に話聞きに行かない? 何にしても情報足りな過ぎるから」


 頭の後ろに腕を組み、椅子をグイっと浮かせ、三人を見やってそう提案するオレ。


「俺らで本格的に犯人捜ししようってか?」


「だって面白そうだし。それに、捕まえる――までは行かなくても、手掛かりとか見つけたら、教師陣からの覚えも良くなる」


「打算的、正義の為とか言われるよりはいいけど」


「探偵だね、ワクワクする!」


「面白くなってきただろ? んで、お前らはどうする?」


 イリスはやる気だから問うまでも無い。故にオレは二人に視線を向け、ニヤリと笑った。


 二人は顔を見合わせて――


「――正直気になり出してるんだよな。って事で、付き合うぜ」


「評価稼げそうだし……でも荒事になりそうなら、また考えるかも」


 ――とりあえずは付き合うらしい。

 人手が増えるのはオレとしても歓迎だ。オレは牙を見せて笑い、二人に頷いた。


「ならまた暫くよろしくな、お二人共」

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黒(猫)魔導師 草原 風 @wolf5470

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