第16話 ファースト・ブラッド

「まずは5ポイント取ったワケだが――」


 討伐の証となるアースドレイクの魔石を摘出したオレ達は、次の獲物を探しながら森の中をウロついていた。


「――取り合えずこれで安心できるか?」


「油断は禁物よ、ドラグニール。ヴェイン達にサイクロプス取られてるし、先行されてる可能性も全然あるわ」


 楽観的――というか、一つ安心したい様子のグレイをバッサリと切るリティス。

 なんとも冷徹なリアリストだ。まあ、全面的に同意だが。


「だ、だよなぁ……なら早めに次の目標を――」


 探そう、とでも言おうとしたのだろうが――不調法にもグレイ君は言葉を途中で切ってしまう。

 その理由は何となくオレにも分かる。さっきと似たシチュエーションだな――なんて思いつつ、僅かに感じた違和感を確かめるように、オレも彼に習って耳を澄ませた。


「……うぅ」


 茂みの先、少し行ったところだろう。恐らくは女性の呻き声。


「聞こえるか?」


 真っ先に異常を察したグレイが、確認する様にオレへ聞く。

 猫の獣人たるオレはやはり聴力がいい。ともすれば肉体能力で格段に優れる竜人よりも。

 当然聞こえたオレは頷き、次いで女性陣二人に目配せ。


「うん」


 イリスが同意し、リティスが静かに頷く。

 彼女らの頷きを見てオレは前を見、先に走り出したグレイの背中を追った。


 カサカサと森を疾走し、茂みを抜けるとそこは木々の無い広い空間。外れた場所には洞窟があり、そこから離れた場所に少女が倒れていた。

 

「大丈夫かっ!?」


 グレイ君は真っ先に少女に駆け寄り、彼女を抱き起す。

 学院の制服――だいぶ真っ青な顔をしているせいで判別がつかないが、先ほどサイクロプスとアースドレイクに追われていたパーティの一人だ。


「うっ……ぃぃぃ」


 少女は白目を剥く勢いの虚ろな視線を彷徨わせる。夥しい汗が浮かび、息は全力で走った後かのように荒い。


「一体何が……」


「ど、どうしよう――ええっと、こういう時は――」


 少し遅れて追い付いた二人も彼女を見て唖然としている。

 

「うっ――うげええええ!!」


 取り合えず楽な体位にさせるべきだ――と彼女を動かし始めたグレイだが、当の少女が酷い顔をした後、嘔吐しだして目を見開く。


「やべえ!」


 焦りも露わに、しかし妙に的確に彼女の顔を地面に向け背中を擦るグレイ。彼はオレの方を見て乞うように見つめた。


「どうにかできないかっ!?」


 と一言。

 まあオレとて流石に見捨てる程冷酷じゃない。少し観察して大方現状の検討もついた。


「まあやるだけやってみるよ。一通り吐かせたら、仰向けにして彼女の服を破いて」


「えっ――わ、分かったぜ」


 続いてオレはリティスへ視線を向ける。


「リティス、事前に教えて貰った緊急用の連絡術式は覚えてる?」


「え、ええ」


「じゃ信号を打ち上げて」


「分かったわ」


 こういう時に講師陣を呼ぶための術式を受講者は教わっている。

 真面目そうなリティスはちゃんと記憶していたようで、触媒を出すと詠唱を始めた。


 ついでオレはイリスを見る。


「イリスはオレの近くに。指示出すから言う通りにしろ」


「わ、わわ分かったよ、ミトラ君」


 イリスを引っ張ってきた頃には少女のゲロゲロは一先ず落ち着いたようで、グレイ君は彼女を寝かし、一瞬の遠慮の後服を破っていた。


「どいて」 


 デカ物過ぎるので少女に影となって見えにくい。なので一言言ってグレイを退かし、イリスとオレ二人で少女を見下ろした。


「落ち着いたワケじゃないね。吐くモンなくなっただけだ」


「な、なあ、大丈夫なのか? 助かるのか?」


「ウルサイよグレイ君。専門家じゃないんだ、そんな期待されても困る。取り敢えずは――〈識別ディテクト〉」


 ピーピーウルサイ彼を脇にやり、無属系統第一階梯〈識別〉を起動。緑色の光が少女を調べるように注ぎ、術者たるオレに情報が通る。


 所謂鑑定や解析の魔法だ。

 最低レベルの術式なので、治療用に使う解析術に比べれば詳しい事までは分からない。


 そも、〈識別〉は錬金術などで物体の構造解析に用いる術である。

 今のオレにはこれ以外の解析術式が無いので、致し方ない代用だ。


「毒だ、恐らくは致死性」


 酸素が血流に取り込まれる流れが極端に悪い。多分毒――しか考えられない。


「毒っ!? ……解毒出来るのか?」


 オレのセリフを聞いて驚いたグレイだが、静かにそう尋ねてくる。

 期待してくれている所申し訳ないが――


「無理」


 と、返すしかない。

 その間にも彼女の容体は悪くなっているので、オレは少女の胸に手を置き、術式を起動する。


「無理って――」


「無理なモンは無理。でも延命くらいなら出来る」


 突き放すようにグレイへ告げれば、オレはイリスへ視線をやる。


「イリス、彼女の口元へ酸素を作れ」


「さ、酸素? ええと、風の中にある成分だよね?」


「そうだ、あるだろ空気を生成する術式が。酸素を多めの割合で作れ――取り込む量はコッチで調整するから」


「えっと――うん、頑張る!」


 自信なさげに迷っていた様子だったが、オレがケツに火をつけてやったお陰ですぐに決断、短い詠唱の後、イリスは少女の口に手を翳して空気を生成し始めた。


 よし……あとはオレの仕事だ。

 

 少女は呼吸自体はしようとしているので、あとは体内への酸素の取り込みが問題である。

 

 それを解決すべく術式を起動――少女の胸に当てたオレの手から、緑色の光が溢れていく。


「ううっ……あぁぁ……」


 容体はやはり悪い一方だが血色は多少マシに見える――気がする。


 医療知識が孤児院での暮らしと、魔導で学び始めた事しかないオレでも、彼女はあと数分で死ぬと分かったのだが――措置のお陰でどうにか延命は出来ている。


 あとはまともな治療魔術が使える人間さえ来てくれれば――


「救急信号を出したのはお前達か?」


 と、オレが考えて来たところに丁度到着する講師アドン。彼はそばに女性の講師も連れていた。首から提げている独特な聖印を見るに、彼女はアルカディア教団の信仰者らしい。


「はい、こっちです」


 信号術式で緊急を通達したリティスがそう声をかけ、講師陣をオレ達の所へ導く。アドンと女性講師は急いで駆け寄ってくる。


「彼女か、一体何があった?」


「毒です……多分。空気を吸入させ、肺に直接錬金術の錬成術式を施して、血流に酸素を取り込ませてます。けど、いつまで持つか――」


「――いいぞ、そのまま続けろ。リリン講師、頼めるか?」


「無論です。失礼――」


 女性――リリンは少女の傍にしゃがみ込み、聖印を握って魔力を励起――清澄な風が僅かに吹き始めた。


「“典麗の君、神座の主。我等汝の落とし子にして使徒なれば、今一度の再生を給わらん”――〈大回復ヒール〉」


 神へ捧げる祝詞の如き詠唱の果て、毒に伏した少女に結実したる聖なる白い光。


 アルカディア教団の語る、死後の理想郷に満ちる目も眩むような聖光が優しく少女を包み……一瞬強く輝いた後、消え去った。


「……マジか、治ってるぜ」


 隣で見ていたグレイは、この少女の容体をよく知っているハズだ。一番に駆けつけ、介抱していたのだから。


 驚愕して当然だ。ほぼ死に掛けだった少女は、魔法が終わった瞬間には安らかな息をして、血色も健康そのもの。完全に回復している。


「神聖系統第六階梯、〈大回復〉だ。大抵の怪我を癒し、毒や病などほとんどの不調を退散させる治癒魔法……一体どういう原理何だか」


 ボケーっと治療後の少女を眺めているグレイ君に、囁くように……或いは目にした奇跡について、考えを巡らせるための独り言として術について語るオレ。


 神聖魔法以外の術で解毒をしようと思えば、毒の特定からどの部分を病んでいるのか――そんな七面倒な手段から始める必要がある。

 オレが解毒を諦めた原因でもある。


 だが神聖魔法を用いればこの通り。少し長めの詠唱さえすれば、何も考えることなく容体は万全、完全にスッキリである。


 ここまで高位の術を使わずとも、神聖系統なら、低位の解毒魔法と治療魔法を組み合わせて施せば治せるに違いない。全くもって意味不明である。


「もう大丈夫ですよ」


 落ち着いた少女の額を撫でるリリス講師。一先ずは大丈夫らしい。


「良かったぁ……」


「これで安心だな、一応……」


 イリスとグレイは安心したのか、力を抜くように呟き、リティスもまた溜息をついていた。


 助かったのは良かったが――


「アドン先生、この森に毒を使う魔物っているんですか?」


 気になるのはやはり原因そのものであろう。

 ここで演習授業を受ける以上、オレ達とて無関係ではない。


「……いいや、そのような魔物はいない」


 返ってきた答えは否定。そしてそれが意味するのは……


「他の魔導師……じゃないですか、先生」


 自ずと導かれた答えをボソリと呟けば、少女を介抱していたリリンはピクリと肩を震わせ、アドンの視線は鋭くなり、イリス達は瞠目する。


「……立場上、不確かな事は言及すべきではない」


 言ってアドンは少女の方を見、ついで治療魔導師のリリスを見据えた。


「彼女の意識は? できれば何があったか聞きたい」


「……一応身体の不調はないですが、体力や精神次第の消耗は自身で何とかして貰わないといけないので……」


 少し休ませる必要がある。彼女がそういった瞬間、少女は薄く目を開き、アドンを見上げた。


「せん、せい……あそこ……どうくつ……」


 疲労故か、絶え絶えの声と所作で上げる指につられ、オレ達は近くにあった洞窟の方へ視線を移した。


 何の変哲もない洞窟だ。大方魔物が塒にしていたのだろう、大き目な入り口が全てを呑み込むような黒で染められている。


「あそこに何かあるのか?」


「……みんなが」


 短い一言だったが、何を伝えたいのかは十分分かった。


「リリン講師、先に彼女を連れて戻ってくれ」


 アドンは立ち上がり、少女を抱きかかえるリリンに向かってそう指示を出す。

 リリンは頷き、少女を慮って「立てますか」と聞き、肩を貸して立ち上がった。


「そちらの子たちも一緒に――?」


 リリンがこちらを見つめてくる。

 まあ、普通に考えたらオレ達はここでお役御免だろう。明らかな異常事態だし、講師についていって離脱するのが自然である。


 でも――件の洞窟に何があるか知りたいじゃん?


「アドン講師、オレも行きます」


 立ち上がり、アドンを見上げたオレはキッパリと言い放つ。

 あの少女生徒を襲った術式の正体……ものすごく気になる。

 ここは是が非でもついていってやる。


「お、おいミトラ……」


「……ヴァルナーク、私にはお前達生徒を守る義務があり、さっさと戻ってくれた方がありがたいのだが」


「――彼女の一党の無事を確認するのも、発見者としての役目ではないかと」


「……口が回るな、本心は?」


 怪訝にオレを見下ろすアドン講師。

 流石海千山千の魔導師、オレが何考えてるかはお見通しってか?


「どんな術式か知りたいので」


「正直なヤツだな、いいだろう。だが安全は保障できない、最低限の自衛はしろ」


「心得ています、先生」


 どうにか納得して貰えたようで、オレはアドンについていく許可が下りた。

 

「そういうことでしたら、私は彼女を連れて戻ります」


 そういうが早く、リリンは少女を連れて森の奥へ消えていく。


「え、ちょ、あの……俺らは……」


 コイツはいいけど、みたいな感じでオレを見てくるグレイ君。

 失礼なヤツだ、置き去りにされて当然だな。


「さあ? ついてきたらどう? そうじゃなかったら帰れば? 殺人未遂野郎がウロついてるかもだけど」


「……や、ヤダなぁミトラさん、俺らパーティじゃないっすか」


 本当にどうでもよかったので投げやりに返事をしたら、卑屈な笑みを浮かべて一転追従してくる情け無い竜人君。


「ミトラ君が行くところに私もいくよ!」


「……まあ、しょうがないか。まだ誰かにやられたって、決まったワケじゃないし……」


 何やかんやイリスやリティスもついてくるらしい。

 やっぱりお前らも魔法が気になるんだな! 素直じゃないヤツらめ!

 冗談もほどほどに、先に行き始めたアドンについていき、洞窟の前に立つオレ達。


「〈上位識別ハイ・ディテクト〉……毒気の類はないようだ。既に霧散したか? まあ、念のため空気を入れ替えよう」


 上位の識別術式で洞窟内を外から調べたアドン。慎重を期すため、風の元素魔法で洞窟内の空気を入れ替え、彼を先頭に中へ入る。


「これは……」


「うっ……マジか」


 種族的に夜目が利くオレとグレイ君が先に気が付く。特にグレイ君の反応は劇的であり、明かりが無く回りが見えない他の三人も、何かを察して表情を硬く変じた。


「……〈照光ライト〉」


 光源をつくる簡単な魔法をアドンが唱えた瞬間、闇のヴェールに覆われた惨状が露わになった。


「ひっ!?」


「なによこれ……っ!」


 ――地面に倒れ込む三人の影。

 顔面は蒼白、恐怖や苦痛に固まった表情がより陰惨さを際立てる。そのような状態だからこそ、香らないハズの死臭さえ幻視してしまう。


「……死んでいる」


 軽い検視をして、無念そうに呟くアドン。

 そうだ、誰がどう見ても死んでいる。

 魔力の気配は感じない、軽く〈識別ディテクト〉をかけてみても、情報は一切上がらない。

 

 ということは、物理的手段での殺害……?


 でもパッと見、外傷はないようだが……ん?


 入り口近くに斃れている死体の手が切れている。多分襲撃者から逃げようとして、洞窟の何処かにぶつけたのだろう。


 オレはアドンが奥で死体を調べているのを横目に、懐からアースドレイクの血を入れる為に用いたフラスコ、その余りの空き瓶に死体の血を少しだけ注ぐ。


 凝固はしていない。あの少女と同じ方法で攻撃されたと考えるなら、やはり受けた瞬間も大体同じくらいの時間のハズ。死後間も無いのだろう。


「恐らく即死だな。……ヴァルナーク、どうした?」


 不自然に屈みこんでいるオレを見てそう尋ねてくるアドン。

 オレは持ち前の手技で違和感なく懐へフラスコを仕舞い、自然に立ち上がった。


「いえ、何かわかるかと思ってみていたのですが……」


「そうか」


 誤魔化せたようで、アドンは再び考え込む。

 まあ流石に生徒の死体から血を拝借ってのは外聞が悪い。オレだって気を使うくらいには。


「……演習は中止だ、全員アルドーンへ帰還するぞ」


 と、いう演習監督の声でオレ達は洞窟を追い出され、数人の教師陣で死体を運び出す群れに続き、森を後にする。


 今だ蒼い顔をしているイリスやグレイ、リティスを余所にオレの脳裏にあるのは死体……彼らを死に至らしめた方法。

 

 魔術的な痕跡が無く、消去法で物理的な殺傷と考えたが……違う気がする。


 オレの直感が囁くのだ、アレは魔法だと。

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