第15話 都合良きチームプレイ

「不気味っつーか――不吉な森だ。死の匂いがしやがる」


 極めて神妙な顔つきでそう言い放つは、少年――というには似つかわしくなく屈強な竜人、グレイ・ドラグニール。


 彼とオレとを先頭にして進む四人がいるのは、演習場の森。

 サワサワと木が揺れ動き、どこか遠くから魔法か何かの音も聞こえてくる。


 その只中、スンスンと鼻を動かしたリティスが、困惑した顔でグレイを見上げた。


「……湿った森の匂いしかしないけど。カッコつけやめな?」


 普段から物憂げな視線をしている彼女の白眼は、随分と堪えたらしく、グレイ君は酷く慌てた。


「いやいや、マジだって! 兄貴に魔物狩りに連れてかれた、死傷者多数の砂漠が丁度こんな感じの雰囲気で――」


「分かる! 村の森もこんな感じでスッゴク嫌な感じだった!」


「流石イリスちゃん! やっぱ頭いいと分かるんだな!!」


 と、共鳴する二人。

 やはりバカ――というか、ちょっと抜けてる所がありそうな者同士、通じ合うのだろう。


「調子のいい事……」


「いいだろ別に……そ、それより、ホントに大丈夫なのかよ。こんなのんびりして」


 リティスの白眼から逃れるようにして話を変えるグレイ。

 まあこれ以上続けても不毛なだけなので、オレは少し呆れ気味な目で以ってグレイ君を迎えてやる。


「言ったろ? これでいいんだって」


 ――此度の演習、小型や中型の魔物を倒しても幾ばくにもならず、狙うべきは大型。


 だから皆、我先にと森に入り大型の魔物目指して奔走するワケなんだが――


「そんな真似をすれば、縄張りを乱された大型の魔物が入り乱れ、乱戦は必至」


 オレ達は学院の生徒と言えど魔導師。立派な異能者である。

 故にこの森の魔物相手でも、こうして四人~五人の徒党を組めば対処可能。

 

 しかしてそれはパーティ対1体の魔物に限った話。


 外様のオレ達が複数で縄張りを侵犯する。

 そんな状態で魔物どもがキレないハズがない。


 大型の魔物が己の領分を侵されたと感じ、結果乱戦になる可能性が高い。


 運よく魔物同士が戦ってくれる――なんてモンに期待するよか、先行していった連中が、乱戦になって敗走する所を美味しく貰う方が賢いやり方であろう。


「なんか、狡いやり方だよなぁ」


「なら正々堂々、このアホみたいに広い森を駆けずり回るか? オレは御免だね」


 そんなアホらしい真似出来かねる。はっきりと示して見せれば、グレイ君は不満げに肩を落とす。


「まあ……今更探すワケにも、遅いしな」


「……アタシは点数取れれば何でもいいから、効率いい方法は賛成よ」


「ミトラ君に間違いは無いよきっと――んん?」


 いつも通りオレを心地よく持ち上げようとするイリスが、不調法にも中途で言葉を切る。

 

 恐らくはハーフエルフとして備わる、優れた感覚が異変を捉えたのであろう。

 

 オレも、木々の騒めきと怒号、そして悲鳴めいた声を感知した。

 同じくグレイも、或いはオレ達が身構えた事から察したリティスも、揺れる木立の先を鋭く見据える。


「この先だな、行くぞお前ら」


 皆に声を掛け、オレが一番先に木立の中へ進む。

 一瞬遅れて、他の三人が続く気配。

 すこし進めば、ドタドタと激しい戦闘音が聞こえて来た。


「――うああああ! もう限界だ!」


 バサリと、木立を抜けて出た空間。オレ達を迎えたのは生徒の悲鳴。

 森の中の広場みたいになっている空間には、二体の大型魔物、そして四人の生徒が戦っていた。


「グオオオォ!!」


 野太い異様な雄たけびを上げるのは、反り返る牙を備えた単眼の巨人。屈強な巨体と、粗雑な棍棒を振り回すその姿はとても威圧的である。


 サイクロプス。巨人系の魔物ではもっともメジャーで、その容貌から見てわかる強力な膂力が厄介な強敵だ。


「ゴォォォォ……!!」


 そしてもう一体。コチラの方が厄介であろう。

 咆哮する姿、四足で堂々と聳える威容。鎧か刃かのように逆立つ鱗や尻尾、そして蜥蜴じみた頭部。


 アースドレイク。別名地竜とも呼ばれ、大型の魔物の中では結構な強敵だ。

 ファイアドレイクなどの他の下等竜とは異なり、ブレスを吐く能力は持ち合わせていないが、代わりに素の身体能力が優れている。


 そしてそんな二体の魔物は互いに睨みを利かせながらも、足元で逃げ惑う四人の生徒を攻撃していた。


「聞いてねえよ! こんな魔物!」


「限界だ、撤退するぞ!」


 戦いとは到底呼べない様子である。攻撃魔法で応戦する間もなく、逃げ惑い、どうにか防御の術で凌いでいる。

 それも長くは続かず、四人は酷い顔をして逃げ去っていく。


「マジか、ありゃ地竜だぜ」


 ポスリと横の茂みから顔を出したグレイ君が、神妙に呟いた。

 

「同じ竜同士、どうにか仲良くできないの?」


「アホか! 俺は竜人、完全に別の生き物なの!」


「分かってるよ。まあ無難にサイクロプスの方をやろう」


 どちらとも強めの魔物だが、アースドレイクの方が知能も地力も高く厄介。

 貰えるポイントが同じなら弱い方を倒すのが合理的であろう。


「その方が無難ね」


「どっちも強そうだけどね……うう」


 遅れて顔を出したイリスとリティスに目をやった瞬間――


「――〈敵視強制コンペルド・ヘイト〉」


 反対側の木陰から飛んでくる、術者への敵愾心を植え付ける精神魔法がサイクロプスへ着弾。


「グオオオッ……? グオオオオオ!!!」


 戸惑ったサイクロプスだが、一瞬で顔を真っ赤に染めて魔法が飛んで来た方を向く。


「あっ!?」


 オレは思わずデカい声を出してしまう。木陰から姿を見せていたのは、例の貴族野郎――ヴェインである。


「すまないが、コチラは頂いていくぞ」


 あの野郎はキザっぽくそう言い残し、単眼の眼光をぶつけるサイクロプスを正面から見上げた。


「コッチだ、僕を殺したいんだろう?」


 挑発的にサイクロプスを誘い、ヴェインは森の奥へとゆっくり進む。決してサイクロプスが彼を見失わないように。


「……」


 なんと連中の一党にはマリアンヌが居やがった。アイツはオレを不満げに見た後、ヴェインの援護をしつつ彼と共に下がっていった。


「クソが」


 本気マジの悪態が口を衝く。

 ヴェインとかいう貴族野郎、ヒトの獲物を横から攫って行きやがった。

 

「え、ちょ、なんで? なんでソッチ行くんだよ!?」


 オレがヴェインを睨みつけている間、間抜けにもキョロキョロと焦るグレイ君。


 第一階梯といえど、〈敵視強制〉の術式が齎す効果は中々に強力だ。

 知能の低い魔物相手なら、暫く術者以外を見させず決闘を強制するなんて真似も可能だろう。


 外様が多少の術で気を引いて逸らせるモノでもないし、解除してオレが掛け直す、なんて真似も時間が掛かり過ぎ。


「しょうがねえ、譲ってやるよ」


 それに――先んじて戦っていた連中に、同格の魔物が消え失せ、この場にいるのはオレ達のみ。

 

「ゴォォォォ……」


 ――当然、オレ達へ注意が向く。

 ドスン、ドスンと足を踏み鳴らし、森の広間に立つオレ達を見下ろすアースドレイク。


「マジで覚えてろよ、貴族野郎」


「ヴェインにやられたわね、賢くて才能もあるのに、立ち回りは狡いわねアイツ――言えた義理じゃないかもだけど」


「ねえ、こっちのが強そうだけど……大丈夫なのかな」


「まあ仕方ねぇよ、こうなったらドレイク狩りと行こうじゃねえか」


 各人各様の反応を見せる中、好戦的に笑うグレイが前へ出て魔力を奔らせる。


 強化魔導師――肉体や武器を文字通り魔法で「強化」して、接近戦を行う超武闘派な魔導師の総称。


 その影響か、体育会系な連中が多く――グレイ君もその例に漏れず脳筋な気質が見て取れる。

 見た目が筋肉なんだから、せめて脳みそは柔軟にした方が良かろうに。


「ゴォォォォ……」


 前に出て魔力を励起させるグレイ君を見て、敵意を露わに唸り身を屈ませるアースドレイク。


 一瞬の緊張――切ったのはグレイ!


「“諸力を此方に”――〈強化リーンフォース二重式ダブル〉!」


 短い詠唱を駆けた刹那、無属系統第一階梯〈強化〉が二重で発動。

 同じ魔法を二重三重に発動する技術だ。オレがマリアンヌ戦でやったような技術である。


 魔力がグレイ君の身体に巡り、鋭く静かに輝いた。

 二重に発動する技術は見事だが、意味はあるのだろうか。


 強化魔法は一度掛ければ全身に施される。

 重ねても以前の術式が上書きされるだけなのだが――


「ゴォォォォ……」


 吼え、前足を振り上げたアースドレイク。巨体がミシリと揺れる迫力に臆することも無く、グレイは跳躍――力強く空を踊り、巨大な爪を避けた後――


「――オラァ!!」


 中空からカカトを突き出すグレイ。その膂力と慣性と強化された肉体とが、雷の如くアースドレイクの頭上に降り堕ちた!


 ズザン、と重々しい衝撃音。衝撃波がコチラまで届く勢いだが、


「グォォォ!」


 件のアースドレイクは然して響いていない様子で、一瞬怯んだがすぐに頭上へ向き牙を剥き出して追撃――


「あっぶね」


 ――である嚙みつきを喰らう前に、アースドレイクの鼻の辺りを蹴り後方へ飛び回避するグレイ君。強靭な容貌に相応しく豪快で軽快な闘い方だ。


「っ……」


 追撃を外したアースドレイクの隙をつくように走り出したのはリティス。袖口から触媒となる短杖を出し、素早くそれを突きつけ、魔力を励起し術式を起動。


「“灼熱放ち、焦がれよ”――〈焦熱線スコーチング・レイ〉!」


 展開された術式陣から元素系統第二階梯〈焦熱線スコーチング・レイ〉が発動。

 

 燃え滾る細い火の光線が三本ほど素早くアースドレイクへ飛ぶ――が、突き刺さった〈焦熱線〉は軽く黒い煙を上げるだけで、グレイの一撃以下の威力しかなかったようだ。


「火力低くないか?」


「うるさいわね、アタシはこれが限界なの!」


 アースドレイクの注意さえ引けない威力に思わず突っ込んでしまうオレに、ガオーっと擬音が付く勢いで怒鳴るリティス。こんな状況で呑気な反応だ。


「よーし、私もやるぞ!」


 グレイがアースドレイクの注意を引いて死闘を演じている中、イリスが構えた。


 エルフの血筋を引く者らしく、清澄な魔力を立ち昇らせるイリスが、凛とした視線を向けて口を開く。


「“透なる刃が告げる、汝を刎頚へ”――〈絶風斬エアリアル・ブレード〉!」


 普段の姿からは想像もつかないほど清廉な詠唱を以って唱えられた元素系統第三階梯〈絶風斬エアリアル・ブレード〉が発動。

 

 挙げた手を一気に振り下ろせば、大剣の一撃が如き鋭く大きな風の斬撃が飛翔、アースドレイクの横っ面に飛びザクンと切り裂いた!


「グォォォ!」


 弧を描いて飛ぶ鮮血。アースドレイクに与えられた攻撃の中では一番効果があったようで、先より怯む。


「流石イリスちゃん!」


「詠めるのね、第三階梯……」


 喝采を叫ぶグレイと驚いたように呟くリティス。だが――


「油断すんなよ、全然浅いぜアイツの傷」


 怯んでいたアースドレイクはすぐに復調し、首を振った後イリスを恨めし気に鋭く睨んだ。


「ヤ、ヤバいかも」


 リティスは当然として、先ほどまで近接戦を演じていたグレイよりも高火力を出したせいで、イリスを一番を脅威を認識したらしい。

 

 まあ、当たり前か。オレだって屈強でおまけにすばしっこいヤツより、強力な術を使うが華奢な後衛を先に狙う。


「ど、どどどどどーしよ!? なんにも考えてなかった!!」


 何も考えずに強力な攻撃魔法を使ったのが原因。鋭い魔物の目を受けて焦り出すイリス――馬鹿、んな真似してる暇あったら距離取るなり追撃するなりあるだろ。


「グォォォ!!」


 案の定イリスにキレて咆哮、興奮した牛のように口を開けて突進するアースドレイク。


「や、ヤバ――」


 怯えて動けないイリス。

 大口開けて迫るアースドレイク。


「イリスちゃん! ちっ、コッチ向け!」


 即座にグレイが再びジャンプ、空からカカト落としを見舞うが――さっきは頭、今度は胴体。痛くも痒くもない様子で、視線はイリスに向いたまま。


「ちっ、止まりなさい!」


 リティスも〈焦熱線スコーチング・レイ〉を撃つが効果なし。

 

 ……もう少し考える時間が欲しかったが、まあいい。

 止めないとイリスが1/2ハーフエルフになるのは目に見えている。

 

 これくらいの術式なら速律詠唱で充分。

 剣指を結んで魔力を練り、慣れ親しんだ本のページをめくるように、滑らかに術式を起動。


「――〈重地突撃カタフラクト〉」

 

 術式名を口上してやれば、元素系統第三階梯〈重地突撃〉が発動。突如として隆起した重く太く鋭い大地が宛ら騎兵の突撃が如く、地を走りアースドレイクの横っ腹に突き刺さり――轟音。


 ドォォンと、派手な衝撃音と共に弾き飛ばされたアースドレイク。

 だが、あの程度で死ぬワケがない。

 件の地竜は、巻き上がる砂埃の中からすぐに体勢を立て直し、再び顔を出してくる。


「うわあああ、助かったよぉミトラ君!」


「お前! んな事が出来んならさっさとやれよ!! このサボリ野郎!!」


「サボりなんて人聞きの悪い。アイツを効率よく仕留める方法を考えてたの。闇雲に攻撃してるお前らより、立派に労働してるよ」


「……そう、で、やれる方法は考えついたの?」


 オレのセリフに呆れたように肩を竦めるリティスに、自信満々に笑みを送ってやる。


「――当たり前だよ」


 そう言ってみせれば、イリスは目を輝かせグレイは呆れた嘆息の後、真剣にオレを見下ろす。


「どうすればいいんだ?」


「ふふん、先ずは――」


 指示を出そうとした瞬間、アースドレイクが再びの突進。ヒトが話してる途中に無粋だが、野生の獣に道理や風情を説くなど無駄の極み。


 再び〈重地突撃カタフラクト〉で大地を隆起させ、壁のようにしてアースドレイクを引き離し、三人に向き直る。


「セオリー通りに行こう。手早く急所の首から脳に掛けてを狙う。グレイ君は前衛で引き付けてくれ」


「了解っ、さっきみたいな感じだな」


 頼もしく返事をするグレイ君。兄とやらと一緒に魔物を倒した経験もあるらしいし、場慣れしている。


「リティス、〈焦熱線スコーチング・レイ〉の他には詠めるか?」


「威力で言ったらアレが一番よ。他の攻撃術式は第一階梯になるわ」


「なら変わらず〈焦熱線〉でドレイクの首を狙え。ダメージは無くてもいい、鱗を――あの装甲を剥がすイメージだ」


「……分かったわ」


 さんざんオレに茶々を入れてきたリティスだが、戦いとなれば指示を聞いてくれるらしい。

 

「最後にイリス――お前も首を狙え。さっきの威力高いヤツじゃなくて、体勢を崩したりできそうな衝撃強めな術だ」


「分かった! 頑張る!」


「……んで、お前は何すんだよミトラ」


「オレはデカい術を詠んで待機、いいとこで撃ってアイツを殺す」


 そういって牙を剥き出して見せれば、グレイは応じるように獰猛に笑った。


「オイシイとこだけ貰おうってか?」


「この中でオレ以外にアイツを仕留められる火力持ってるヤツ、いる? ――ほら、もう時間稼ぎも限界だ、始めるぞ」


 丁度オレがそういった瞬間、〈重地突撃カタフラクト〉で造った剣山の如き岩の壁が砕かれ、殺意に満ちたアースドレイクが入場してくる。


「パーフェクトなタイミングだ、さあ手筈通りに始めるぞ!」


 鬨の声代わりに言ってやれば、グレイが躍り出て潜り込むようにダッシュ――


「シッ!」


 そしてかち上げるようにアッパーカット! ドスンという重音。弾かれたように頭を上げるアースドレイク。


「今ね」


 そして無防備にも首を晒している隙に、リティスとイリスの攻撃術が殺到する。


「グオオオッ!」


 三人の攻勢によってすっかりオレから視線を逸らし、イリスやグレイらに喰い付いている隙に魔力を慎重に巡らせる。


「“鋼のはらわた、鉄の処女”――」


 両の手を上げ、頭の上で祈る様に組み、この戦いで初となる正規の詠唱を紡ぎ始めた。

 

 励起した魔力がオレの周囲に巡り、輪のように術式陣が描かれ始めた。


 ――魔導師が必殺の魔法に求める条件。


 当然威力、そして次に精度。

 だがオレはそこに燃費をも求めた。

 効率よく強力な術を扱うに、最も手軽なのが「既にあるもの」を使う事。

 

 分かりやすいのはイリスの魔法だ。彼女が得意とするのは空気を様々に圧縮して攻撃する術。既にある物質を代えるのは、魔力で一から生み出すより楽である。


 だが空気は場合によっては調達が面倒な時がある。その点、オレが目を付けた「もの」は確実に、大抵どこにも存在している。――なければ、その時は自前の魔力でどうにかすればいい。


「“宿す血肉は裏の裏”――」


 二節目の詠唱を終え、周囲に浮かぶ陣が輝く。詠唱が完了し、あとは術式名を口上するのみ。

 オレの手によって解き放たれるのを今か今かと待つ魔法。さあ、放ってやろう――。


「終わった、下がれ!」


 巻き込むワケにも行かない。オレが鋭く叫べばグレイはコチラを見る事もせず、一息に後ろへ飛んだ。


「ゴォォォォ……」


 そのせいか――或いはオレが放つ魔力を察したか、アースドレイクはコチラを見て唸ると、一気に突進してくる。


「ヤバっ……」


 開いた顎は宛ら深淵、生える牙は鋸。

 狂気的、或いは凶器的に迫るアースドレイク。

 オレの術が生死を分けると理解しているのか、先までより必死。

 

 その迫力に押され、近接戦を演じていたグレイさえ目を見開く。

 大穴の如き口が、オレ達を噛み千切るのにあと数秒も掛からないだろう。


「――〈略式処刑アイアンメイデン〉」


 ――その前に、地面から生える無数の鉄の柱。


 余りにも太く、だが慈悲の短剣ミゼリコルデの如く鋭いそれが、攻撃魔法で剥げたドレイクの首を貫いた――!

 

「グオオオッ……!!」


 喉を貫通した鉄の杭。口と傷口から夥しい鮮血を吐き出すアースドレイク。

 確実に死に掛けているハズのソイツは、尚を未練がましく吼え、首が引き千切れる勢いでオレに向かおうと身体を捩る。


「はっ」


 最期まで食らい付いてくるとは、見上げた根性だ。

 でも終わり。


 息を吐くような笑いと共に、頭上で組んだ手を更に握った瞬間、改めて無数の鉄の杭が地面より生え、アースドレイクの頭蓋を、胴体を、全身を貫き刺し穿つ。


「グオオオッ…………」


 無念そうな断末魔を最後に、アースドレイクは全身を貫かれたまま息絶え、グッタリと脱力した。


「……」


 静けさがその場を満たす。

 全員固まって動かないので、オレはそんな連中を一瞥してからヒョコヒョコとアースドレイクの遺骸、貫かれた頭の横に立った。


「うーむ、ちょっと――派手な感じになっちゃったな」


「……随分と、その――まあ、倒せたしいいか」


 最初に口を開いたのはグレイ君。彼は困ったように乾いた笑いを浮かべ、歯切れ悪くそういった。


 まあ、気持ちは分からんでもない。綺麗な仕留め方じゃないのは確かだし。


「派手な術式ね。差し支えなければ、どんな術か聞いても?」


 固まっていたが戻ればいつもの調子。リティスがそう聞いてくるので、オレは懐から錬金術用の細長いフラスコを取り出し、手で弄んでから答える。


「種別は見ての通り元素系統。多分――第四階梯かな」


「多分?」


「聞いて驚け、オレのオリジナルだ」


 自信満々に告げて見せれば、リティスはオレの予想を裏切らず目を見開いてくれた。


 このグロい魔法こそ、オレがオリジナルで造った術である。

 なんか強い魔法を造りたいなー、という欲求は昔からあったので、入学して図書館を使えるようになったこの数日で完成させた代物である。


 評価は――威力は悪くないが、改善の余地ありって感じだ。


「まだ入学して一週間も経ってないのに」


「まあオレ天才だし」


 至極当然の事実を言って見せれば、リティスは肩を竦め――横からイリスが飛び出した。彼女の目は好奇や尊敬で輝いている。


「スッゴイ! スゴイよミトラ君! あんなのを倒しちゃうなんて!」


「ニャハハ! だろ? オレの偉業を理解できるとは流石幼馴染だな」


 イリスの素直過ぎる喝采に気持ちよくなりながら、手に持ったフラスコでアースドレイクの血を回収する。


 ドレイク種の血は有用な素材である。いい値段もつくし、錬金術の授業で度々必要になる素材にしても良い。


 せっせと血を回収するオレを見て、グレイやリティスは堂々と溜息をついてきやがる。


 一番の功労者なんだから、これくらいの役得はあってしかるべきだろう?

 そういって見せれば、連中は苦笑いを浮かべるのであった。

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