第14話 始まりの4人

 ルテリアス魔術学院がある「学術都市アルドーン」近郊の森。

 魔物も出る危険地帯だそうで、この鬱蒼とした森は近隣の住民は一切近寄らない。


 ここいら一帯すべて、ルテリアス魔術学院の私有地だそうで、こうして魔物相手の演習に用いられる。


「ではこれより演習を開始する」


 早めに元素魔法の授業を切り上げ、学院の森に集められたオレ達へ、アドンが声を張り上げた。


「場所はここ、通称“演習場だ。内には多数の魔物が生息しており、言わずもがな危険地帯――生半可な心持ちでは、諸君らが考えている以上に勉強代がつくことになる」


 アドンの言う通り、授業とはいえ実戦。講義の一環と舐めた結果、演習の授業で死人が出た年もあったとか。


「私の他に複数の講師陣で演習場を監視しているが――気は抜かないように。……さて、今から事前にこちらで組んだメンバーを発表する!」


 そうして発表された演習のメンバー。

 初回ということあって、アドンが組んだらしい。

 

 その件のメンバーだが……


「やった、一緒だね、ミトラ君!」


 オレの幼馴染、イリスは兎も角――


「げっ、マジか」


「……ついているのか、いないのか、この場合どっちかしら」


 件の決闘で散々茶々を入れて来た竜人とツインテールが一緒らしい。


「失礼だな、トカゲ君。オレと組めるんだから、寧ろ感涙にむせび泣くくらいしてもらわないと」


「……お前本当にスゲェよ。トカゲとか言われたのどうでもよくなっちゃったし」


「皮肉にはぶっ飛ばしで対応するよ」


 ――などと心温まるやり取りも束の間、ヌルリと始まった演習授業。

 先ずは自己紹介! っていうイリスの提案から顔合わせをする事に。


「まずは私から! 私はイリス! イリス・ローゼンベルグ! 高等魔導学科で、魔導師になりたくて入学したんだ! 得意な魔法はやっぱり、風かな! 仲良くしようね!!!」


 声デカ、コイツ。

 隣に立っていたからか、ほぼ直撃でイリスの大声を喰らい顔を顰めてしまう。


「……カワイイ」


「よろしくね、ローゼンベルグさん」


 呆然と呟くトカゲ君とは違い、ツインテールはイリスに軽く応じて見せる。その勢いで、次に前へ出たのはツインテールだった。


「次はアタシね。名前はリティス。リティス……アッシャード。所属は魔術法務学科、一応元素魔法が得意だけど――そんな期待しないでね」


 落ち着いた態度で名を名乗る、憂鬱そうなツインテール――リティス・アッシャード。


 赤いツインテールと、気高そうに整った目鼻立ち。紫の瞳が僅かに憂鬱を宿している。

 

 魔術法務学科――魔法関連の法律屋で、よく貴族の横に立つ魔導師は大抵この学部出身――らしい。ということは実戦はそこまでって感じだろう。

 

「次は俺だな!」


 力強い声と共に前に出たのは、件の竜人。

 

「俺の名前はグレイ・ドラグニール! 隣の国のシュドライゼ皇国から“留学生政策”とやらで来たんだ。あ、でも別に実家が偉いとかいうワケじゃねえよ? 学科は魔導兵、見ての通り強化魔導師だ。前出てるつもりなんでヨロシク!」


 制服の上からでも分かるくらい分厚い胸板を叩いて笑みを見せるのは、灰色の竜人ことグレイ・ドラグニール君。

 

 竜の相と、やたら長い灰色のタテガミ。

 微細な灰の鱗と強靭な体躯。後ろへ伸びる立派な二本の角。

 それらが相まって、人懐っこい笑みを浮かべていなければ、近寄りがたい容貌をしている。

 

 彼は鋭い蒼の瞳を楽しそうに歪め、武器か何かと見紛う太い尾を振った。


 魔導兵学科――まあ読んで字のごとく、戦う者としての魔導師を育成する学科であり、全学部の中でも最も武闘派である。必修の授業も、こういった実戦形式が多いとか。


「君、背高いね。何歳?」


 180は簡単に超えるであろう身長。意外と年を経てから入学する人も多い故、気になって聞いてみる。


「んー、数ヶ月前くらいに14になったぜ」


 ――まさかの三歳差。竜人ってのはこれくらいでもガキンチョらしい。


 オレももっと身長が欲しいなぁ。具体的には190センチくらいでっかくなりたいもんだが――まあ、まだ11だし、これから……だよな?


「よろしくね、グレイ君!」


「お、おおう……よ、よろしくな、ローゼンベルグ――イリスちゃんって呼んでもいいか?」


「勿論! 仲良くしよ!」


「うっ……よ、よろしくなイリスちゃん!」


 相変わらず誰にでもニヘラと接するイリスに、デレデレするグレイ君。

 なんて分かりやすい、ある意味美徳だな。


 それを興味無さそうに見つめていたリティスが、オレに視線を投げる。


「最後はオレだが――ま、知らんヤツはいないだろ」


 特に、決闘をご覧になっていたお二人は。

 そんな意味を込めて腕を組むと、グレイは怪訝にリティスは呆れたように見て来やがる。


「まあそりゃそうだが……」


「……そうね、貴方有名人だもの」


 有名人――なんて良い響きなのだろうか。

 

「にゃはは! そーゆーこと!」


 このミトラ・ヴァルナーク様の、有望ながら既に目を出し始めた才覚が響き渡っているという事の証明!

 気持ちよくなっていると、追加でリティスが嘆息。


「でも、最低限の紹介と戦い方くらいは教えて貰わないと」


「そうだそうだ! 仲間なんだぜ俺ら――ちょっと認めたくは無いけどよ」


 全く煩い連中である。まあ、一理あるのでオレは片目を閉じながら視線を投げてやる。


「まあ、色々だよ」


「はあ? そんだけかよ?」


 適当に茶を濁すつもりだったがグレイ君が目を開いて叫んだ。

 どうしようかな、でもあんま自分の手札ペラペラ喋んのもな。


「“魔導師たるもの、己が手札は秘匿すべし”」


戦闘魔導師バトルメイジ、レイローンの格言ね……調子の良い事」


 偉人の言葉を引用してみたが煙に巻くのは失敗。

 でも伝わったのはちょっと嬉しい。


「正解、アンタ博識だね。オレ好きだよ、頭いい奴」


「貴方に好かれても――」


「――私も頭いいよ、ミトラ君!」


「煩いよイリス。まあ、真面目なハナシすんなら、オールラウンダーってとこ。オレがお前らに合わせてやるし、何なら指示もしてやる。有難く思えよ」


 この中じゃオレが一番多芸。故にカバー厚めに立ち回り、必要に応じて指示を飛ばす――これが理想!

 指揮官は能力が高いヤツじゃないと務まらんしな!


「はぁ? 何勝手に――」


「諦めなさい、この手のタイプは一度決めたら動かないわ」


「私は異議なしだよ!」


 賛成一人、反対一人、無効票一人――オレ含めて賛成二人! 決まりだな!


 このパーティのリーダーも決まったところで、グレイがキョロキョロと周りを見渡す。


「そいや、ヌルっと始まったけど――演習って何すんだ? 魔物倒すってのは知ってっけど」


 周囲を見て見れば、もうすでに大半のパーティが出発しているらしい。

 

「グレイ君、聞いてないのか? 道中説明されてたのに――不真面目だな」


「う、うるせえな! リーダーやるつもりなら説明も仕事だろ!」


 なんてやつだ、自分の失敗を棚に上げて。

 まあ、イリスも気まずそうにモジモジしてるし、事実認識の違いは消しておかなければならない。


「ま、でも大したことじゃないよ。魔物倒して、数と質に応じてポイント――で、得点上位から評価点付けて貰える感じ」


「――魔物の質と数ってのが、厄介なのよ」


 どうやらリティスはちゃんと話を聞いていたらしく、オレの話の肝をチラつかせた。

 

「兎に角沢山倒せばいいんじゃないか?」


「でもそれじゃ、弱いヤツ倒した方がいいね」


 普通ならグレイとイリスの考えが正しいのだが、それを防ぐようなルールが存在する。


「残念だが、雑魚狩りで得点稼ぎってワケにはいかない――リティス、振り分け覚えてるか?」


 オレに話を振られたリティスは嫌そうな顔をして応じた。


「気安く上の名前で呼ばないで。――ハア、小型の魔物は得点なし、中型は1ポイント、大型が5ポイント」


「この森には“小さくて強い魔物”はいない。だからデカさがイコール強さ」


 オレらの説明を聞いた二人は顔を見合わせ一拍遅れて目を見開いた。


「じゃあ、大きな魔物以外意味ないってコト!?」


「早い者勝ちかよ! やべえじゃん!」


 急がな急がなと足をばたつかせる二人。

 はは、あのトカゲ君もイリスと似たタイプか。

 愚か者が一人増えたな。


「まあ待てよ。焦って先入りする連中は二流だ」


 そんなバカ二人を止めると、リティスがやっぱりと言いたげな表情でオレを見やった。


「決闘でアレだけの立ち回りをしたアンタがゆったりしてるから、どうせ何か考えがあるとは思ってたけど――」


「へぇ、随分な高評価だ嬉しいね」


「……フン、それで、種明かししてくれる気はあるの?」


 不満げなリティスと不思議そうなイリスにグレイ。

 二色の表情に分かれた連中に、自慢たっぷりに笑みを向けてやる。


「勿論、オレらは仲間だろ?」

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