第13話 元素魔法概論Ⅰ

 決闘から数日――


「おい、アイツ……」


 オレの方を見て誰かが囁く。

 生まれつき、種族故鋭い聴覚が声を捉え、ピコリと耳が動く。

 

 でもでも、声の方は向かない。こういう時に向いたらダサいから。


「ああ、あの決闘騒ぎの――」


「フィルトハイト家のご令嬢を破ったのが――」


「例の黒猫……ミトラ・ヴァルナーク。何でも、第一階梯だけで勝ったとか」


「第一階梯だけで……!?」


「フィルトハイト家といえば名門、優秀な魔導師を出してきた。件の御令嬢も、もう第四階梯まで詠めるってくらいスゲェのに」


 構内の廊下を歩いているだけでこれだ。

 なんと、なんと斯くも心地よく自尊心を満たしてくれるのだろうか。


「ミトラ君、スッゴイご機嫌。尻尾フラフラしてる」


 そこかしこから聞こえてくるオレへの賞賛に耳を傾けていれば、イリスがクスクスと笑いかけてくる。


「にゃはは! まあ、確かに今日はちょーとばかし気分がいい」


 そう、オレは今気分がいい。

 

 ――オリエンテーション初日、貴族の令嬢マリアンヌとのいざこざから始まった決闘に勝利したオレ。

 

 都雀こと貴族も多いこの学院、噂の類が広まるのは正しく一瞬。その速さは怒涛のよう、或いは火と風やもしれない。


 お陰でそこかしこからオレに関する話が聞こえてくる。これが気持ちよくないワケ無い!


 しかもしかも――今日は待ちに待った初の授業!

 その二つの要因が、オレのテンションをとても高めていたのだ。


「――アレだけ派手に立ち回っておいて、随分ご機嫌そうだな」


 ……そんなオレに水を差す聞き覚えのある声。

 愉快に廊下を歩いていたオレはピタリと動きを止める。一瞬遅れてイリスが止まるのを見つつ、視線を声の方へ投げた。


「――貴種に逆らうという以前に、アレでは魔導師失格ではないか」


 やはりか、声の主はいつだかのクソ貴族――もとい、ヴェインだ。


「衆目のある場で手の内を晒すなど――」


「――アレで全部だって、本気で思ってるのか? ランドルフくん」


 言いっぱなしにしておくのは癪だ。衝動のままに言い返しを始めるオレ。


「何なら、試してみるか?」


「……」


 軽く挑発すればいつぞやの令嬢の様に乗ってくるかと思ったが……案外冷静にコチラを見つめるヴェイン。

 

 暫くの間続く睨み合い。イリスがオロオロとしだした頃に、ヴェインが面白くなさそうにそっぽを向いた。


「……お前は危険だな、ミトラ・ヴァルナーク」


 最後にそんな捨て台詞を残して、ヴェインは去っていく。


「……ふう。もう、また喧嘩になるかと思ったよ」


 怯えてオレの後ろに隠れるという、とてつもなく情けない姿を晒していたイリスが、安堵して出てくる。


 機嫌がいい日に限って水を差すヤツが現れる。

 全く、オレってなんて可哀そうなんだ。


 そんな風に己を憐れみながら、最初の授業へと向かったのだった。






「――では、授業を始める」


 記念すべき最初の授業は「元素魔法概論Ⅰ」――元素魔法という系統について学ぶ授業だ。


 全学科必修の授業なので、めちゃめちゃデカい講堂に沢山の生徒が集まって受講している。


 中にはあの決闘騒ぎの際、茶々を入れて来た赤髪のツインテール女や、デカい灰色の竜人もいる。


 講師はやはりかアドン・アトラトル。彼はオレが座っている所へ視線を向けてから、教壇に手を突いた。


「この授業では、元素魔法の概論について学んでいく。魔物の脅威だけではなく人同士の争いや、昨今話題の反評議会系テロリストなど――自衛を求められる機会はいくらでもある」


 一息ついて、アドンは講堂に集った生徒を見渡した。


「魔導師に求められる抑止力、そして武力。それらを養うのに寄与するのがこの元素魔法であろう。破壊を担う為だけが魔術ではないが――力とは、魔導師に求められる第一条件!」


 生来鋭い視線を細めて、アドンは告げる。


「――この授業を通じて、諸君らが魔導師たる能力を養う事を期待する」


 ――そんな演説めいた口上から、元素魔法の授業は始まった。


 初回という事もあって既知の事が多いがあったが、聞いているだけでも有意義だ。


「――そもそも魔導の系統とは何か、答えられるものは?」


 時折アドンはこうして生徒に答えを求める形で授業を進める。

 問われた講堂はザワつきと静けさが綯い交ぜになった。答えようかどうか、迷っているような感じだ。

 

「えっと、ミトラ君に教えて貰ったのは確か……」


 横でイリスが唸っている。すぐに答えが出てこないのはマイナスだが、覚えているらしいので大丈夫だろう。

 ……誰も答えないなら、オレがいっちゃおうかな――


「――すべての魔術を系統別に分けた際の分類です。七つ存在しており、元素系統とは物質や形而下での現象を司る魔法です」


 ――答えようかな、としたところに聞こえる声。

 キリっとした表情で淀みなく答えるのは、ヴェイン。

 悔しい事に正解である。


「――その通りだ、ランドルフ」


 当然合っている為、アドンが満足そうに頷いた。


「ちっ」


 先を越されたようで、ちょっと不服である。


 ――先にヴェインが答えたように、魔法には系統といって種類が七つ存在している。


 元素系統の他には――


 魔力そのものや魔術法則を操る〈無属系統〉


 異界から魔物や物を呼んで使役する〈召喚系統〉


 生物の精神へ働きかける〈精神系統〉


 時間や空間、重力といった形而上の法則を操る〈時空系統〉


 アルカディア教団の秘儀、治癒や聖なる力を操る〈神聖系統〉


 そして、生命を否定する禁呪〈呪詛系統〉


 学院では元素、無属、召喚、精神、時空の五つの系統を扱っている。

 

 神聖魔法はアルカディア教団の専売特許だし、呪詛系統は第一級魔導師以外研究はおろか、関連文書を読むだけでも重罪である。


「――このように、今諸君らが学んでいる元素魔法以外にも、様々な術式が存在している。魔導師としての技量を高めるには、他の系統について知るのも重要である。――無論、得手不得手はあるから、得意を往くのも有りだ。時間は有限であるしな」


 言って、アドンは強面な顔に似合うニヤリとした笑みを浮かべた。


「よって――この後の二時限目と三時限目の演習は、ルテリアス学院が所有している森林での実地での訓練とする」


 ――そういえば、元素魔法の後の二限と三限はまるまる「演習」なる授業だった。


 演習を担当するのもアドンだったハズ。

 にしても、いきなり実戦演習とは――流石はルテリアス。中々飽きさせねぇな。


 生徒たちの動揺や興奮を余所に、オレは獰猛な笑みを浮かべた。

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