9/29配信動画 肝試し企画! ハシヅメ廃病院


「どうも皆さんこんベルベル〜! ベルベル怪奇倶楽部部長の鈴々で〜す」

「部員一号のメジェ子ッス。こんベル〜」

「二号の雪丸です」

「今日も張り切って噂のオカルト! 首突っ込んで行きましょうね〜」


 鈴々、メジェ子、雪丸の三人が恒例の挨拶をする。三人ともセーラー服を着ており、鈴々はサングラスをかけている。(補足。鈴々は動画内では昼夜問わずサングラスを着用している)。


 時間は夜。三人は明かりのついていない建物の中にいる。病院の待合室に似ている。床のタイルは大きくひび割れており、ビニールレザー製の椅子もボロボロになっている。


「皆さ〜ん。ここがどこだか分かりますか〜?」


 カメラが大きく引いて建物の全容を映し出そうとするが、奥の方は暗くてよく見えない。かろうじて扉らしきものが見えており、奥にもまだ空間があることが伺える。


「皆さ〜ん。ここがどこだか分かりますか〜?」


 鈴々が笑っている。その後ろではメジェ子が居心地悪そうに周囲に視線を向けている。雪丸はじっと鈴々を見ている。


「皆さ〜ん。ははは。ここがどこだか分かりますか〜?」

「部長。いくら待っても視聴者の声はここには聞こえてきませんので。そろそろ進行しましょう」

「あ〜……ちょっと部長テンション高いんで、代わってメジェ子が説明するッス。ここはハシヅメ病院と言いまして、五年前に閉業した廃病院ッス」

「カメラさん、ぐるっと周り映してください」


 雪丸の指示に従ってカメラがゆっくりと左回りに回転する。受付らしきデスクが画角に入り、木製のキーホルダーがついた鍵が二本置いてあるのが見える。画面外から鈴々の笑い声が聞こえている。

 カメラが周辺を映している間もメジェ子の説明が続く。鈴々が笑っている。


「ここハシヅメ病院は肝試しのメッカッス。三階にあるらしい院長室を見つけ出して、えーと、三人で写真を撮るのが今回の企画ッス」

「張り切って行ってみましょう」

「ははは」

「頑張るのでチャンネル登録と高評価、あわよくばコメントもよろしくお願いしますッス」

「どうも皆さんこんベルベル〜! 今日は」




 動画カット。三人が廊下のような場所を歩いている画に変わる。

 雪丸が先頭。鈴々とメジェ子がその後ろに続いている。三人はそれぞれ懐中電灯を手にしていて、思い思いに病院の廊下を照らしている。メジェ子、雪丸の二人は頭にナースキャップを着用している(補足。前面に黒い十字のついたコスプレ用のもの)。


 病院内は薄汚れていて、先客による落書きもちらほら見受けられる。掲示物が貼ってあっただろうコルクボードが画面端に映ったが、叩き割ったみたいに大きく中央から破損している。


「現在一階の廊下を歩いています。今のところ異変は何もありません」

「診察室が一、二、三部屋もあるね。結構大きい病院だったみたい」

「落書きだらけッスね。あと、なんか化学っぽい臭いを感じるッス」


 先頭の雪丸が廊下の突き当たりで足を止める。懐中電灯が目前の鉄扉の横につけられている小さなプレートを照らし出す。

 カメラ、プレートにズーム。霊安室と書かれている。


「霊安室です」

「そうはなんないんスよ。普通はここにねーんスよ、霊安室は。少なくとも診察室の横には作らねーんスよ」

「診察室のところのプレートとちょっと違うね〜。誰かがイタズラでここのプレートを霊安室に変えたのかな?」

「だとしたら最低ッスね。帰りませんか?」

 

 カメラが後ろを振り返り、通ってきた部屋のプレートにズームする。診察室3と書かれている。

 画面が二つに分割され、霊安室と診察室3のプレートが並べて表示される。霊安室のプレートは金属製の板に黒いインクで文字が書かれている。診察室3のプレートはプラスチック製の板に赤いインクで文字が書かれている。鈴々の指摘通り、これらのプレートは違うもののように見える。


 画面が鈴々ら三人の画に戻った時には既に雪丸が霊安室の扉を開けている。雪丸の背後から鈴々、メジェ子も中を覗き込んでいる。メジェ子は精一杯背伸びしており、時折小さくジャンプしてなんとか中を覗けている風である。(補足。雪丸は身長156cm、メジェ子は150cm、鈴々は172cmと公表されている)。

 彼女らの背中が隠しているため、カメラからでは霊安室の中を見ることができない。


「霊安室でした」

「霊安室だね〜」

「ガチの霊安室じゃないッスか。プレートの話は何だったんスか」

「ちょっとこれ部屋の中は映せないね〜。怒られる前にドア閉めちゃおうね」


 雪丸がドアを閉める。鈴々の笑い声が聞こえる(補足。少なくともカメラに映っている鈴々の笑い声ではない)。


 三人は廊下を引き返す。廊下はあまり広くないため、カメラとすれ違う際に三人の姿がアップになる。かなり近い距離にいるカメラに気づいた雪丸が、カメラに向かって手でハートマークを作った後ウインクする(補足。できていない。また、一連の動作は無表情で実施された)。

 並び順が変わり、先頭はメジェ子、雪丸。後ろに鈴々が続いている。


 通り過ぎざま、おもむろに鈴々が診察室3と書かれたプレートをとり外す。その下から霊安室と書かれたプレートが現れる。

 その隣の部屋の、診察室2と書かれたプレートの下からも霊安室と書かれたプレートが現れる。さらにその隣、診察室1のプレートの下からも霊安室と書かれたプレートが現れる。扉が拳一つ分ほど開いている。


 鈴々、扉の隙間を覗き込む。前方を行くメジェ子、雪丸はその様子に気づいておらず、廊下を進み続けている。




 カッという音と共に場面転換。三人は階段を上っている場面に変わる。

 先頭は雪丸。次にメジェ子、鈴々の順に続く。


 階段の横に貼られた健康促進目的のポスターはその大部分が色とりどりのカラースプレーで塗り潰されている。うちの一枚に「六角を殺してください」と青字で書かれている。鈴々、雪丸はその文字に気がついたようだが、特に触れずに通り過ぎる。


「院長室は三階なんスから、最初から寄り道しないで真っ直ぐ階段登れば良かったんスよ」

「二階は映せる画が全然なかったですね。全カットになるかもしれません」

「部長めちゃくちゃ頑張ってたんスけどね〜」


 階段を上り終え、三人は廊下に立つ。カメラが正面壁面に描かれた3Fという文字をアップで映す。

 廊下は左右に分かれていて、カメラがゆっくりと左右それぞれの廊下の先を見る。薄暗く、どちらも先が見えない。映り込んだ窓の向こう側も真っ暗で、懐中電灯の明かりが三つ、窓に反射している。


「はい三階の廊下に到着で〜す。二階も見て回りましたが、面白い画が撮れなかったのでたぶんカットです」


 鈴々、両手でVサインを作りチョキチョキ開閉する。メジェ子は嫌そうに廊下周りをキョロキョロと見渡している。雪丸は無表情にカメラを見ている。


「三階もサクッと見てまわっちゃいますが、撮れ高なかったらアレなので。歩きながら過去動画のコメ返し! やっちゃいましょう!」

「コメントは随時募集してます」

「ベルベル怪奇倶楽部に突撃してもらいたいオカルト情報とかも待ってるッス!」


 メジェ子、雪丸がそれぞれ画面下部を指差す。(補足。動画投稿サイトのUIでは二人が指差した方向にコメント欄が存在する)。

 

 三人は右手側の廊下を歩き出す。全員横並びで歩いている背中をカメラが映している。廊下の窓ガラスに人影が映り込んでいるが、誰も気づいていない。笑っている。

 鈴々がスマホを取り出し、歩きながら操作を始める。鈴々の顔が下から照らされている。


「まずはコレ。『最後、雪丸さん大丈夫なんですか? シャンプー何使ってますか?』。先週の動画へのコメントですね〜。今は見れません。サイト側に怒られちゃったから消しました。雪丸は大丈夫です」

「雪丸の髪の毛サラサラッスからね〜。気になる気持ち、分かるッス。雪丸は大丈夫です」

「シャンプーは親が買ってきたものを適当に使っているので分かりません。雪丸は大丈夫です」

「次。『メジェ子さんが怖がってるのを見ると安心します。幽霊とか苦手ですか?』」

「超苦手ッス。鈴々部長がいなけりゃこんなことやってねーッスよ」

「私も苦手です」

「アタシは得意寄り〜。はい最後。『鈴々はなんでグラサンしてんの? 夜じゃん』。お洒落で〜す。以上!」

「またこういう機会があったら順次読んでいくので、コメントよろしくッス」

「チャンネル登録と高評価もお願いします」


 コメント返しの間に三人は七枚の扉を通り過ぎる。うちの五枚は鈴々が開けていたが、カメラが内部を映す前に扉が閉められている。残りの二枚は開ける前に雪丸が首を振ったためスルーされている。


「さっきから撮れるものがないね〜」

「下手にコメ返ししたせいでカットも出来ないっす」

「次の部屋が院長室のようですよ」


 雪丸が前方を指差す。廊下の突きあたりに、道中の扉と比べて一際豪華な扉が見える。院長室と書かれた金属製のプレートがかかっている。


「目的地到着〜」

「さっさと写真撮ってさっさと帰るッス」

「まず私たちで中を見ましょう。懐中電灯の明かりは差し込まないようにしてください」


 メジェ子がほんの少しだけ院長室の扉を開ける。カメラからは中の様子は見えない。三人は内開きの扉の隙間を覗き込む。鈴々、雪丸、メジェ子の順に並んでいる。後ろから鈴々の笑い声が聞こえる。


「あちゃ〜。この部屋も厳しいね〜」

「これ映したらチャンネルなくなる可能性もあるッス。でもこのままだとタイトルコール詐欺になっちゃうッス」

「マジのマジでヤバかったらタイトルコールは撮り直そうね。とりあえず中の様子を口頭で説明しよっか」

「白衣を着た高齢の男性、男性の看護師、それから女性の看護師が三人。計五名が笑顔で私たちを見ています。拍手の音が聞こえます。五人は部屋中央のテーブルを囲んでいますが、テーブルに乗っている物はよくわかりません」

「メジェ子には看護師が一人見えないッス。拍手の音も聞こえないスけど、代わりに歌が聞こえてるッスね。……バースデーソング? あっ」


 メジェ子が声を上げたタイミングで鈴々が扉を閉める。勢いよく閉めたため、バンと大きな音が鳴る。メジェ子が持っていた懐中電灯が落下し、廊下の隅に設置されていた消化器を照らしている。


「アレは無理だね〜。ナースキャップ貸して」

「了解ッス」

「どうぞ」


 メジェ子、雪丸は即座に鈴々にナースキャップを手渡す。鈴々はうちの一つを装着し、もう一枚はスカートのポケットに入れる。


「五分待っても戻らなかったら、二人でエンディング撮っといて。視聴者の皆はアタシの応援とチャンネル登録、よろしく〜」

「承知しました。お気をつけて」

「ガチで応援してるッス」


 鈴々、ごく最小限の幅で院長室の扉を開け、単身で中に入る。扉が開いた際に室内が僅かに映されたが、動画上でモザイク処理がかけられている。

 メジェ子、雪丸は閉じられたじっと扉を見ている。後ろから笑い声が聞こえる。




 軽快な効果音と共にカットインが入り(補足。ベルベル怪奇倶楽部! と書かれた大きい布を三人で持っている静止画)、場面が変わる。


 鈴々、メジェ子、雪丸の三人が冒頭と同じ場所(補足。病院の待合室)に立っている。鈴々は満面の笑顔だが、メジェ子は疲れ切ったような笑顔を見せている。雪丸は無表情に鈴々を見ている。


「中途半端ッスけど、今日はこんなところで動画を締めるッス。聡明な視聴者の皆様には肝試しなんかしないことを強くお勧めするッス」

「無事みんなで写真を撮れました。撮った写真は動画の最後に載せます。最後までよろしくお願いします」

「最後までご視聴いただきありがとうございました! また次の動画でお会いしましょう〜」


 メジェ子がカメラに向かって大きく手を振る。雪丸もカメラに視線を移し、肩あたりで小さく手を振る。鈴々は笑っている(補足。上記最後の発言は鈴々のものだが、その際鈴々の口元は動いていない)。


 動画の最後、薄汚れてはいるが一際立派な調度品が置かれた部屋で撮影された三人の記念写真が掲載される。奇妙な点はなに一つとして見受けられない。写真端に映る大きなデスクの上には、院長と書かれたプレートが乗っている。

 三人とも笑顔である。三人を除いて人影はなく、奇妙な点は一つとして見受けられない。


 写真の下部に、チャンネル登録&高評価よろしくお願いします! と書かれたテロップが表示される。


 動画終了。

 



 削除理由:ハシヅメ病院という施設は存在しないため

 

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