《温水洗浄付きWC》

「いらっしゃいませ、五名様のご利用ですね。コースは如何がなさいましょう」

「ランチタイムの食べ放題でおなしゃす」

「かしこまりました。当店のランチタイムは九〇分制、ラストオーダー二〇分前となっております。また、スキルのレベルアップ記念クーポンが発行されておりますので、本日お会計三〇%引きとさせていただきます」

「マジで!? やったぁ!」


 全員が言葉を失いながらくぐったゲートの向こう側には、アンゼリセがあの日見た光景と同じものが広がって、いや……。


「ひ、広くなっておる……」


 会話の邪魔にならない程度の音量で、おしゃれでムーディな音楽が満たす店内。以前は小さな席が一つだけだったはずだが、面積が倍近くになり、テーブルも三つ。席の一つ一つが横に大きくなっている。

 案内されたテーブルにめいめい座ると、各々の前に冷えた水と、おかわり用のピッチャーがどん、と置かれた。


「まず最初に大皿でご提供いたしますので、そちらがなくなり次第、そちらのタブレットからご注文をお願いします。ではごゆっくりどうぞ」


 相変わらずの重低音バリトンボイスで告げた店主は、のしのしとカウンターの向こう側へ消えていった。


「じゃあ水で申し訳ないけどとりあえず乾杯ってことで」

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て」

「おいおい、どうしたティック。まだ宴は始まってもいないんだぜ?」

「ここはどこだ、さっきのは何だ!」

「ここは知る人ぞ知る名店焼肉わくわくカルビ……そしてさっきのは俺のスキル《焼肉食べ放題》だ!」

「誰か助けてくれ! 僕に理解できるようにしてくれ!」


 誰も理解していないのでティックの嘆きを聞き届けるものは居らず、混乱が落ち着く前に肉がやってきた。

 食文化というものは地方や国によって違いはあるものだが、とりあえず美味ければどうにでもなる、というのも一つの真理である。

 そういう意味で《焼肉食べ放題》スキルから生じる(生じる?)肉の群れは、細かい疑問を黙らせるのに必要十分だったと言えるだろう。


「う、うわぁぁぁぁあ…………!」


 大皿に盛られた様々な色彩の〝赤〟が眼前に置かれた。

 濃血を思わせるルビー、あるいは深い色彩のガーネットのような生肉。豚肉はアンゼリセとてよく食べるが、これだけ白い脂身に覆われているものは見たことがない。


 見慣れた腸詰め(ウィンナー)の類に至っては、焼いて炙ればどれだけ美味いか皆知っている。

 それらが網の上で炭火にあぶられ、じゅうじゅうと音と匂いを巻き散らかすのだから溜まらない。


「おい、これ、大丈夫なんだろうな、支払い……」


 既に肉しか凝視していないワーブ、色々言いたいことはあるがなんだかんだ二度目なので『前食べたアレ、もう一度食べたいな』のスイッチが入ってしまったアンゼリセ、呆気にとられているオルレア、というメンツの中、ティックのみが不安の混ざった声でイツキを問い詰めた。


「えー? ランチだしそんな行かねえっしょ、えーっと」


 片手で金属製の器具トングを使い肉を網に並べ、もう片方の手で器用に光る板(タブレット)を操作したイツキは、うん、とその内容を確認して。


「一万と一五〇ディオールだって」

「……………………う、ううーん」


 この人数が一食にかけるにしてはかなり豪勢だが、祝いの席で少し奮発するのであればまあ……という金額ではあった。ティックが自ら払うかと言われれば絶対に出さないが、他人が出してくれるというのなら罪悪感無しで乗っかれる境界線上にある……そういう感じである。少なくとも、支払いきれなくて殺されることはなさそうだ。


「あ、この辺はもういいかな」


 まだタイミングを測りそこねている面々の皿に、イツキは肉汁したたるカルビを並べていった。


「ほぉーら……沢山おあがり……」

「その、では、いただきます……」


 今度は最初から置かれていたフォークで肉を突き刺して、オルレアは恐る恐る、それを口に含み。


「…………っ!」


 目を見開いた。一噛み、二噛みとゆっくり口を動かして、その度に驚きと高揚が満ちていくのを隠しきれない。やがて嚥下する頃には、もう彼女の目は網の上で焼き上がるのを待つ、脂身滲み出る肉に釘付けになっていた。

 清貧を旨とするオルレアがこの有り様なのだから、他の者がどうなるかなど、言うまでもなかった。

 かくして、奇妙なパーティ結成の宴が始まったのである。


 ●


「豚トロをじぃーっくり焼いてぇ……サイドメニューのキムチと混ぜてぇ……はぁーい、できましたよぉ、これがトロ豚キムチだよォ、ご飯に合うよぉ」

「ニンニクのオリーブオイル揚げといっしょに牛レバーをドーン! 岩塩を振ってぇ……火が通ったら固くなる前に引き上げてェ……ほーらレバーのアヒージョだよォ」

「刻み海苔とネギと揚げ玉をしこたま入れた後、ごま油と生卵を混ぜた和えたライスをどうぞォ……」

「ちゃんと野菜も挟むんですよォ、ほら、サンチュに肉を包むと違う世界が見えてくるだろォ……?」


 サイドメニューの豊富さを利用したアレンジを適宜付け加えてくるおかげで、舌が受ける刺激が単調にならず飽きが来ない。


 しかし一番満喫しているのは誰かと言えば……。


「うう、うううううううー…………!」


 それは泣き声というかうめき声であったが、苦しみから生じているものではなかった。


「おいひいれふぅ…………お、おかわりぃ!」


 使い慣れない箸で丼飯をかきこんだワーブの宣言に、すぐさま店主が馳せ参じどん、と山盛りのライスと追加の肉を置いて、手早く空いた皿を片して戻っていく、という光景が幾度となく繰り返されている。


 他の四人が流石に満腹になった後も、ワーブは一人、何故か半泣きになりながら食べ続けた。大きな体格を加味しても、そんなに詰め込んで大丈夫か? というぐらいの勢いだった。イツキはそのまま肉焼き係に移行し、ひたすら皿に肉を盛る作業を続けている。


「次がラストオーダーになりますが、追加注文はございますか」

「えー! じゃああとカルビ八人前! ロースとハラミ六人前、タン塩四人前! サンチュ三人前! ライス特盛三杯! で足ります!? ワーブさん!?」

「むぐぐ………さっきの白い奴もほしいです………!」

「レバーとホルモン三人前ずつ追加でェー!」

「かしこまりました」


 かくして、追加された肉も全て、綺麗さっぱり腹の中に収め、


「はふぅ…………」


 満足げなため息とともに、ようやく食事が終わった。どれほどの皿が積み重なったのか、もしテーブルに残っていたら塔が築きあげられていたことだろう。


「しかし、よく食べたのう」


 探索者は一般に食事を多く食べがちだが、ワーブの体格の良さを差っ引いても何処に収まっているのかわからないぐらいの勢いだった。アンゼリセが十人いたとしても、とてもではないが追いつくまい。


「し、失礼しましたぁ……その、こんなに美味しいもの、初めてで……ほ、本当に大丈夫なんですよね……?」


 今更ながら自分の食事量を振り返り、恐る恐る尋ねるワーブ。


「平気平気、ごっそさーん!」


 イツキがカウンターに向けて声をかけると、店主は無言で親指を立てた。


「まあそんだけ食うなら体もデカくなるよな!」

「うぅ…………!」


 ははは、と軽い気持ちで言い放ったイツキの言葉に、ワーブは顔を赤らめて俯いてしまった。


「そなたなあ……」

「イツキ様、今のは少し、デリカシーが……」

「………………」

「えっ、あっ、ごめんなさい! すいません! 許して下さい!」


 女子二人の冷めた目と、保護者(ティック)の無言の圧を向けられて即座に謝罪モード。ワーブは慌てて手を振った。


「ち、違うんです、わ、私……」


 もじもじと手元を弄りながら、大きな体からは考えられないほど小さな、囁くような声で。


「……い、いくら食べても、大きくなれないんですぅ……」

「………………ん?」


 首を傾げたイツキに、ワーブが補足するように告げた。


「わ、私は、その……巨人族ギガンティアン只人族プレーニアの……ハーフでしてぇ……」

「………………アンさん」

「わかったわかった、説明してやる」


 名前だけで説明を求めてきたイツキに、アンゼリセはやれやれと首を振った。


巨人族ギガンティアンはその名の通り、凄まじい巨体を誇る種族じゃ。なにせ男は六メートル、女は五メートル半が平均身長じゃからな」

「六メートルて」


 何かを測るように天井を見上げるイツキ。アンゼリセの知識だと、確か普通の民家の、一階あたりの高さが二、三メートルぐらいだった気がするので、単純に考えると二階建ての家以上の背丈がある、ということになる。


「ただでさえ少数民族の上、迷宮都市で見かけることはまずないから、見たことがない人の子も多いじゃろ、わらわも実際に見たことがあるのは一度きりじゃ」

「なんで? そんだけでっかけりゃ絶対強いじゃん、探索者向きじゃねえの?」


 イツキのシンプルな疑問に、アンゼリセはシンプルな答えを返した。


「迷宮に入れないんじゃ。大きすぎてな」

「あ」


 大迷宮にカテゴライズされる【ランペット宝樹迷宮】ですら、入口の門は高さ四mほどしかない。内部は言わずもがなだ。まさかずっと腰を折り続けながら戦うわけにもいくまいし、仮に体をねじ込めても、細い通路などは通り抜けることも叶わない。


「迷宮都市を中心とするこの社会で、その大きさ故に迷宮に立ち入ることのできぬ、最も強力にして最も不遇な種族……それが巨人族ギガンティアンじゃ。ハーフが生まれるとは知らなかったがの」

「わ、私の生まれた部族でも、私が初めてだった、そうです……もしかしたら、世界でも……」


 すぅ、はぁ、と、深呼吸してから、ワーブは言った。


「私…………もっと、強く、なりたいんです……」

「「「強くなりたい?」」」


 イツキと、アンゼリセと、ついでにオルレアの声が同時に重なった。


「はい……わ、私、部族の中で……、一番、弱くてぇ……皆、言うんです。ワーブは……非力で、か弱くて小さいから、危ないことしちゃ……駄目だって……だから、守ってあげるからね、って……」

「「「非力で、か弱くて、小さい?」」」


「そ、そんな私を、変えたくて…………守られてばかりじゃ、なくて、誰かを守れる、皆に認めてもらえる、強い、戦士になりたくて……探索者に、なったんです……!」

「…………ま、まあ、事情は人それぞれじゃからの」


 実際の巨人族ギガンティアンたちから見れば、確かにワーブは頭の高さが腰までしかない『小さな娘』に映るのだろう。本人もその環境で育ってきたのだからなおさらだ。


「…………でも」

「「「でも?」」」

「外の世界の皆は…………ち、ちっちゃくて……わ、私、変に映るみたいでぇ……!」


 語るワーブの目の端から、いきなりぶわ、と大粒の涙がにじみ出た。


「色んな、パーティに、入ってみたけどぉ……デカ女、とか、ウスノロ、とか、武器が使えない役立たず、とか色々、言われて……私、言い返せなくて……」

「武器が使えない?」

「そ、そういう、誓約ゲッシュスキルが、あって……私、身に付けられるのが、防具だけで……」

「己に制限をかける代わりに加護を得られるスキルじゃな。リスクが大きいほどリターンもあるものじゃが……武器が使えない、というのはかなり厳しい方じゃ」

「なるほどなー………………盾をぶん投げるのは有りなのか!?」

「え……っと、盾は、防具ですよ?」

「そなたも結構図々しい性格しとるの……」


 下手な武器より殺傷能力が高かった気もするが……言い換えるなら、制限がある中で色々と工夫を重ねた結果行き着いたスタイルなのだろう。


「……ある時、臨時パーティに入って、モンスターパレードに、遭遇したんです」

「アンさん」

「様々な要因で大量発生した魔物が一斉に襲ってくる、まあ迷宮の風物詩じゃな」

「最悪の風物詩だ……」

「わ、私が、魔物を抑え込んでる間に、皆、逃げちゃって、誰も、助けてくれなくて…………もう、死んじゃうんだ、って思った時」


 ワーブの視線が、横のティックに向いた。


「…………通りかかった、アニキが助けてくれたんです。すごい勢いで、敵を蹴散らして……私をかついで、迷宮の外まで」

「あらあらあらあらまぁまぁまぁ」


 イツキがにちゃ、と口の端を歪めて、嫌な笑顔を作った。


「ティックさんったら……格好いいじゃないのよォ」

「うるさい、成り行きだ、成り行き」

「その後は、ずっとご一緒に?」


 オルレアが話の続きを促すと、ワーブは小さく頷いた。


「お前は強くて、頼りになるから、僕を助けてくれ……って、言ってくれたんです。それが、とっても嬉しかったから、私は、アニキに恩返しがしたいんです」


 えへへ、と照れくさそうに笑って、自身の半分にも満たない大きさのティックを、尊敬の眼差しで見つめていた。


「あらあらあらあらあらあら、ねェ奥さん、素敵ねェ?」

「表に出ろクソガキ、立場をわからせてやる……」


 にちゃぁぁぁあ……とより歪んだ笑顔になるイツキと、ついに立ち上がったティック。


「おいおい、クソガキというがな、お前は一体何歳なんでゲスか?」

「じゃからなんなんじゃその時々入る語尾は」

「ゲスの語尾でゲスが」


 煽り散らかすイツキを睨みつけながら、ティックは答えた。


「二六だ」

「……………………えっ?」

「あ、わ、私、二一歳です、巨人族ギガンティアンの数え方だと、少し違いますけど……」


 ワーブが『自分も言っておいたほうがいいかな』ぐらいの感じで、そっと添え、


「……………………えっ? えっ?」

「ちなみに私は十八ですが……イツキ様は?」


 オルレアが頬に手を当て、ついでのように言った。


「………………………………十七歳でゲス………………」

「はっ、出直してこいガキが」


 鼻で笑い飛ばすティック。


「ア、アンさぁぁぁぁぁぁん!!!」

「そなたが舐めた口きいてるわらわが何歳いくつじゃか教えてやろうか? あ?」


 齢百を越える迷宮の神であるアンゼリセは、こめかみをひくつかせた。


「お楽しみの所、失礼いたします。そろそろお席のお時間になりまして……」

「あ、サーセン、出まーす。みなさーん、忘れ物ないすかー」


 愉快な会話の最中、店主が頭を下げながらそう言ってきたので、皆がぞろぞろと立ち上がり始めた。


「あの、すいません」


 その折、オルレアが店主に近づいて、小さな声で何やら尋ねると、店主は静かな動作で、店内の奥にある扉の一つを示した。


「ありがとうございます」


 そそくさと扉に入っていくオルレア。

 その段階で、既にティック、ワーブは退店していた。


「あ、飴もらってっていいですか」

「どうぞ、お一人につきお一つずつです」

「よっしゃー! はいアンさん、ハッカアメ」

「…………な、なんじゃこれ。食べ物か? ……みいいいいい! く、口が! 口が!」

「ゲハハハハハハハハハハハハハ」

「何笑っとるんじゃ!」


………支払いをしていたイツキと、全員が揃うまでなんとなく待っていたアンゼリセが、その悲鳴を聞いた。




「きゃああああああああああああああああああああああ!」




 扉の向こうから響いたのは、紛れもなくオルレアの悲鳴だった。

 切羽詰まったその声に、誰よりも早く駆け出したのは、イツキである。


「っ、大丈夫か!」


 ノブに手をかけると、軽いガタン、という抵抗がある。鍵がかかっている。

 迷わずに力を入れて、鍵を無理やり破壊し、扉を開け放つまで、わずか一秒。

 それは中に居るものが、制止や弁明をする時間を与えない早業だった。

 果たして、そこにあったのは。




「……………………~~~~~~~~~~~~~~っ!」




 イツキには見慣れた、しかしこの世界の住人であるオルレアには初めてであろうもの。

 白一色の清潔な室内、ほのかな芳香剤が作り出す爽やかな空気。

 陶器製の便座と、それに座る下着を下ろした修道女の姿。


「申し遅れましたが」


 支払額を確認した店主が、破壊された扉の事には触れず、淡々と告げた。


「《温水洗浄付きWC》スキルの取得に伴い、当店とも提携させていただいております。いつでもご利用可能ですので、ご自由にお使い下さい」


 温水によって洗浄を行ってくれるその機能は、知らぬ者にとっては思わず声をあげるほど、衝撃的だったに違いない。


「――――――ごめんなさグエっ」


 謝罪と回避を試みる前に、顔を真っ赤に染めたオルレアの蹴りが、イツキの鳩尾を貫いた。



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《急成長》スキルから始まる異世界人の《技能樹(スキルツリー)》が何かおかしいんじゃが!? 天都ダム @amatoxd

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