《流れ人(エトランゼ)》Ⅲ

 朝からほんっとうに色々あったが、とりあえず一段落か。

 アンゼリセがちら、と横目で隣を見ると、ちょうどお茶を飲み終えて、テーブルにカップを置いたオルレアと目があった。


「上手く話がまとまってよかったですね」


 微笑みながら、他人事の様にそう告げる。いや、たしかに他人事ではあるのだが……。


「……オルレア、その、そなたは良いのか?」


 探索者となる以前よりオルレアを知るアンゼリセは、彼女が固有の仲間と組んではいないことを知っている。

 いや、別にイツキと組んでほしいとはまったく思ってはいないのだが、さりとて一人での活動は、どうしても稼ぎの上限が決まってしまうものだ。


「私は、部外者ですから」


 しかし、少し考えた素振りを見せた後、そう言われてしまっては、アンゼリセはそれ以上、何も言葉を返せなかった。


「っし、これで四人パーティだな!」


 その少ししんみりした空気を、馬鹿が滑らかに台無しにした。


「えっ?」

「んっ?」

「今、私を数に入れました?」

「え、ごめん、超入れてた、違った?」

「すいません、私は成り行きでついてきてしまっただけですので……」

「そうか…………まあ成り行きもいきなりも突然という意味では変わらないし……ここは一ついかがでゲス?」

「なんじゃその語尾」

「何を仰っているのかいまいちわかりかねますが……」


 オルレアの視線が、イツキと組むことになったティックとワーブの二人に向けられた。彼はこう言っているが、あなた方は? と。

 こういう時、おどおどとしたワーブは当然ティックに判断を委ねることになり、ティックはあー、と口を半開きにして。


「基本的に、ワーブが一人で前線を支えることが多いから、専業のヒーラーが居るにこしたことはないんだけど……」


 ティックの頭には、先程のイツキとのやり取り……【治癒の光ヒールレーア】を引き換えに現金を徴収していた様がありありと浮かんでいた。

 ティックは立場上、金にがめつい方であるという自覚はあるが……。


「治療の度に金を請求されるのは、困るね」

「流石に私も、正規のパーティの仲間からお金をもらおうとは思いませんが……」


 オルレアの顔に苦笑が浮かぶものの、それは言い換えるなら。


「ですが、そうなりますと……臨時パーティで治療に徹していたほうが稼ぎがよくなりますし……組む条件はイツキ様と同じですよね?」

「そうなるね」

「では、やはり方針は噛み合わないかと。申し訳ありませんが、仮に《聖滴イラリス》が見つかった場合、私は分前が欲しいです」


 やれやれ、と、アンゼリセはため息を吐いた。

 オルレアはオルレアで、金を必要としている身だ。能力も治癒と補助に特化しており、最近のメタとは外れているものの、局地的な戦闘に傭兵として参加したり、安全性を重視する体験会チュートリアルにおいては、ギルドから定期的に声をかけられるぐらいの立ち位置を確保している。


 パーティへの参加がその辺りのメリットを上回らない限りは、首を縦に振れない、ということだ。


「人員が足りない時は、お声かけしていただければ、お手伝いはいたしますので」

「ま、それでもありがたいけれどね」


 先ほどとは打って変わって、理性的に、無難に話がまとまろうとしていた。

 これもまた一つに縁の形ではあるのだろう、それはアンゼリセが口を出すべき事ではなかった。


「そっかぁ………………残念だなぁ……………………」


 そして馬鹿は非常に惜しそうにぐねぐねと首を傾げていた。


「あら、イツキ様。そんなに私を気に入ってくださってたのですか?」


 くすくすとからかうような笑みのオルレアに、イツキは憮然とした顔をした。


「俺とまともに話してくれたのって、アンさん以外だとオルレアだけだったからなぁ」

「オルレア、そなたよくこやつに近寄ろうと持ったな……」

「ひどい言い草じゃない!?」

「世間知らずそうだったので、色々お金になるかなと思いまして」

「オルレアさん!?」

「ふふ、冗談ですよ。私もあまり人から好かれる方ではありませんから……声をかけてくれて、助かっていたのですよ」

「そ、そうなんですかぁ? 小さくて、お綺麗なのに……」


 同性として思うところがあったのか、ワーブが首を傾げた。オルレアは再度苦笑し、


「ふふ、ありがとうございます。ワーブさんもお可愛いですよ? 鎧の中から出てこられた時は、びっくりしました」

「あう」


 褒められることに慣れていないのか、照れたワーブが反射的に顔を抑えた、その時。

 ぎゅうううう…………。

 という何かを絞るような音が、室内に響いた。

 全員の視線が、反射的に音源に集中し……。


「……………………ああああああ………………!」


 腹部を押さえたワーブの顔が、食べ頃のトマトでもここまでにはなるまいと言う勢いで真っ赤になった。


「ち、違うんですぅ、朝から、その、あまり食べてなくてぇ……激しい運動も、しちゃったしぃ……」

「まあ、なんだかんだ昼を回ったからのう……」


 もう遅い昼食帯ぐらいの時間だった。思っていたより話し込んでいたらしい。


「っし! パーティ結成記念だ! 細かいことは後日にしよう! 飯でも食いに行こうぜ! 今日は俺が奢る!」


 イツキが高らかに告げると、ティックは少し楽しそうに笑った。


「へえ? そう言ったからには、僕は一ディオールも出さないぞ」

「おいおい、男が一度口にしたことは絶対曲がらないぜ?」

「そなたそうのたまって、最初わらわに支払わせた気が……」

「あの時はお金もってなかったの! 今はあるよ! 大丈夫!」

「ならいいが……………………まてそなた、まさか」


 アンゼリセが言葉の続きを吐き出す前に、ワーブが申し訳無さそうに手を上げた。


「あの……わ、私、その、たくさん食べるので…………お、お金はちゃんと、自分で払います…………」

「ああ、大丈夫大丈夫」


 虚空に手をかざしながら、イツキは告げた。


「これから行く店、食べ放題だから」

「やっぱそなた出す気じゃろ! あれを!」

「な、なんだよアンさん、いいじゃん、並ばなくてすむし、パーティの仲間に己の能力を明かすことで信頼を得たいし……」

「ちょっと打算的な行動をしてるんじゃないわ! 下手に使うと熟練してしまうじゃろ!」

「いいじゃん別に!」


 ぎゃーぎゃーやり合う二人を見ながら、ワーブはこてん、と首を大きく大きく傾げた。


「食べ、放題…………? なんですか? それ」

「ふふふ、聞いて驚くなよ……これから行く店は、定額払えばメニューの中から何でも好きなだけ食べていいんだぜ……!」


 ずん、と神殿が揺れて、天井からパラパラと塵が落ちた。

 ワーブが大きな一歩を踏み出した際に生じた、振動であった。

 彼女はそのまま、大きな手でイツキの肩を掴みあげた。万力で締め上げられてもこうはなるまい、というほど、強く強く力を込めて。


「あ、あの、ワーブさん?」


 紫色の瞳の奥に、つい先程まであった戸惑いや躊躇い、気の弱さといったものは一切見られなかった。見開かれたその眼に感情の色はもはや無い。









「いくらでも食べていい、って……そんなお店、本当にあるんですか……?」

「ホントだよ!? 何何何!? どうしたの!?」

「今後の事を考えて言っておくが、ワーブに食べ物のことで嘘をついたら首をねじ切られるぞ」

「思ったより食いしん坊さんねェ!? 大丈夫だって! お腹いっぱい食べれるって!」

「お腹、いっぱい…………? なんですか? それ…………初めて聞いた…………」


 ミシミシ、と肩を握る手に力が籠もる。骨が軋み始めた。不味い、本気だ。

 ティックはうんうん、と頷いて。


「ワーブは常に飢えている。一度腹いっぱいまで食べさせてやりたいと思ったことがあるんだけど、資金が切れて断念したんだ……」

「アンさん! ごめん! 使うよ!? 使わないと俺が死んじゃう!」

「うーむ…………」


 パーティ結成から一〇分で人死には流石に可哀想だ、やむをえまい。


「えーと、では私は……」

「オルレアも来てよ! 来て下さい! ちょっと今怖いから!」

「そ、それでは、お言葉に甘えて……あの、でも、私もそんなお店、聞いたことないのですが、どちらにあるのですか?」

「こちらにありまぁす!」


 イツキがかざした手の先の空間が大きく歪み、黒い【転移門トラベルゲート】が出現した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る