自分の中の自分

@soakiyama

第1話

 長かった受験が終わり、中学校での生活が終わった。1ヶ月余りある春休みが始まったわけだが、遊びに誘うような友達はいない。だらだらとゲームをしては少し課題をする日々。気づけば入学式の前日だ。夜になり、少し焦りながら、めんどくさがりながら、準備を済ませた。そして入学式の朝、昨日夜遅くに準備を済ましたせいか、少し寝坊してしまった。急ぎ目で準備を済ませると、

「たくさん友達作ってきてね。」

玄関を出ようとする僕に母が言った。ーうるさいー心の中の言葉をぐっと堪える。「いってらっしゃい。」母はそっと僕を送り出してくれた。僕は小さく少しふてくされながら

「いってきます。」

と返事をした。雨の中、僕は学校に向かった。

 中学の同級生とは会わないように選んだ遠くの学校。約1時間半の道のりだった。クラスを確認しその教室に入る。大きな緊張と少しの不安。見たこともない顔ぶれの教室。最初ということもあり静かだった。入学式では校長の話が長かったということしか覚えていない。そして最初のホームルーム、自己紹介をすることになった。何を言えば良いか迷っていると、自分の番が回ってきてしまった。

「出席番号18番の佐藤春樹です。中学では野球部に入ってました。趣味は寝ることです。よろしくお願いします。」

みんなが言っていたようなテンプレートに当てはめた自己紹介をした。その自己紹介の時間が終わると休憩時間となった。するとすぐに、坊主頭が話しかけてきた。

「高校でも野球やるの?」

何も自己紹介が頭に入っていなかったため名前すら分からなかった。

「えっと、名前は」

「伊藤塁だって、さっき聞いてなかったのかよー」

続けて塁は言う。

「俺も中学の頃野球部入ってて高校でも野球やろうと思ってる。春樹ももちろんやるんだろ?」

その熱気に僕は断るわけにはいかなかった。

「うん。」

少し自信無さげに返事をした俺に対して塁はすぐに

「なんて呼んだらいい?ハルっちとかどう?」

そんなあだ名なんて付けられてこなかったからそんなあだ名を付けられるのは純粋に嬉しかった。俺は小さく少し笑いながら頷いた。

「よろしくなハルっち」

少しも努力と言える努力はしてこなかった中学時代。正直不安だった。だが塁のおかげでちょっと先が明るくなったような気がする。

 何も分からずに入った野球部では3年生は9人2年生は7人で構成されていた。新入部生は全員1つの教室に集められた。そこで数えると全部で部員は12人、マネージャーが1人だった。この13人で俺の高校野球は始まる。

 この高校の野球部は特に強豪校とも言われない普通の実力を持つ学校だった。だからこそ自分が迷いながらも入ることになったのだ。

 野球部に入ってからすぐは1年生だけの基礎練ばかりだった。その中であまり他の人に話しかけることができない俺に話しかけてくれたのがやっぱり塁だった。

「もっと実践とかやりたくね?つまんね」

今の練習に嫌味を言う塁だったが、俺も同じことを思っていた。そしてやっと基礎練が終わったと思ったら、2、3年生のサポート役に回るだけだった。正直めんどい。

 そんな中練習の中で仲良くなったのは、同じ1年生の中でも明るくて、誰にでもすぐに話しかけるタイプの吉田だった。吉田はとにかく野球が好きで、練習の合間にもプロ野球の話や、自分の打撃フォームの研究をしていた。自然と吉田とは野球の話題で盛り上がり、次第に彼とも仲良くなっていった。

「ハルっち、お前のフォームもうちょっとこうしたらいいんじゃないか?」

吉田は一緒に素振りをしているときに、俺のフォームに気づき、アドバイスをしてくれた。実際に吉田が言った通りに試してみると、今までよりもスムーズにバットが振れるような気がした。

「ありがとう、吉田。なんか、前より振りやすいかも。」

「だろ?俺、将来コーチとかやれるかなぁ?」

吉田は照れ臭そうに笑いながらも、自分のアドバイスが的中したことに嬉しそうだった。

 そんなふうに、少しずつ俺は野球部の1年生たちとの距離を縮めていった。初めは不安だった高校生活も、野球部での日々を通して徐々に楽しさを感じられるようになった。

 しかし、2、3年生との距離は依然として大きかった。彼らは練習の合間に談笑していても、1年生が近づくと途端に真面目な表情に戻り、距離を保とうとする。その壁を感じながらも、俺たちは日々の練習に励んでいた。

 ある日、放課後の練習で、2年生のキャプテンである渡辺先輩が1年生を集めた。

「これからは、もっと実践的な練習もやってもらうことになる。気を引き締めて取り組めよ。」

渡辺先輩は、言葉少なにそう告げたが、その表情は真剣そのものだった。俺たちは彼の言葉を聞いて、ついに本格的な練習が始まるんだという緊張感に包まれた。

 翌日から、1年生も実戦形式の練習に参加することになった。初めて先輩たちと一緒に守備やバッティングの練習をすることになり、自然と気持ちも高まった。しかし、最初の守備練習で俺はミスをしてしまった。フライを取り損ね、ボールが頭上を越えていったのだ。

「おい、佐藤!何やってんだ、しっかりしろよ!」

渡辺先輩から厳しい声が飛んできた。俺はその場で固まり、うまく言い返すこともできなかった。

 その日の練習後、塁が俺に声をかけてきた。

「ハルっち、あんまり気にすんなよ。誰だってミスはするんだし、次にちゃんとキャッチすればいいんだって。」

塁は俺の肩を軽く叩き、笑顔で励ましてくれた。その言葉に少しだけ救われた気がした。

 だが、実際には気持ちが晴れることはなく、家に帰ってからもそのミスが頭から離れなかった。母が「おかえり」と声をかけても、返事をする気になれず、自分の部屋に直行した。

 部屋で一人になった俺は、ベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、今日の練習の光景が浮かんできて、次第に不安と焦りが胸の中で渦巻き始めた。やっぱり俺には、野球なんて向いてないのかもしれない――そんな考えが頭をよぎった。

 翌朝、重い気持ちを引きずりながら学校に向かったが、校門をくぐると塁と吉田が待っていた。

「おはよう、ハルっち!」

塁はいつものように明るく声をかけてくれたが、俺はどこかぎこちない笑みを浮かべることしかできなかった。

「昨日のこと、まだ気にしてるのか?」

吉田が心配そうに尋ねてきた。俺は正直に頷いた。

「まあ、失敗したことは仕方ないけどさ。これからはどうするかが大事なんじゃねえの?」

塁が言葉を続けた。その言葉に俺は少しだけ勇気をもらった気がした。

「そうだな、次はミスしないように頑張るよ。」

俺は自分を奮い立たせるように言った。

 その日から、俺は少しずつだが練習に対する気持ちが変わっていった。先輩たちと一緒に練習することで、技術だけでなく、チームとしての意識も学んでいった。渡辺先輩からの厳しい指導も、今では受け止められるようになっていた。

 1ヶ月が過ぎた頃、初めての練習試合が決まった。相手は隣町の高校で、そこも同じように普通の実力を持つチームだった。俺たち1年生もメンバーに入ることが決まり、初めての実戦に向けて気持ちは高ぶった。

 試合当日、ユニフォームを身につけた俺たちは、緊張と興奮が入り混じった気持ちでグラウンドに立った。試合は互角の戦いが続き、どちらも譲らない展開だった。

 そして迎えた最終回、1点差で俺たちがリードしている場面で、俺に打順が回ってきた。相手ピッチャーは力強い球を投げ込んできて、俺のバットに当たる気配がなかった。カウントは2ストライク、追い込まれた。

「自分のスイングを信じろ!」

ベンチからの声援が響く中、俺は自分に言い聞かせた。塁や吉田、そして先輩たちの顔が浮かび、彼らの期待に応えたいと思った。

 次の瞬間、ピッチャーの投げたボールがミットに向かって一直線に飛んできた。それに合わせて俺は思い切りバットを振った。カキーンと心地よい音が響き、ボールはまっすぐセンターの頭上を越えていった。

「やった!」

俺は一気に走り出し、塁を駆け抜けた。仲間たちの歓声が背中を押してくれた。結果的にそのヒットが決定打となり、俺たちは試合に勝利した。

 試合後、塁が俺に駆け寄ってきた。

「ハルっち、やるじゃん!あの一打はマジでカッコよかったぞ!」

「ありがとう、塁。でも、俺一人の力じゃなかった。みんながいてくれたから打てたんだ。」

俺は照れながらも、本心を伝えた。

 この勝利をきっかけに、俺は野球に対して自信を持てるようになった。そして何より、塁や吉田、そして他の仲間たちとの絆が強くなったことが、俺にとって一番の財産だった。

 まだまだこれからの野球部生活は続くが、少しずつ、俺の高校生活は明るさを増していった。あの雨の日に感じた不安は、今ではもう遠い記憶となっていた。

 そして、この仲間たちと共に過ごす時間が、俺にとって何よりも大切なものになることを、俺はこの時点で確信していた。

 ある日の帰りの電車

「あれ中学の頃陰キャだった佐藤じゃね?」

「顔は似てるけどあんな感じだったか?」

「すげぇ変わったな」

中学校の同級生がいた気がするが気のせいだろう。

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