第4話 和解と協力

 前回までのあらすじ。

 

 白マントで身を覆う不審な人物を見つけた僕は、奴を追って直接剣を交える。

 両者の力は拮抗し、絶えず剣と剣がぶつかり合う中、建物の崩壊とともに戦いは幕を閉じた。

  

 白マントで身を覆った彼女の名はカルデラ。

 自らが次の勇者になるため、旧世代の勇者を倒しに来た……

 つまり僕の息の根を止めに来た刺客である。


 ただ、僕が最も目を見開いたのはそこではない。 

 問題はそこではないのだ。

 

 彼女の背中にある純白の翼。

 舞い上がる羽が月の光に照らされるその光景はこの世のものとは思えない。

 いや、世界で4番目に高い山脈の頂上に登りドラゴンを打ち倒した時に見た光景と同じ程度なのだが。


 ……とりあえず、彼女は単なる人間ではなかった。

 

 だが、そこで僕の頭にある可能性が浮かんできた。

 

 「天使……なのか?」

 彼女は天界から僕を迎えに来た天使という可能性。

 

 「そうか、僕は死んだのか」

 既に僕は白マントに敗北していたのだ。

 魔王を倒した勇者を単騎で打ち倒すとは……奴はそれほどまでに強かったのだ。

 

 悔しい気もするが、これでようやくアイリスのもとへ行けるのだ。

 そう考えれば、悪くはない……。

 

 「何ブツブツ言ってるの?」

 僕の不審な行動を彼女が軽くたしなめる。

 冗談はこのくらいにしておいて―――

 

 「…それを見られたくなかったから逃げたのか?」

 「まぁ、これまであまり良いことなかったからね。

 反射的に逃げちゃった。

 急に襲い掛かってごめんなさい」

 

 彼女は口元に手先が当たる程度の高さで両手を合わせ僕に謝る。

 片目を閉じて、首をわずかに横に傾けつつ、上目遣いで…だが。

 たいして悪びれていないようだ。


 しかし、僕も勇者であることを隠している。

 彼女を責める権利はない。

 

 「…こちらこそ無理に詮索してしまった。悪かった」

 少し頭を下げてから右手に握っていた剣を鞘にしまう。

 


 少し落ち着くと僕は、月の光が彼女を照らしていることに注意が向いた。

 心なしか、彼女が映えて見えた。

 すらっとした体型に、フィンガーレスのグローブ。

 そして暗紫色の瞳。

 それに初めは暗くて分からなかったが案外美形である。


 ―――


 僕は先日生じた事件のこと、犯人を捜していることを彼女に話した。

 

 「なるほどね。

 その賢者を手にかけた犯人を捜していると。

 あなたがあれほどピリピリしていたのも分かるわ。

 それで、手がかりは何かつかめたの?」


 僕は首を横に振った。

 

 腕を組み、少し考え事をしてから彼女は言う。

 「私、あなたを手伝ってあげる」

 彼女の提案に少し驚いた。

 

 「強者の周りには強者が集まるものなの。

 あなたの側にいれば、勇者も見つけられるかもしれないわ」

 

 そう言うと、彼女はマントを拾って着直した。

 白いその翼が視界から消える。

 

 「少し聞きたいことがあるんだが、なぜ勇者になりたいんだ?」

 僕がすべきことは彼女と戦う未来を避けること。

 仮に戦ったとしても、負けることはないと僕は思う。

 しかし、問題とは対処するものではなく事前に予防し、回避することが最適だ。

 その理由さえ分かればいい解決策も浮かぶはず。

 

 しかし、彼女は呆気に取られていた。

 「理由なんて必要なの?

 勇者っていうのは皆の憧れでしょう?

 なりたいからなるのよ」


 「……」

 単なる刺客ではなさそうだ。

 それだけならファンとも呼べるが。

 でも、僕のしたことが今でも誰かに力を与えていることを知れて少し嬉しかった。


 「その勇者と戦う必要はあるのか?」

 争いを回避できればもうそれで構わないのだ。


 「それは……さっきも言ったでしょう。

 急に彼が邪神との戦いの前線からいなくなったからよ。

 私は勇者と一緒に前に出て戦いたいと思っていたのに、急にいなくなっちゃったから。

 だから、戦って気絶させてその隙に引っ張り出そうと思って」

  

 それはあまりにも手荒すぎる。

 彼女に対話する気はないのだろうか。


 「流石に冗談よ。

 ……本当は戦う理由、ないんだと思う。

 ただ、直接会ってみたいかな。

 私が今まで頑張ってこれたのは彼のおかげなんだから」


 「……」

 

 「一言、感謝を伝えるだけでいいのかも……」

  

 勇者であることを言うべきか。

 僕にできることはその程度しかない。

 

 でもどうやって?

 僕が君の捜している勇者です、なんて言うのか。

 ばかげている。

 もう一年も邪神討伐なんてほったらかして、その間にもたくさんの人が戦いで犠牲になっているはずだ。

 未だに過去を引きずって、亡くなった彼女の育ったこの街で罪滅ぼしをし続け、いつまでも選択を後回しにしておいて。

 そんなやつのどこが勇者だというのだろう。

 

 だが、彼女なら僕を前に進ませてくれるのではないか。



 「それで、お前―――」

 「その『お前呼び』止めてくれない?

 私の名前、言ったと思うけどね」

 突然、刃のように鋭く尖った口調で指摘される。

 お前呼びが気に食わなかったようだ。


 「悪かったよ。次からはカルデラ、もしくは君と呼ぶ」

 彼女は静かにうなづき、満足した表情でこの建物から降りる。

 

 僕も彼女に続いて窓から降りる。

 ややワイルドだが、誰も見ていないので問題ない。

 だが、子どもに見せるのは教育に悪そうだ。


 ―――

 

 「で? さっき何言おうとしたの?」


 「あーそうだったな。

 ……カルデラ、君は空を飛べるのか?」

  

 

 「何よ、急に。

 えぇ、もちろん。

 そのための翼なんだから」

 

 彼女は軽く肩をすくめ、微笑みながら言う

 

 「そっか、それはいいな……」

 月の光は既に彼女を捉えていなかったが、それでも彼女の表情は輝いているように見えた。

 僕はそんな彼女から目を伏せた。

 


 「それで……あなたは店に戻らなくていいの?」

 「あ……」

 シエラのことを忘れていた。


 「女の子を放置するなんて、良い趣味してるね。……いや私のせいなんだけど」

 あんな薄汚れた酒場にシスターを置き去りにするなんて罰が当たりそうだ。


 「明日また会いに行くわ。

 私もあなたに、相談したいことがあるの。

 この翼のこともね」

 

 そう言って彼女は夜で暗くなった街に姿を消した。

 

 僕はカルデラと別れた後、速攻シエラを迎えに行った。

 そこには酒を飲んでいないはずなのにまるで酔いつぶれたようにテーブルに寝そべる彼女、そして2匹の魚が綺麗に骨だけになって皿の上に横たわっていた。


 そうして、眠たそうな彼女をおぶって教会まで送った。


 ―――案の定、神父様に怒られていた。



 ***



 次の日の朝。

 それは良い目覚めとは程遠かった。


 「ひっ!」 

 

 ―――僕は恐怖した。


 なぜなら向かいにある宿から白マントの不審者がこちらを見ていたのだから。

 どうしてそんなところにいるんだ?


 後をつけられたのか。

 だとしたら彼女は、正真正銘の不審者となる。

 僕と目が合うと、彼女はその宿から出て、僕の家の前までやって来た。


 「コンコン」

 そしてドアを叩く。

 

 なんだか見覚えのある光景。

 それに、どいつもこいつもドアを叩くな。

 今の時代、ドアにはベルがついているのだ。

 いったい何のためにベルがついていると思っているんだ。


 「ギィ―――」

 ドアを開け、彼女を家に招く。

 だが、その前に聞くことがある。


 「どうして僕の家を知っているんだ?」

 

 僕がそう言うと彼女は訝し気な顔をして、首を傾げる。

 いやこっちが取るべきアクションだと思うが。


 「なぜって、偶然私が取った宿があなたの家の向かい側だったからよ」

 彼女のセリフには胡散臭さが漂う。

 それが本当であれば、なんと奇跡的なことだろうか。


 「おかげですぐに会えたんだからいいじゃない」

 

 彼女は僕の爆発した寝ぐせに一瞬目を向ける。

 だらしないなどと思われるのは心外だが。

 朝起きれば、誰だってこうなるだろうに。

 

 「ね、もう朝ご飯食べた?」

 

 「朝食べない派なんだよ」

 冒険者をやっていると、いちいち朝ご飯の準備をするのが面倒でこの街に来てからもあまり食べることはない。


 「今日はせっかくだし食べようよ?

 今から買いに行こう」

 なぜ、こう僕の周りには強引な女性が集まるのか。

 彼女ははりきって本気で行くつもりだ。


 僕は考えることに疲れた―――もうこうなれば好きなだけ買ってやる。


 支度を即時に済ませて家を出た。

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勇者は再び空を舞う かなひろ @hiroto410i

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