第3話 ファンか、刺客か

 「カァァァァン!」


 剣と剣のぶつかり合い。

 低い金属音が響く。

 初めの一太刀を合図に、彼女の剣技が連続して放たれる。


 斬撃一つ一つが重いうえに速い。

 それをすべて受けきり、こちらも攻撃を繰り出す。

 おびただしい無数の斬撃が飛び交う中、剣が弾かれたその瞬間に彼女の蹴りが腹に直撃する。


 「ガハッ――」

 その一蹴りで5m後方に飛ばされた。


 剣もそうだが蹴りも一撃が異様に重い。

 あの細い体から放たれるとは思えない。

 体術のみの戦いであれば、僕が先に意識を失うだろう。

 

 だが、他にも戦い方はある。


 「ふぅーっ」

 即座に息を整える。

 

 が、その間にも息を吞むほどの殺気を放ちながら彼女は高速で襲い掛かかってくる。

 「っはあぁぁぁぁ!」


 僕は迫りくる彼女の前に左手をかざし魔力を込める。

 そして魔法を唱える。

 

 『氷結』

 

 「!?」

 次の瞬間、彼女の足場から氷が発生し、その氷は彼女の足ごと氷漬けにする。

 行く手を阻まれ、身をその場に固定された彼女に近づく。

 

 「まさか魔法も組み合わせるなんて。……さすがね」

 

 実際、器用な方だとは思う。

 肉弾戦の最中に魔法を行使するのは何かと危険が伴う。

 常に動き回るため標準が定まらず、詠唱なんて唱えられないから。


 「それより、白マント。

 お前魔力を一度も使わなかったな?」

 「へぇ、分かるんだ」


 魔力の使い方には大きく分けて2種類ある。

 一つは魔法のように、体外へ放出する方法。

 そして魔力を纏うことによる肉体の保護と強化。


 彼女は後者の手段すら行っていない。

 つまり、単純な筋力のみで戦いを仕掛けてきたということだ。


 「使わないじゃなくて、使えないの。

 練習はしたんだけど、どうにも習得できなかった。


 でも代わりに―――」


 踏み込み姿勢で氷漬けになっている彼女は、左手を床に振りかざす。

 「っ!おい―――」 

 

「ドオォォォーン」

 彼女の拳で床が崩壊し、そのまま下に落下する。


 案の定、両者ともにがれきに埋もれ視界が曇る。

 そして彼女は立ち上がり、口を開いた。


 「下に人がいなくて良かった。

 ……と言いたいけど、これは偶然じゃない。

 あなたに誘導されたのね。

 この辺りの建物は崩落の危険性があるから、ずっと市民の立ち入りは禁止されていた。

 私との戦いで人が巻き込まれないように、あなたは初めの時点で私と戦闘になることを見越して行動をとっていた」


 そう言うと彼女は剣を鞘にしまう。

 僕もがれきの山から立ち上がる。

 「これで満足したか?

 とりあえず僕はお前を逃がさない。

 神殿へ来てもらう」

 

 彼女は僕の提案をすぐに突っぱねる。

 「いえ、今はその神殿に用はないの。

 私はあなたに用があって来たんだ」


 「お前に会った覚えはないが?」


 彼女の真意が分からない。

 今日の調査の犯人ではないにしても彼女の存在は怪しい。

 何せ、これほどの戦闘力を備えているんだ。

 野放しにはできない。


 「会ったことあるよ。

 私はね。

 遠くから見たことがあるってだけだけど、あなた『勇者』でしょ?」

 「っ!?」

 

 正直のところ図星であるが、僕は力づくで秘密を隠し通す。

 「……何のことだ?」

 勇者だってことが発覚して得することはない。

 悪いが彼女には黙っておきたい。


 「え?……違うの?

 この剣術と魔法を巧みに使った戦闘スタイル、そして市民の命を最優先に考え行動する姿。

 あなたは『勇者』、勇者ソルスでしょ?」


 噓は得意ではないのであまり自信はないが、このまま突き通す。


 「はぁ、僕が勇者な訳ないだろ」

 「だって―――」

 「この街は魔法都市ジェネリアだ。賢者が守る街。勇者に守られる街ではない」


 「うそ……じゃあ、あなたは賢者だっていうの?

 賢者って魔法使いの上位互換でしょ?

 肉弾戦なんかできるの?」


 「……魔法だけじゃなく、肉弾戦もできる方がいいだろう?

 努力したんだよ」

 

 これは本当のことだ。

 努力したんだから。


 「たしかに……それもそうね。

 せめて一目見たことがあれば……ええぇぇ……やっと会えたと思ったのに」

 

 案外、すぐに信じてくれたようだ。

 だが、彼女の落ち込み具合は尋常ではなかった。

 その場でうずくまり、座り込む。


 ……ひょっとして、ただの勇者のファンなのだろうか?

 愚かにもそう願ってしまう自分がいた。


 「なぁ、なんでお前はそんなに勇者に会いたいんだ?」

 せめてその理由だけでも聞きたい。


 「そうね。剣を交わした中だし、あなたには教えてあげる」



 「私、勇者を倒しに来たの」


 はい?

 …聞き違いか。

 「……今なんて?」

 少し聞きなれない言葉が流れたのでもう一度聞き直す。


 「なにがあったか知らないけど邪神がまだ潜んでるっていうのに戦線離脱した怠け者の『元勇者』を倒すの。

 そして私が勇者になる」


 そして彼女はその場で立ち上がり、白いマントを取り去ってその背中にあるものを見せる。


 「っ!?」


  ―――純白の翼が彼女の背後から現れる。


 軽く翼を羽ばたかせると真っ白の羽があたり一面に飛び交う。

 その光景はあまりも神秘的で、がれきの上にいることを忘れるほどだ。


 そして彼女は宣言する。

 「カルデラ、それが私の名前。『元勇者』を倒すためにここに来たの」


 これは困った。


 ーーーファンではなく、刺客だった…


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