第2話 告白と闘い
今、僕たちは今寂れた酒場にいる。
なぜこうなったのかというと、彼女が賑やかなこの酒場に目を輝かせていたので、試しに入るか聞いてみたからだ。
「シエラ、まだ酒飲めないだろ?」
彼女は病気を克服した後、見違えるような健康体になったものの、医者から酒は禁止されている。
「分かってないですね。
こういうところで楽しめるのはお酒だけじゃないんです。
焼き魚とかお肉とか……そういうおつまみが美味しいんです」
それは分かる。
大抵は情報収集のためだが、散々冒険中に酒場に寄った。
「ソルス様はお酒、飲まないんですか?」
「いいや、僕はいい」
僕はアイリスが死んでから今に至るまで酒を飲んでいない。
自分でもその理由は分からないのだが、どうしても飲む気になれないのだ。
「どうしてですか……?」
水を飲む手が止まる。
こういう時、何と話したら良いのかに悩む。
当然、正直に話してもこの場が重くなるだけなのだから。
「すいません。無神経過ぎましたよね」
「いや……そんなことはない。
あまり強くないだけだ」
注文していた焼き魚が二匹テーブルへやって来た。
沈黙の時間がしばしば流れた。
「少し昔話をしてもいいですか?」
沈黙の中、彼女が口を開く。
僕は軽くうなづく。
「幼い頃から私は孤児として、教会で暮らしてきました。
神父様は本当に優しい人で私の面倒を見てくれていましたが、その優しさは私だけのものではありませんでした。
当然、他にも教会で暮らす子はいたのですからね。
お母さんと一緒に歩く子どもを街で見かけるたびに辛かったものです」
僕は黙って彼女の話に耳を傾ける。
「そんなときに、私と関わってくれたのがアイリス様でした。
アイリス様は私とたくさん遊んでくれました。
時々、魔法の指導もしてくれました。
そんな生活が何年も続き、アイリス様は私にとって少し年の離れたお姉ちゃんのような存在となっていました。
でも、ソルス様がこの街にやってきたとき、彼と一緒に街を出るといって、本当に街を出ていきました。
その時のアイリス様はとても嬉しそうで、私は何も言えませんでした」
彼女のうつむいた様子から、当時の寂しさが伝わる。
自分が責められているような気分になる。
「悔しかったんです。
この街のこと、家族のこと、ずっと一緒にいた私のことはどうでも良かったのかって。
この街での数年間よりもソルス様との出会いの方が幸せだったのかなって。
だけど今は、ソルス様と出会った時のアイリス様の気持ちが分かります。
アイリス様もずっと―――」
シエラは最後まで言わず、口ごもった。
しかし、彼女の表情はいつもと違っていた。
瞳には涙が溜まり、頬は赤みを帯びている。
そして、彼女は勢い良く椅子から立ち上がり、僕に告げた―――
「私、ソルス様のことが好きです」
店内の客の視線が僕と彼女に集中しているのを肌で感じた。
彼女はジッと、その潤んだ瞳で僕を真っすぐ見つめる。
その視線はあまりにも真っすぐで、彼女の気持ちが本気であることが分かる。
だからこそ僕は、無慈悲にも彼女に自らの気持ちを伝えなければいけない。
「ごめん。僕は―――ん!?」
「待って!」
彼女は強引にも右手で僕の口を封じた。
喉から出かかっていた言葉が体内に押し戻される。
「私、返答は求めていませんから!
伝えたかったのはそのことじゃなくて……その、一人じゃないことを……ですね」
彼女はゴニョゴニョ言いながらも、未だに僕の口を手で覆っている。
「今のソルス様が決して一人ではないこと……それを伝えたかっただけです」
そう言うと、彼女は右手を引き戻し、椅子に座りなおす。
そしてその手でコップを掴んで水を飲み干す。
勢い余ったのか、口から水が少し溢れている。
「……分かった。
ありがとうな」
そういうと彼女は少し微笑み、すっかり冷めてしまった焼き魚にありつく。
彼女にそこまでさせた自分が情けなかった。
彼女のためにも、僕は変わらなければいけないと、そう思った。
「!?」
―――突然、僕は何かを感じた。
視線なのか、あるいは殺気か。
「静かに」
「ソルス様?」
ただ、間違いないのはこの店の中の誰かが僕に対してそれらを発したこと。
酒場にいる人間の言動に注意を向ける。
―――白いマントを身にまとう人物が今ちょうど店から出ていった。
僕は奴を確認して椅子から立ち上がる。
奴が怪しいという根拠は無いが、僕の直感がそう結論付けた。
「シエラ。ここで待っているんだ。いいな?」
「ソルス様!?」
店を飛び出し、奴を追う。
僕の存在を確認すると白マントは走って逃げる。
勘は当たっていたようで、どうやら正体を暴かれると都合が悪いようだ。
ただの手練れか、それとも今回の事件に関わる人間か。
「待て!」
するとその白マントは地面を強く蹴り、次の瞬間―――見失った。
いや、上だ。
奴は3回の高さに及ぶ建造物の屋上までその人蹴りで飛び移ったのだ。
僕は足に力を込め、瞬時に踏み抜く。
白マントと同じく三階に相当する高さまで跳躍し、奴の目の前に立ちふさがる。
「うそ?」
僕の動きを見て白マントは啞然としている。
奴にできて僕にできない道理はない。
赤髪のポニーテールとショートパンツ。
そして腰に差す一本の剣。
白マントは女だった。
暗くて顔はあまり見えないが歳は20あたり。
僕と同じくらいだろうか。
全体的に身軽そうな装備をしている。
そして何より先程の跳躍力。
魔法使いには見えないので賢者殺しの犯人ではなさそうだ。だが―――
「どうして追いかけるの?
あんなに本気で逃げたのに」
「なぜ逃げるんだ?」
「それは……困るからよ」
「……どうして?
僕は別にお前と戦う理由はないんだ」
無駄に傷つけ合う必要はない。
お互い人間なんだ。
魔物との戦いとは訳が違う。
「噓だね」
何を根拠にそう言うのだろう。
「うそじゃ―――」
「だって、戦いたいって、そう顔に書いてあるじゃない?」
「なっ!?」
そう言うと彼女は剣を抜き、低い姿勢で構える。
―――次の瞬間、視界から彼女が消える。
「カンッ!」
咄嗟に剣を引き抜き、彼女の剣を受け止める。
そうして突然、戦いの火蓋が切られた。
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