第1話 勇者ソルス


 過去に渡り何人もの賢者を輩出した街ジェネリア。

 海に面しているため貿易が盛んに行われ、一年を通じて活気のある名所となっている。

 

 だが、それ以上にジェネリアには誇れるものがある。

 それは魔法の研究で優れた成果を挙げていることだ。

 実際、ジェネリア出身の賢者の働きは凄まじいもので、魔王軍の戦力を相当なまでに削った。

 

 彼らのおかげでこの街は魔法都市として世界から認められ、各国から若い魔法使いがその技術を習得しに学びに来る。

 

 魔王討伐後に表舞台に姿を現した邪神の潜む現代においても、彼らの果たす役割は重要なものとなっている。


 

 ―――しかし、この街で問題が一つ生じていた。


 

 ジェネリアの中心部には、この街の中枢を担う神殿なるものがある。

 僕はとある調査を終え、その報告をしに神殿へ向かっていた。

 

 「ソルス様!」

 

 その神殿の門番が僕の帰還を確認すると、すぐさま駆け付ける。

 

 「調査、ご苦労様です。ただいま神殿内では会議が行われており、迎えの者がいらっしゃらないようで……」

 

 「私がいる。問題ない」

 そう言うのは今回の調査で同行してくれた賢者テール。

 背がすらっと高い好青年といったところだ。

 

 「では、ソルス様。私についてきてください」

 彼とともに神殿内に入る―――すると、


 「勇者殿っ!」

 玄関付近にある階段を下ってその男は駆け寄る。

 額には数滴の汗が垂れていることがわかった。


 「…先ほど話を聞きました。

 何も知らず申し訳ない。まさか調査に向かっておられたとは」

 

 「パルテスさん、その『勇者』って呼び方はやめてくれって前から言ってるじゃないですか」

 僕は少し微笑みながらそう言った。

 

 「僕が勝手に仕事を引き受けたのです。それに、テールも来てくれましたから問題ありません」

 

 僕がそう言うとパルテスは彼を睨みつける。どうして止めなかったんだって顔をしている。

 

 「いや…その、今回の件、私どもはアレル様に任せるつもりなどありませんでしたが、最後まで隠し通せず勘付かれてしまって」

 

 パルテスはテールから視線を逸らすと浅い溜息をこぼす。

 

 「…そうですか、さすがソルス殿ですね。しかしこれは我々の問題です。

 まさか……ソルス殿。

 まだあのことを気にかけているのですか?」 

 

 彼の言うあの事とは、賢者アイリスが死んだことだ。

 「いや、そんなことは……」

 「ソルス殿、もうよいのです。誰もあなたを恨んでなどいません。

 むしろ、誰にあなたを責める権利がありましょうか。

 罪滅ぼしのために我々に力を貸してくれているというのであれば――」


 僕は彼から目を逸らす。

 彼女のことを思い出すと胸が苦しくなる。

 「……」

 

 僕が何も言わなかったので少し間が空く。

 その間にパルテスは冷静さを取り戻す。

 

 「…申し訳ありません。少し気が急いでいたようです。

 我々の代わりに調査に向かっていただきありがとうございました。

 詳しい話は休憩の後、会議の場でお聞きします」

 

 僕は再び彼に視線をむけ、こくっと軽くうなづく。

「ええ、後ほど」


 パルテスは僕以上にアイリスと過ごしていた。それもそのはず。血は繋がっていないが、パルテスは彼女の兄なのだから。幼少期から彼女をそばで見ていたのだ。

 その場を後にし、テールと客間へ向かう。


 

 「勇者様。食事の準備をしますが、何かご希望はございますか?」

 先に口を開いたのはテール。


 「簡単なもので構わないですよ。パンありますか?」

 「ええ、それではパンとシチューを用意するよう伝えておきます」 

 

 彼も賢者の一人なのだが、神殿に来た時はいつもお世話になっている。

 面倒見がいいのか、客として僕をもてなしてくれているのか。

 彼には執事、あるいは飲食店での接客業が向いてそうだと僕は勝手に思っている。

 

 「勇者様。今回の調査で分かったのですが、やはりこの街、あるいは神殿内に反逆者がいる可能性が高いと思われます」

 声色が変わり、深刻な雰囲気が漂う。


 先日、賢者の一人が何者かに殺された。

 現場は近くの洞窟。

 そこに潜む魔物はたいした強さではない。

 

 それなのにも関わらず、洞窟の状況把握に向かったその賢者は街へ帰ってこなかった。そして彼の捜索に向かうと、背後から魔法による攻撃で腹を貫かれていた彼を発見した。

 つまり魔法使いか何かに嵌められた可能性が高いと考えられる。

 

 「現場に残った魔力の残滓を解析したんですよね。

 その結果から判断しても犯人は魔物ではなく人間だということですか?」


 「はい。私の解析結果ではその可能性が高いかと」

 

 テール、彼が賢者に成り得たのはその高い解析能力である。

 優れた解析能力は、魔法の発動原理や謎を解明し、様々な場面で応用するのに重要な能力のため、十分に重宝さる人材なのだ。


 「申し訳ありません。このような事態が生じるなど……」

 

 「むしろ、僕がここにいて良かったです。こうして協力できるんですから」

 

 「えぇ、本当に心強い。

 何せあの魔王を撃破した勇者様がついているのですから」

 

 そう言われれば少しむず痒いが、聞き飽きた言葉でもある。

 「……今となっては過去の栄光ですよ。」

 

 

 ***



 会議が終わったころには夜だった。

 僕は寄り道することなく家へ帰った。

 

 といってもあくまで借りている家であって僕のものではない。

 あげるとも言われたが、ここにずっと住む気もないので断った。

 心のどこかでまた冒険に出たいと思っているからかもしれないが。


 僕の住まいは神殿の近くに位置する二階建て。

 豪勢でもなければ貧相でもないが、ベランダから海の先を見渡せる。

 景色を堪能するには最高の物件だ。

 

 家へ帰ると倒れこむようにベッドに横になり、深いため息をつく。

 瞼を閉じれば、つい昨日のことのように旅していた頃、そして彼女のことを思い出す。

 

 僕はこの一人の時間が最も生きていると感じられる。

 苦しみが胸を締め付けるこの瞬間、生きていることを実感できるのだ。

 命の危機に瀕し、死を予感するときに生を感じる人たちと同じなのかもしれない。

 


 「コンコン」

 家のドアを叩く音が聞こえる。


 「ごめんください」

 今は一人にしてほしい。

 僕は放っておこうとした

 

 ―――すると、

 

 「勇者様ー!開けてくださいー!」

 僕はすぐさまベッドから起き上がり玄関へ向かう。

 

 「勇し―――ひっ!」

 ひとまず、ドアの前で騒ぐそいつを即座に家に引き入れる。

 「バタン!」

 ドアが勢い良く閉まる。


 「神殿の関係者以外には隠しているんだが?

 それを君はわかってるはずだが?」

  

 勇者であることが街の人間に知られては今後動きづらくなる。

 それに、今は勇者ではない。

 世界を救うために戦う覚悟も勇気もない今の僕は勇者とは呼べない。

 

 「だって、ソルス様。家にいるのに出ないから。

 また一人で病んでいたんでしょう?」

 「む……」

 

 「やっぱり!だから心配だったんです!

 ……でも流石にこのやり方は乱暴だったと思います。

 すみませんでした」


 彼女はシエラ。ジェネリアの教会で務めるシスターだ。

 昔、旅の途中でこの街を寄ったときに、病気に寝込んでいた彼女を助けた。

 魔王討伐後、この街に戻ってきてすぐに正体が露呈し、今に至る。


 「というか、シスターが夜勝手に街を出歩いていいのか?」

 僕は怪訝な顔をする。

 

 「いいんです。少しだけなら」

 まぁ間違いなく噓だろう。

 よく知らないが、彼らの生活は厳格なルールの下で成り立っているはずだ。

 それに、彼女がここへやってくるのは今日が初めてではない。


 「……前もそうやって来たけど、追い出されたりしないのか?」

 「神父様にバレても、勇者様を慰めていたと言えば怒らないですって」

 たしかにこの街の司祭は優しかった―――いや、問題はそこではない。


 「神父様に僕のこと言ってないだろうな?」

 一応釘を刺しておくが、


 「何言ってるんですか。ソルス様が久しぶりにこの街に来て教会に寄った時点で神父様は気づいておられましたよ」


 何せ昔、面と向かって話したんだ。普通気づかれるか。


 「それで、あの……いつまで手を掴んでるんですか?」

 家に入れてから彼女の手首を握ったままだった。

 咄嗟にその手を離す。

 

 「あ、悪かった。……脈図ってた」

 僕の冗談を聞いたシエラは啞然としていた。

 つまらないことを言った自覚はある。


 「ソルス様ってそういうこと言うんですね。

 真面目なことしか言わないと思っていました。

 で、どうでしたか?」


 「おかげでいくつか噓ついてることは分かった」

 「それ、本当に脈のおかげですか?」

 「……あぁ」

 クスクス笑っているシエラを見て、少し心のよどみが晴れる。

 

 「少しお茶でも飲むか?変なお菓子見つけて買ってきた」

 心配して来てくれたのでこのまま帰すのは申し訳ないと思ったのだが、

 「えぇーなんか怖いですよ、そんなお菓子。

 いいえ、今日は帰ります」

 

 「……そうか。夜だし、教会まで送ってやる」

 僕は彼女にそう言ったのだが―――

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