勇者は再び空を舞う

かなひろ

プロローグ


 僕はずっと、空を飛んでみたいと思っていた。

 それは僕だけでなく多くの人に共通する夢だと思うが、何せ人には翼がないので鳥のようには空を舞えない。


 ―――だから、その願いが叶った時は最高の気分だった。


 あれは僕たちが神々に仕えるという大きな鳥に乗り、空に浮かぶ魔王城に乗り込もうとしている時。

 今思えば僕たちが乗ったのは鳥だったのか、それともドラゴンだったのか、記憶は曖昧である。というのも、そんなことがどうでもよくなるほどに、あの瞬間がただ心地よかったから。


 僕はその大きな鳥の背中に立ち、腕を横に大きく広げ、目を閉じ、そして全身で風を感じ取った。


 「あぁ、僕はこの瞬間のためにここまで来たんだ」なんて思った。

 

 上空で受ける日の光は、地上のどこよりも熱く感じ、肌を強く照りつけた。

 そのあまりに強い光は、目を閉じても瞼を貫通し眼球に届いた。

 まだ魔王を倒していないのにも関わらず、夢が叶ったという達成感で僕の心は満たされていた。


 ―――

 

 その後、魔王を倒した僕たちは各国に立ち寄り討伐の報告をした。そして世界からその功績を称賛された。それぞれの街では祭りが開かれ、僕たちはひたすらご馳走にありつき、そして踊った。

 

 本当に良い仲間に恵まれたと思う。

 聖騎士ガンドゥーラ、槍術使いドルメア、そして賢者アイリス。4人それぞれが「個」として強いからこそ、僕たちは魔王討伐という偉業を成し遂げることができた。



 僕はずっとアイリスが好きだった。

 魔王を倒した後は彼女とともに暮らした。

 空を飛んだ記憶が霞むほどに、半年に及ぶ彼女との暮らしは楽しかった。

 

 そう、半年で終わったのだ。

 

 ―――戦いはまだ終わっていなかった。

 魔物の高い発生率と凶暴化はとどまることなく、人類は魔王に代わる存在、つまり真の敵がどこかにいると、そう結論付け、その真の敵を「邪神」と呼ぶことにした。


 僕たち勇者一行は再び集結し、最後の冒険に出た。

 そして、その旅の途中で賢者アイリスは死んだ。

 

 いくらこの手に握る剣で敵を葬り去ることができても、

 いくら魔法で敵を焼き尽くそうとも、

 この手で魔王を倒し、人々を守った功績があろうとも、

 勇者はたった一人の愛する人を救えなかったのだ。


 彼女の死後、パーティーを解散した。

 僕は罪を償うように、今も戦いに身を投じている。

 世界のためではなく、賢者アイリスがこの先果たしたであろう責務を、代わりに果たすために。


 ――― 

 

 そうして、彼女の死から一年が経った。

 僕は未だに彼女の死から立ち直れていない。

 一人になる度に、冒険していた頃を思い出し過去に戻りたくなる。

 だからだろうか。どうしてもあの感覚をもう一度味わいたいと思ってしまう。再びあの感覚を味わえば、みんなと冒険していた頃に戻れるような気がしてならないのだ。


 あの解放感と達成感を。

 照りつける日の光と、体を通り抜けていく風を。


 ―――僕はもう一度、空を舞いたい―――

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