ダンジョン・ナビゲーションはオススメしない

ちびまるフォイ

ダンジョンナビは仕事第一

「ダンジョンの難しさって、ボスの強さじゃないよな」


「わかる」


「道中のザコに削られて、

 ボロボロの状態でボスに挑むもん」


「万全の状態でボスに挑めたなら、

 きっと楽なんだろうな」


「……で、そのことなんだけど。

 どうやらあるらしいんだよ」


「なにが?」


「ダンジョンナビゲート。

 ボスまでのルートを確保してくれるひと」


「そんな都合いいやついるか?

 冒険者なんて誰もが野心的だろうに。

 ボスを目の前にして引き下がるか?」


「うーーん……まあ、そう言われると……」


「都市伝説に決まってるって」


「そうかなぁ」


そのときはあくまでも気にしていない風を装った。

もちろんそれが本当に存在することを知ったうえで。


ダンジョンナビを使って攻略したとなれば、

まるでズルをしたような"そしり"を受ける可能性がある。


それだけは避けるべき。

自分の栄光には汚れも傷もつけたくない。


「というわけだ。あんたが噂のダンジョンナビなら、仕事受けてくれるか?」


「この先のドラゴン洞窟ですね。

 つつしんでお受けいたします、はい」


「金は渡しているんだ。ちゃんと仕事もしてもらうぞ。

 途中でへばったとしても俺は一歩も動かないからな」


「もちろんでございます、はい」


「それと、ダンジョンへ行く前に一つだけ聞いておく」


どうしても約束してほしいことがひとつだけあった。


「このダンジョンを攻略しても、

 その手柄はすべて俺のもので間違いないんだな?」


「はい、そのように。はい」


「お前が嫉妬や妬みで、実は自分がナビをしたとか。

 ボスは実は自分が倒したとか吹聴しないな?」


「そんなこといたしません、はい。

 私はこの仕事第一ですから」


「それを聞いて安心したよ。ちゃんと仕事をしてくれよ」


「ご安心ください、はい」


「ようし、それじゃあダンジョンへいくぞ」


ナビと冒険者ひとりの2人でダンジョンに挑戦するケースは初めてだった。


通常なら4人ないし5人などの複数人でチームを組み、

ダンジョンの奥へと進んでいくのが普通。


それだとボスを倒したとしても手柄は等分。


ケーキのように切り分けられた栄光は、

自分の手元に届いたときにはうすっぺらで

野心の腹を満たすほどの量はない。


けれど今回は異なる。

ナビの存在は隠され、すべて自分の栄光となる。


まさに勇者そのものじゃないか。


「私の後ろにいてくださいね、はい」


「わかってる」


ダンジョンナビの戦闘力は想像以上だった。


的確に敵の急所を潰して倒していく。

そのうえルートにも迷いがない。


最短かつ安全な道を確保し、時には橋をかけたりしてフォローしてくれる。


その手さばきと段取りの良さはまるで有能な秘書やコンシェルジュのよう。


「あんた……すごいな。もしかして俺より強いんじゃないか」


「そうかもしれません、はい」


「それだけ強いなら、自分でダンジョンも攻略できるだろう?」


「どうでしょうね、はい。

 私はこの仕事がすべてですから。

 この仕事を守るためになんでもやっています」


「忠義なこった」


何日も何日もかけて深層へと向かっていくダンジョン攻略。

ダンジョンナビを入れたとたんに、そのイメージは変わった。


いまやダンジョン観光。

ピクニックといっても差し支えないほど、

最深部までの道のりは楽なものだった。


「到着いたしました、最深部。ボスの間でございます、はい」


「すげぇ。まさか1日で来られるなんて」


「私の仕事は回転率が第一ですから、はい」


「それも今日までさ。俺が攻略するんだからな」


「信じでおります、はい」


ここでやっとナビより前に進み出る。

ボスの間にある大扉を両手で押し開けると、

広間に待っていたのは牛の顔をした大きな魔物。


「こいつは強そうだ……!

 だが、今回は体力も減ってないし

 武器も防具も魔力も万全だ。やってやるぜ!!」


ダンジョン攻略をかける最後の戦いが始まる。


万全の状態なら負けるはずがない。

そう思っていたが、それは相手も同じだということを忘れていた。


「ぐっ!! くそ! なんだよこいつ!!」


「ブモォォーーッ!!」


骨にまで響く重い一撃が何度も繰り返される。

かわせたら御の字で、防御しても衝撃が身体に入る。


「はぁっ……はぁっ……これ……まずいぞ……」


仲間がいたなら注意を引き付けることも、

いったん退いて隙を狙って攻撃することもできる。


でも今はよりよってタイマン対決。


逃げる場所も息継ぎする場所もありはしない。

純粋な力比べになっている。


いくらここまでの道中が万全だったとしても、

数々の冒険者をしりぞけた魔物とタイマンはしんどすぎる。


「ぐあ!!」


ついに魔物にふっとばされ、入口の壁に背中を強打。

ゆすられた頭で視界がクラクラする。


もう恥もしのんでいられない。わらにもすがる思いで叫んだ。


「おいナビ!! お前強いんだろ! 手伝え!!」


「おや、それはできません、はい」


「金なら追加で出す!! このボスを倒せって言ってんだ!」


「私はあくまでも途中までのナビが仕事です、はい」


「言ってる場合か! いいから手を……うわっ!?」


振り返ったときにはすでに魔物の攻撃が始まっていた。

振り下ろされた両腕は自分とナビをもれなくぺしゃんこにする。


はずだった。

すんでのところでナビにより受け止められる。


あれだけ必死に受け止めていた自分に対し、

ナビの顔には汗も焦りも感じられない。


「あんた、やっぱり俺より全然強いんじゃ……」


ナビが攻撃を払うと、今度は魔物がふっとばされ壁に叩きつけられる。

その一撃は万全の自分が放ったどんな攻撃よりもダメージを受けていた。


崩れた壁のガレキに埋もれながら、魔物は意識を失った。

まさに千載一遇のチャンス。


ここを逃す手はない。


「ここで仕留める! うおぉーー!!」


隙だらけの魔物に切りかかったとき。

その生命を絶つ刃がまったく動かない。


「おい、離せ! ナビ! なんで邪魔する!」


「……」


「そこにボスが倒れてる! もうすぐで攻略できるんだ!

 攻略して俺は誰よりも優れた冒険者だと言わせるんだ!」


「……」


「なんとか言え! なにが不満なんだよ!!」



「私の仕事は回転率が第一でございます、はい」



「はぁ?」


「そして、私はこの仕事を守るためなら

 なんでもするとお話ししたはずです、はい」


「今この状況となんの関係があるんだよ!」


「……いえ、なんにもございません。

 すべて無駄なことでございます、はい」


今はじめてナビの顔をちゃんと見た気がする。


その顔はどんな魔物よりも冷徹で、

まるで生き物の息吹を感じられない顔立ちだった。


その暗い瞳を見たとき、察しの悪い自分でもわかってしまった。



どうしてナビが道中まるで迷わなかったのか。


どうしてナビがこんなにも強いのか。


どうしてこのダンジョンが難攻不落なのか。


そして、仕事第一の意味を。



「最初から攻略させるつもりなんて、なかったんじゃないか……?」


尋ねたところでその表情はぴくりとも動かない。

せいぜい返ってきたのは絶望のお釣りくらいだった。



「ボスを倒してしまいそうなときは、こうしているだけです、はい」



間もなく、ダンジョンでまたひとり。

冒険者が"魔物"の前に命を散らした。

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