ねこかぶる

@nyanko-pop

ねこかぶる

 ねこをかぶって生きてきた。

そのせいで、私はねこになっていた。



 「おはよう。さやか、前髪切った?」最上級の明るい声でバスから降りてきた親友とあいさつを交わして一緒に校門をくぐる。今日もまた霧沢あかり16歳の一日が始まる。「あかりは明日のお祭りどうするの。」燦々と降り注ぐ朝日に負けない笑顔で聞いてくる。


 昨日の昼までは何であれ、さやかたちクラスの友とワイワイお祭りを楽しむ予定であった。ところが、いつも通り帰ろうと教室を出た瞬間誰かに呼び止められた。振り向くと目が合った。「南雲くん?」そこには隣の席の南雲くんがいた。「一緒に帰ってもいいかな。」少しだけ戸惑ったけれど、ばれないように微笑んでうなずいた。南雲くんはいい人だ。入学してすぐに話しかけてくれたし、授業中もいつも助けてくれるようないい人。「あのさ、もしよかったら僕と花火見に行かない?」待ってくれ。そう来るとは正直思ってもいなかった。きっと私の目は今、点なんだろうな、そんなことしか頭に浮かばなかった。何も言えないまま分かれ道についてしまった。昨日はそのまま「また明日。」とだけ言って別れてしまったのだ。

 それから私は悩んでいる。夜も眠れないほどに。隣を歩くさやかを見てまた悩む。こんなに悩んでいるというのに、どうしてこの子はとびきり嬉しそうなのだろうか。昨日思い切って電話で相談してみたのに、全然助けにならなかった。やっぱり友だちなんて理解不能だ。頑張ったって分かりあえないのだろうか。


 実は私は見事な高校生デビューを遂げたつもりである。出身中学校からは一人でこの高校を受験した。中学までの私は気がつけば一人ぼっちで、共感して笑いあえる友だちなんていなかった。思い出したくないこともあるくらいつまらない日々だった。高校に入ったら新しくやり直そう、そう決心して私は入学した。私には意識的にいくつか変えたことがある。一つ目は人との接し方。明るく優しい女の子を心がけて、自分から積極的に話しかけにいくことに専念した。これは内気な性格を変えたかったから。はじめはしんどくて疲れていたけれど、今ではこの仮面が無いとやっていけない気がするのである。二つ目は見た目。長く伸ばしていた髪をばっさり切って、前髪命の女子になると決めた。香りまで意識して、シャンプーも変えた。頭の先から爪先まで家を出る前のビジュアルチェックは欠かせなくなっている。こうして私は毎日完璧な霧沢あかりを作り上げているのだ。


 そうこうしているうちに、教室まで来てしまった。良かった、まだ南雲くんは来ていないみたいだ。「おはよう。浴衣何色にした?」席に着くなり私の机にりりか率いるいつメンがいつも通りやってきた。私はこの子たちとお祭りに行って、屋台をまわって、花火が見られればそれで良いはずなのに。悩むことでもないのに、決めかねている自分自身に嫌気がさしてきた。「私は青のひまわり柄買ってもらったよ。かわいいでしょ。」りりかが自慢げにスマホを見せてきた。「あかりは?」「どんなのどんなの?」こうするしかないよね。「明日まで内緒だよ。」上手く笑えているだろうか。まさに上の空な心地がする。早く、お願い。願っているとちょうどチャイムが鳴ってくれた。あれ、南雲くんがいない。点呼が終わった後、教室後ろのドアが開いた。「おはようございます。」先生に挨拶してから、少し息が上がったまま私の隣の席に座った。それから何もなかったかのように授業を受け、会話を交わし、放課後を迎えた。私は掃除当番で階段をほうきで掃いていた。「明日、どうかな?」南雲くんが現れた。「ちょっとなら。」待ってよ、自分は今なんと言った。頭が真っ白になっている私を知らない南雲くんは、ほっとしたような顔を見せながら、「ありがとう。またね。」とだけ言って帰ってしまった。家に帰ってからも、あの瞬間がフラッシュバックされるばかりだった。


 スマホのアラームが鳴り響いて私は飛び起きた。寝落ちした間にお祭りの日になってしまっていた。窓の外の青空をギラギラの太陽と入道雲が埋め尽くしている。慌ててクローゼットから浴衣を引っ張り出す。友だちとの約束の時間まであと一時間。慣れない浴衣に苦戦しても、何とか支度は完了した。憧れていたキラキラの夏祭りへ。サンダルを引っ掛けて溶けてしまいそうな暑さの道を歩き始めた。会場の公園に着くと、さやかが手を振っているのを見つけた。駆け寄って話そうとしたけれど、みんないつもと何かが違う。私、何かしてしまった?思い当たることが出てこない。「あかりは今日、うちらと花火見ないんでしょ?だったら、もういいよ。」りりかの言葉が私の胸をチクっと刺した。こんなこと言われるの久しぶりかも。「え…どうして。楽しみにしてたんだよ。みんなとお祭りに来るの。」必死に言い返そうとしたけれど、「まあまあ、楽しんできなよ。」とさやかになだめられてしまった。本当にさやかはどういうつもりなのだろう。それ以上、言葉にすることもできず、一人で家に向かって歩くしかなかった。

 ぽつ、ぽつ、ぽつ。雨が降ってきてしまった。泣きたくないのに涙が溢れてしまう。あっという間に雨はアスファルトを真っ黒に湿らせた。雨に濡れながら走り続けた。涙も雨に流してしまいたい。一心不乱に走り続けた。もうお祭りなんてどうでもいいよ。ほんとにほんとにどうでもいい。全て投げ出してこのまま走り続けていたほうがマシな気がした。走って、走って、町が見渡せる丘の上までたどり着いた。水たまりを覗くとそこには真っ白な毛のねこが写っていた。自分の置かれている状況に納得したわけではないが、自然と混乱はしなかった。明るく振る舞うようにしていたけれど、どこかにすましてる自分がいて、それも全部全部が許せなくって、私はねこをかぶっていたんだ。

 雨は止んだ。日も落ちてきた。でも私はねこの姿のままだ。あと少しで花火、始まるのかな。だけど、この姿では誰にも会えない。ひゅー、ドン、ドンッ。花火が上がり始めたみたいだ。気づくと私は颯爽と走り出していた。花火の音がだんだん大きくなっていく。サンダルの音が、肌に触れる浴衣の布が、気づかないうちにもとの姿に戻っていることを気づかせてくれた。たくさんいる人波の中を必死に探した。そこでは、さやか、りりか、友だちみんな、そして南雲くんも、みんなが花火を見上げていた。私も花火を見上げる。


 夏のある日の夢のような出来事。

これからもねこをかぶって生きていく。

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