後編

「ふぅぅ」


 ガチャン。


 すっかり疲れ切って帰宅し、自転車を納屋に停めると、母屋の玄関口から誰かが出てきた。

 年配の女性がそのままペコペコとお辞儀をしながら帰って行く。


 来客があったらしい。


 寺への参拝者は多いが、うちまで来るのは大抵檀家さんだ。


「ただいまぁ」


「おかえりなさい。どこに行ってたの?」

「ちょっと海まで」


「海?!」


 母さんが驚いたように目をみはる。


 そうだろう、そうだろう。

 うちから海へは直線にするとそう遠くないものの、途中に鬼のような山があり、そのアップダウンたるや……。

 全身が汗でびっしょり濡れそぼるくらいだ。

 夏に行く場所じゃない。海なのに。


(いや、ま、車で行きゃすぐなんだけど)


 まだ免許も車もないんだよなぁ。卒業前にはぜひ取りたい。


「はぁ、アンタもモノ好きねぇ」


 呆れられたが普通にスルー。

 俺だって好きで行ったわけじゃない。真の目的地はコンビニだった。


「さっき、お客さん?」


 客でしかないのは分かってるけど、母さんが菓子折り持ってるので敢えて尋ねる。


 運動のあとのお腹は、夕食前という時間帯も重なって、絶賛ウェルカム状態。

 菓子のひと箱やふた箱。きっと余裕だけど、まあおそなえすんのが先かな。



「そうそう。ご祈祷と自転車のお祓いを頼まれていた西銘にしなさん。お嬢さんが交通事故で意識不明だったの。でも目覚めたって。涙ながらにおばあ様がお礼にいらしてくれたのよ。……そんなの良いのに」


「えっ、お祓い?」


「納屋に自転車があったでしょう? お祓い済みだから、いつでもお返し出来るんだけど」


「~~~~!!」


「今日は急ぎお礼にって、慌ただしいはずなのにお越しくださったの」


 そのお祓い、効いてなかったことない?

 しっかり幽霊乗ったままで……。あっ!!


「お嬢さんて、もしかして女子高生とか?」


「そうよ。自転車での通学途中で車にはねられてしまって。ゴミ袋の山がクッションになって大きな怪我はなかったけど、目覚めないまま入院されてたの」


「──大変じゃん……!」


「でね? 自転車は譲り受けたものだったらしいから、それが原因だったのではと危ぶまれて、預かってたわけ」


 いやいやいやいや。

 車とぶつかって、自転車もよく廃車にならなかったもんだ──、えっ??


「意識不明だった女子高生が、目覚めた?」


「ええ。良かったわぁ」


 つまり。

 あの霊は、命を落とした幽霊ではなく。




 後日俺は、退院したという西銘さん一家が寺に来たことから、後部座席の幽霊の名前を知った。


 その幽霊女子が数年先に、俺と苗字を共有することになるなんて。あの日星を見た時は、思いもしなかったなぁ──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海行き、おひとりさまですか? みこと。 @miraca

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説