海行き、おひとりさまですか?

みこと。

前編

 トンネルを抜けると、炸裂した白い光が視界を覆った。


まっぶし……!)


 慣れた目に映ったのは、どこまでも続く大空と、青く広がる海――。


(やっと着いたぁぁぁぁ)


 坂道をふりかえる。

 なんて極悪な山道だったんだ。勾配こうばい何度だ?


 "おつかれ──"


 能天気な声が、耳ではなく脳に響く。


(くっ)


 恨みがましい視線でもって、自転車の後部を見る。

 誰も乗ってはないけど。

 いや、正確にはえないんだけど。


 だって今の声、相手は幽霊。


 実家である寺に持ち込まれた自転車。

 もしかしたらいわくありかなぁ、と思ったんだけど、まさかオプションとして、こんなにバッチリ幽霊付きだとは思いもしなかった。

 ちょっとそこまで足に借りようと、そう考えたのが間違いで。とんだ遠出になってしまった。


 自称・女子高生。

 俺には視えないから容姿不明。声も肉声じゃない。確定要素ゼロ。

 だが、信じよう。

 必死こいたのぼり坂、後部座席は可愛い女子を希望したい。


「ほら、海だぞ。見れたぞ。これでもう思い残すこと、ないよな?」


 "えっ? ウソでしょ? 海といえば浜辺でしょ? こんな遠くから見ただけで納得出来るわけないじゃない!!"


 苦情が飛んだ。


(あそこまで行けってか)


 遥か眼下に見えるのは、かなり遠くの海岸線。

 くっそぉぉぉぉぉ、海を見たら成仏するってハナシだったのに──っっ。


 とんでもない坂だった。息が切れて、何度「死ぬ」と思ったことか。

 もし彼女なりのとり殺し方だったとしたら、新しい。


 "ほら、あとひと頑張り。ファイトォォォ"

「気楽に言うな──ッッ」


 大声でツッコんで、俺は再びサドルにまたがる。

 山道が無人で良かったよ。




 その後。汗だくで浜にたどり着いたものの、カップルドリンクを飲みたいだの、貝を拾いたいだの、海際の追いかけっこがしたいだの。

 幽霊女子はワガママ放題。

 それをこなす俺、見た目はひとり。

 ううっ、どんな罰ゲームだ。


 顔が真っ赤になってるのは、夕陽に染まったからじゃない。

 激しい鼓動も、トキメキではない。


 ただただ過度の運動と、恥ずかし成分。


「おい、いい加減、もういいだろ」


 幽霊がいるだろう方向を見ると。


 "ん……。楽しかった。ありがとう"


「!!」


 一瞬だけ見えた。

 はにかむ笑顔の女の子。


 そして、それきり声は聞こえなくなった。


 天に、のぼった?


(……良いとこ行けよ──)


 ホントに、女子高生だった……。制服着た……。


 …………。




 俺も、帰んなきゃな。


 ひとりきりの帰りみち

 自転車はのぼりもくだりも軽すぎるくらいで。すごく、静か。

 藍色の空にまたたくひとつ星が、なんだか彼女っぽかった。

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