第18話 謎の涙

「はーい! いま行きまーす!」


 玄関まで聞こえるように大声で返事をした。


 でも、いったい誰だろう。

 これで誰もいなかったらマジでホラーなんだけど……。


 ——ピーンポーン。ピーンポーン。


「しつこいなぁ」


 玄関の前まで来ると、ドアのすりガラスからうっすらと影が見えた。


「……こわっ!」


 ——ピーンポーン。ピーンポーン。


 怖いけど、出るしかないか。


 ——ガチャ。


「遅い! 何回鳴らしたと思っとる!」

「えっ、魔王様!?」


 しつこくインターホンを鳴らしていたのは、これまで空で見ていた魔王様だった。今は上半身だけじゃなくて下半身もちゃんとある。


「なんでここにいるんですか?」

「ゲームを終わらせに来たのだ」

「えっ、それってもしかして、元の世界に帰れるってこと?」

「そうだ」

「……よっしゃあぁぁぁ!」


 お腹の中から出したことがないくらい大きな声が出た。それくらいうれしかった。


「ずっと見ておったが……サクヤ、貴様はすごいな」

「えっ?」

「オトシモノたちが力を失いただのモノと化しても、貴様はちゃんと名前で呼んでいた」

「……そうだっけ?」

「あれ、もしかして無意識? なんだよ褒めてそんしたわぁ」

「別に損じゃないでしょ」

「どう考えても損でしょ! わしの感動を返してくれる?」

「勝手に感動したほうが悪いんだろ!」

「うっさいわボケェ!」


 また出たよ関西弁……。


「もう損でいいですよ。それより、どうやったら帰れるんですか?」

「ふぅ……鍵を持っておるだろ」

「あっ、はい」

「外に出たまえ」

「えっ?」

「いいから」

「はい……」

「わしがこのドアを閉めて鍵をかける。そしたらサクヤ。その鍵でまたドアを開けるのだ」

「それでどうなるんですか?」

「一瞬だ。一瞬で元の世界に戻れる。本来の自分の家にな」


 そっか。これでもう終わりなんだ。この世界とも……みんなとももうお別れなんだ……。


「ではさっさと帰れ」

「ち、ちょっと待って!」

「待たん!」

「えっ!?」

「最後に仲間たちにお礼を。そう言いたいのだろう?」

「はい!」

「それはできん」

「どうしてですか?」

「その鍵を持って始まりの場所、つまりこの家を出た貴様は、再びここに入れば二度と元の世界には戻れない」

「そ、そんな……それじゃあんまりですよ!」

「まぁよいではないか。あやつらはもうただのモノになっている。それに、この世界もただのゲームだ」

「よくないですよ!」


 みんなにお別れできずに帰るなんて、そんなの絶対に嫌だ!


「はっはっは! 成長したようだな。だが、現実はそこまで甘くない」

「ここ現実じゃないですよ」

「うん、知ってるよ。例えじゃん。分かるでしょ」

「……」

「これは仕方のないことなのだ。元の世界に戻れば、自分の思いどおりにならないことなぞいっぱいある」

「……そうだ! 最後の助け! まだ最後の一回が残ってますよね?」

「ああ。だがもう使えん。ゲームクリアだからな」

「ケチ!」

「サクヤよ」

「……」

「最後のわしの力だが……」

「使えるの?」

「貴様がここで過ごした時間を元に戻すことに使う」

「あっ……」


 そうだ。完全に忘れてた。


「ちなみに、どれくらいの時間が経ってるんですか?」

「そこまで長くはない。わしの想定どおりだ」

「なら別によくないですか? その力で最後にお別れ言わせてくださいよ!」

「ならん」

「なんでですか!」

「たとえ進んだ時間が少しだとしても、その状態で元の世界に戻ってしまえば、世界の均衡きんこうくずれる。そしてその世界は元のバランスを取り戻すために、貴様そのものを消してしまうのだ」

「言ってることがムズすぎてよく分からないです」

「簡単にいえば、今のまま元の世界に戻ると、貴様の存在がなかったことになると言うことだ」

「えっ!? じ、じゃあ絶対戻さないとダメじゃないですか!」

「そうだ」

「もし僕が最後の力を使おうとしたらどうしてたんですか?」

「適当な嘘をついて流すつもりであった」

「なんだよそれ……」


 力を使えなくてずっとどこかで止まってた可能性もあるってことじゃん。もうめちゃくちゃだ。でも……これが魔王様か。


「もうよいか? わしも早く帰ってゆっくりしたいんだが」

「分かりましたよ! もう帰ります!」

「では……」

「でもその前に!」

「今度はなんだ」

「最後に一回、叫んでもいいですか?」

「よかろう」


 僕は大きく息を吸い込んだ。


「オトシモノのみんなぁぁぁ! 今までありがとぉぉぉ! 絶対忘れないからなぁぁぁ!」

「うん、三回叫んだね。一回って言ったよね。お前もう、さっさと帰れ!」

「分かりましたよ。あっ、魔王様もありがと!」

「もって何? えっ、わしついで?」

「じゃあ、帰るね!」

「えっ、魔王のわしがついで? えっ……」


 僕はドアを閉めた。


 ——ガチャン。


 なんかぶつぶつ言ってたけど、鍵がかかった音がしたから大丈夫だろう。


「よし」


 僕は持っていた鍵を使って、ドアを開けた。



 ——ガチャ。



「……あれ、なんで玄関にいるんだ?」


 さっきまで部屋にいた気がしたんだけど、頭おかしくなっちゃったかな。


「まぁいっか」


 二階にある自分の部屋に戻ると、パンパンになって中の物がはみ出てる、見覚えのないリュックが置いてあった。


「なんだこれ」


 不思議に思ってそのリュックを持ち上げた瞬間、


「えっ、なんで……」


 なぜかは分からないけど、涙がぽろぽろと止まらなくなった。

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オトシモノクエスト 平葉与雨 @hiraba_you

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