オトギリソウの女
@wertgfds
第1話
雪が降り乱れる日。とある女子大学生が一人暮らしの家に着くと玄関の前を何度も行き来し、窓を覗いたような跡が残されていた。私のストーカーがいるかもしれない。そんな嫌な予感がして背筋が冷えた。
次の日。大学に着き、十年来の親友と挨拶を交わす前に一言。私の、私のストーカーがいる、と。親友は恐怖と驚きが混じったような表情を浮かべる。ついにここまできたか、とため息混じりの声で言う。それもそのはず、大学に入った頃から、ストーカー被害を受けた彼女に執拗に付き纏ってくる男がいたのだ。初めはよくすれ違うように思うだけだった。それが徐々にエスカレートし、しつこく話しかけ、連絡し、留守電を何件も入れてくることもあった。理由は分からない。ただ、彼が彼女に何らかの強い嫉妬心、もしくは複雑な恋情を抱いていることは容易に想像できた。親友と話し合い、すぐ一人に絞られたストーカー候補を刺激しないためにも、この件については口外しない方が賢明だと判断し、しばらくは二人で様子を見ることにした。
授業が終わり帰路を辿る中、女子大学生はなんだか嫌な予感がしていた。家につくと、案の定昨日と同じ場所に足跡が残されていたが、彼女は昨日ほど驚かなかった。しかし、戸を開けた瞬間、昨日よりも強い恐怖に襲われた。部屋の中にも足跡がついていたのだ。足跡をたどり奥に進むと部屋の観葉植物の位置がずれていた。とりあえず位置がずれた観葉植物の周りを観察してみる。特におかしい点はない。すっかり安心して後ろを振り返るとロボットのような何かが逃げるように部屋を出て行った。彼女は腰を抜かした。と同時に何か違和感を覚えた。どこかで見たことがある気がしていたのだ。しかし、さっき彼女が目にしたのは人間とロボットの間のようなものだった。見たことがあるはずない。恐怖に支配され、勘違いしてしまったのかもしれない。気を取り直して携帯電話を手にし、一一〇と打ち込み、電話をかけた。
警察はすぐに家に来た。その場で事情聴取が始まり、親友との秘密は途端に公になった。そして、その後の調査で例の観葉植物の鉢の中に盗聴器が仕込まれていることが分かった。そしてもう一つ、恐ろしい事実が判明した。犯人は部屋を物色せず、真っすぐ観葉植物のもとへ向かったというのだ。つまり、もとから彼女の部屋の中をよく知っていたという事になる。しかし、彼女はそれほど多くの人を、まして他人の家に入り込むような人を家に上げたことはない。考えているうちに、どんどん怪しい人が絞られていく。そして、信じがたい事実に近づいていった。今日のことは親友に言わないでおこう。そう決めた。
次の日、親友は大学に来なかった。親友のいない大学はつまらないものだった。その後、いつもより早く家についた。ドアに鍵を差し込むがなかなか開かない。しばらくしてようやく開いた。もともとドアに鍵がかかっていなかったようだ。ドアが開くと同時に不気味な、機械音のようなものが耳に入ってきた。心当たりはない。昨日のように床についた足跡をたどり、恐る恐る奥へと進む。すると、昨日見た、あのロボットのようなものが立っていた。初めてしっかりと捉えたそれは、恐ろしく、なぜか懐かしかった。呆気にとられてしばらく見つめているとそれはゆっくりと振り返った。そのロボットは紛れもない親友だった。昨日まで人間の姿で仲良くしていた親友。なぜこの姿になってしまったのか理解できず、その場で膝から崩れ落ちた。現実を受け入れられず、思わず心の底から叫ぶ。話を聞こうとするも言葉が出ない。ふと、背後の気配に気づき振り返った。そこにいたのは、あのストーカーだと思っていた男だった。ますます状況が理解できなかった。その時、男が話し始めた。男によると親友こそ、この一連の事件の犯人で、親友は彼に操られていた。あの盗聴器越しに昨日の警察との会話を聞き、今日が侵入する絶好のチャンスだと確信し、昨日彼女をサイボーグへと変身させたらしい。そして、今日サイボーグ人間を使い、家に入って来れたというわけだ。親友が三人目のサイボーグ化に成功した者だと自慢気に語った。ようやく状況を理解し泣き崩れる女子大学生のもとへ男がゆっくりと近づいていった。そして、涙ながら必死に暴れ抵抗する彼女をよそに彼女の身を拘束し、気絶させた。四体目のサイボーグを作る下準備が整った。そう呟き甲高い声で笑った。まるでサイボーグ技術を研究してきた彼女を嘲るかのように。何も抵抗出来ない彼女に可憐なオトギリソウを撒き散らす男をサイボーグ人間は無表情で見つめているだけだった。
オトギリソウの女 @wertgfds
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