友の秘密

「これが僕と内村照輝の物語だよ。この家はもともと彼の家だったんだ。」 

俺の口から内村という言葉が出てきた時、明らかに先生が動揺したのが分かった。そしてその動揺の裏に隠されてきた先生の秘密、内村照輝との物語を知った。先生、あなたは独りなんだ。最愛の友に置いていかれた、そう思っているんだ。

「この写真。俺がこの前ここを訪ねたら先生が居なくて。鍵が開いていたから、勝手に入って先生の部屋で見つけちゃったんです。」

俺が写真を裏返すと、先生が目を見開く。

「君の思い出と共にいく」というメッセージに目が釘付けになっている。

「これ…照輝の字だ。こんなのいつ描いたんだろう。こんなのまるで…」

「まるで自分が死ぬことを分っていたかのよう、ですよね。」

先生が黙ったまま僕を見つめる。不安とも真剣ともとれる表情で、僕の目の前に座っている。

「これは…悪魔で俺の予想なんだけど、内村さんは自分が亡くなるであろうことを予期していたと思うんです。そうでなければこんな言葉は残さない。それにこの写真を母に見せたら、昔はよく話をしたそうで内村さんのこと色々教えてくれたんです。」

母さんと内村さんが知り合いだったことには俺も驚いたが、近所といえば近所なので納得できなくもない。「母の話によると、内村さんは病弱だったみたいです。周りの友達には普通に振る舞っているけれど、結構辛い時もあるんですよ、と笑顔で話していたのを覚えていると言っていました。自分はそう長く生きられない、そんな風に言う時もあったそうです。内村さんの発言からして、きっと彼自身死期を感じ取り、最愛の友が責任を負って苦しむことのないようにこれを書き残したんだと思います。」

目の前の先生はそんな事つゆも知らなかっただろう。もはや驚きを通り越した表情で、先生が僕を見つめる。

「……そんな…。そう、だったの?…照輝」

数秒呆然とした後両手で顔を覆い、うずくまって涙を流し始めた先生の背中を優しく撫でる。触れた背中から人間のぬくもりを感じ、先生が生きていることを実感する。

「先生の心には穴が空いているんです。それは内村さんを失ったことによってできたものではありません。先生が生まれながらにして感じ続けた孤独の穴。内村さんは、先生の最愛の友としてその穴を埋め、その深淵を太陽のように照らし輝かせたかったんです。」

俺みたいな、どこにでも居る高校生に言われても信じてくれないかもしれない。でも、なぜか分かる。内村さんはきっと、あなたを照らし続けたかった。「俺、初めて先生の絵を見た時思ったんです。この絵を描いた人は孤独なんだ、自分に苦しんでいるんだ、人の愛を、人のぬくもりを求めているんだって。」

俺は泣き続ける先生を優しく抱きしめる。いつもは大きく感じた先生の背中も、今は小さいこどものように感じる。背中に回された先生の腕が、弱々しく抱きしめ返すのを感じた。温かい。やっぱりあなたは生きている。本当のあなたは「先生」なんかじゃない。俺と同じ、こどもなんだ。

「…僕、ずっと1人で照輝のことを抱えていくのが怖かった。どうしても自分のせいだって思ってしまうから。せっかくできた友達も照輝みたいに居なくなっていくんじゃないかと思って。彼の死が本当にショックだったんだ。」

先生は俺が机に置いた写真を見つめる。そして、泣きながらふっと優しく笑った。

「でも、照輝はこんなことを望んでいたんじゃないと思う。きっと、僕の心の穴を埋める誰かと笑っていて欲しかったんだね。」

ゴシゴシと目元を袖で拭くから、赤くなっている。ハンカチでも持ってこれば良かった、と少し後悔した。

「君はすごいね。僕が知らなかった照輝のことも知っているんだから嫉妬しちゃうよ。きっと照輝も、君を見つけて僕のもとに導いてくれたのかもしれない。」

あははと優しく笑った先生は、もういつも通りの顔だった。前と違って、どこか虚しい感じがしない。「なんだか色々とすっきりした。本当にありがとう。君と出会えて良かった。」

そう言うと、先生は窓際の絵を見た。

「あの絵…どうするんですか?」

友が亡くなった場所で描き続けた絵。

「そうだねぇ。うーーーん…」

あの絵は俺と先生を惹き合わせてくれた。あの絵があったから俺は先生の心を知れた。窓際で描いていた理由。そこはかつて、内村照輝さんが希望を見つめていた場所。あの大きな窓から、この家の前を通る凪という友の存在を。決めた!と立ち上がった先生は俺の方を見て言った。

「黎くんにあげるよ。」

「ええ!?いいんですか?」

予想外の返答に驚きつつも、あんなきれいな絵を貰うことができるなんて、と内心舞い上がる。

「うん。僕の絵を1番心の目で見てくれる人に渡したいんだ。是非ぜひ貰ってくれないかな?」

「もちろんです!あ…あと、もう1つ質問していいですか?」

テーブルの上のスイカをシャリシャリと食べながら、どうぞと言った顔を向けてくる。

「最初に聞こうとしていたのになんだかずっと聞けなくて。先生の苗字みょうじって何ですか?」

「あれ?教えてなかったっけ。ごめんごめん」

表札に内村とあったから、最初は先生の苗字が内村だと思っていた。だが、それがまさか先生の亡くなった友人の苗字だったとは。ぐぐっと背伸びをした先生はにっこり微笑んで言った。

「僕は伊藤。伊藤凪といいます。」

改まって手を差し伸べてきた先生は、大人の顔をしていた。もうあなたは独りじゃない。

「なんか思ってたより普通の名前っすね。」

「普通とはなんだい。」

あははと笑う先生の手を、俺はしっかりと握り返した。

「あ、そういえば先生って猫飼ってます?」

「猫?動物は何も飼ったことないよ。」

ひょっとしたら、内村さんが導いてくれたというのは本当なのかもしれない。凍りついた誰かの心を溶かすことができるのは、人がそれぞれの心に持つ太陽のような温かさがあるからだ。あの日出会った2つの太陽は沈むことなく照らし合っていた。

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アビスを埋める太陽 福原そら @soramoyo

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