古墳と庭と抹茶ラテ

白里りこ

古墳と庭と抹茶ラテ


 古墳なんてのは、実際に近くで見たところで、ただの堀と森である。


 日本最大の前方後円墳として知られる仁徳天皇陵古墳ともなると、「あ、これが前方の右側か」などと認識できればまだ良い方で、後はもう何のこっちゃという感じ。

 前方だけは、こう、堀がカクッと曲がっていて、その向こうの地面も同じ角度でカクッと曲がっていたから、辛うじて分かった。


 何かもうそれで良いやと思った。私は本物の古墳を見た。ヨシ。


 こんなクソ暑い中、こんなクソでかい古墳をぐるりと一周でもしようものなら、間違いなく私は妹共々熱中症で昏倒する。

 ただの堀と森を見物するためだけにそんなリスクを冒す気にはさらさらなれない。


 仮にも古代の天皇の墓に対して随分と不遜な言い草だが、雑然と乱立する木々を見ても特に感慨など湧かないし、濁った堀池を見ても濁ってるなとしか思わない。仁徳天皇が何をしたかもいまいち分かっていないから尊敬のしようもない。

 これ以上うろうろしても得られるものはなさそうだったので、さっさと次へ行く。


 古墳にくっついている大仙公園には、他にも見所として日本庭園なんていうのがあったから、私たちはてくてくとそこへ向かった。


 それにしても暑い。太陽光が日傘を貫通して直接私の肌を灼いているのではないかと疑いたくなるほど暑い。たまに吹いてくる風も蒸し暑い熱風だから何の救いにもならない。

 私たちはぜえぜえと荒い息を吐きながら、やっとこさ日本庭園の入り口に到着した。


 到着したは良いが、そこで力尽きた。庭園を散策する体力も気力も空っぽ。もう一歩たりとも歩きたくない。

 しかしやはりというべきか大阪人は商売上手なもので、庭園の入り口では冷たい抹茶ラテが売っていた。

 私たちは迷わず購入した。こんな猛暑で抹茶ラテもなしにどうやって生きていけというのか。


 二人で屋根のある場所まで避難し、だらりとベンチに座り込む。もはや互いに「暑い」「無理」以外の語彙を喪失していた。いやあ、さすがに無理だって。暑いもん。


 日本庭園には大きな池が広がっていた。私たちはその池と対岸の庭を眺めるなどしながら、ストローで抹茶ラテをぐいぐい飲んだ。

「ふぃー。あっつい。無理」

 まだ語彙力は戻ってこない。喋るのも面倒だ。


 体力が回復するまで、私たちは黙って涼んでいた。それぞれボンヤリとスマホを見ながら、数十分ほどグダグダして過ごす。


 しかしいつまでも無為に時を費やす訳にはいかない。曲がりなりにも古墳を見に来たのであるから、私たちは公園内施設である博物館に行く予定であった。そこが閉館する前に活動を再開せねばならない。


 正直なところ、博物館の方がよほど古墳的な雰囲気を味わえる、と私は確信していた。館内には出土品なりレプリカなり説明文なりが展示されているはずだから、堀と森よりうんと情報量が多いに決まっている。その上、冷房もある。


 いくぶん体力が戻った辺りで私たちは立ち上がった。

「じゃあ博物館に行くか」

 妹は言った。まだ暑さで頭がやられているらしい。

「いやまだ日本庭園見て回ってないじゃん。何のためにここまで来たんだ」

「あ、そっか」


 抹茶ラテを頂いて満足して帰りたくなる気持ちは大変よく分かるが、せっかく苦労して足を運んだ庭園をガン無視して去るのはちと惜しい。

 私たちは順路に従ってその回遊式庭園を巡った。


 川が流れていた。水音を聞くと実に爽やかな気持ちになる。いくつか橋が架けてあったが、こういうのをふらふらと渡って歩くのもオツなものである。

 木々や芝生の方も丁寧に手入れされているから、見ていて気分が良い。本物の古墳を見ても頭に疑問符が浮かぶだけだが、整った庭園を見ると美しいと思える。


 さて一回りしたところで、ようやく博物館である。展示の内容は古代から近現代にかけての堺市の歴史であったが、やはり古墳に関しては力が入っていた。


 個人的には犬を象った埴輪が気に入った。埴輪そのものも素敵だったし、こんな時代から犬は可愛がられていたのかと思うとしみじみしてしまった。墓にまで連れてくるとは、並々ならぬ愛だ。


 そんなこんなで旅程を終えた私たちは、夕飯を摂るべく公園内のカフェに寄って、古墳バーガーなるものを食した。

 これはバンズに前方後円墳の焼印がついただけのありふれたハンバーガーなのだが、旅行において気分というのは大切なもの。古墳に来たからには古墳バーガーを選ぶのが定石というやつなのだ。


 因みにこれがかなりボリューミーなハンバーガーだったので、私は齧り付くことを諦め、フォークで崩して食べた。

 妹はどうしてか綺麗に齧り付いて食べていた。何だその技術は。ずるいぞ。こっちはもうグッチャグチャなんだぞ。


 ともあれ食べ終わって外に出ると、暑さはかなり和らいでいた。これなら抹茶ラテに頼らずとも無事に公園から出られそうである。

 日本最大の古墳にくっついている公園なだけあって敷地はかなり広大であったが、このくらい薄暗くなってきたのならば歩くのもそこまで苦ではない。


 私たちは日傘をさすこともなく、ゆるゆると歩いて公園を去った。

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