思考ダイビング生還のカギを握るもの

ちびまるフォイ

思考に戻る深い感、現実に戻る不快感

「ほんとに行くのか?」


「ああ、なにかあったら信号を出すよ」


「わかってる。でもそんなに自分の生きる意味なんて見つけたいものなのか?」


「いやそっちは正直どうでもいいんだ」


「え」


「思考にダイブすることが好きなんだ。

 別に答えを出すことが好きなわけじゃない」


「それを人は命知らずっていうんだよ」


「じゃいってきます」


ボンベをつけ、思考の海へと飛び込んだ。


あたりは暗く、なにも見えない。


ここは思考の海。


答えのない思考が海を形成している。


この海域は"自分の生きる意味海域"。


その深層にはどんな答えが待っているのか。




思考10m



なぜ自分は生きているのか。




誰かがそう望んだから。



世界になんらか必要だから。



自分がこの世界でなすべきことがあるから。




まだ浅い。

そんな思考は簡単にたどり着いてしまう。


本当に見たいのはもっと深層の思考。









思考50m



実は自分の生きる意味なんてないのでは。



単に偶発的に生まれただけ。



生きる意味はとくにない。



ただ人間が自分の人生に納得できるため。



自己存在を肯定するための理由づけかもしれない。









思考100m



生きる意味がないなら。



そもそもどうして生命が生まれたのか。



自分に生きる意味がないなら。



他の動物だって同じこと。



自分だけが無価値なんてありえない。



すべて無価値。偶然の産物。



ならなぜ生命はうまれ。



そして繁栄するプロセスが組まれているのか。









思考150m



動物だけじゃない。



植物も命を与えられ星を生きながらえている。



そこに意思や意味はあるのか。



他の惑星じゃまるで命を感じない。



なぜこの星だけ命が尊ばれ与えられたのか。






思考はいくら深く潜っていても底が知れない。


けれど深くに潜るほど答えに近づいている気がする。


自分の背負ったボンベのエアー残量を確認する。

残りが三分の一にまで減っていた。


(そろそろ現実思考に引き返さなくちゃ)


深層に潜るほど、思考の海の答えに近くなる。

その一方で世俗や現実的な思考からは遠くなる。


早めに引き返さないと、夢想症となり現実には戻れないだろう。


戻ろうと決めたときだった。

足元の奥底からキラリと光るなにかが見えた。


(今のは……?)


勘違いで片付けようと思ったが、また光が見える。

それは明らかに思考の海が持つ「答え」という財宝だった。


エアーはすでに半分を切っている。

潜るか、引き返すか。


潜る前には過程が好きだなんだと話していたが。

いざ目の前に答えがあるのがわかると行動せずにはいられない。



(今戻ったら、きっと後悔する!)



意を決して思考の底へと潜った。









思考200m



自分が生きる意味はーー。





(そうか……! そういうことだったのか……!)



思考200mでついに答えを見つけた。

自分の生きる意味が明確になり、世界が一気に広がった気がする。


早くこの財宝を語って聞かせたい。


しかし、思ったより答えは思考の奥底にあった。


すでにエアーは引き返すだけの残量も残っていなかった。


答えを知ったものの、この思考の海の底に取り残された。


思考が深すぎて救難信号も出せやしない。


(ああ……ここまでか……)


ついにエアーも残りわずかとなった。

そのとき。



\ ブッ /



控えめで短く勢いのあるオナラだった。

その音が聞こえた瞬間、一気に思考の海から上昇海流が立ち上った。



(うわあああ!!)



海流にのせられて一気に海面まで急上昇。


思考の海から生還するまでなんとかエアーもキープできた。


「ぷはっ! はぁはぁ! 危なかった!!」


「おかえり、よかった。戻ってこれたんだな」


「あのオナラの音は?」


「お前の帰りがあんまりにも遅いから、

 緊急脱出放屁システムを使ったんだよ。

 なにかあったのかと思ってさ」


「ああ、助かったよ……。

 なんかいろいろ考えていたけど

 オナラの音で急に現実に引き戻された」


「効果てきめんだったな」


思考の海にただようクルーザーに戻ってひと安心。



「そうだ。それより聞いてくれ。

 思考の海のそこですごいものを見つけたんだ」


「すごいもの?」


「"自分が生きる意味"だよ。まさか見つかるなんて思わなかった」


「へえそうなんだ」



「あれ? 意外とリアクション薄いな……。

 人間がどんなに探しても見つからなかった財宝なんだぜ?」



すると、バディはつまらなそうに答えた。



「その答えなら、AI思考ダイバーに潜らせて取ってきたんだ。

 ほら、これだろ? お前の見つけた"生きる意味"って」




悪びれずに見せた答えは、

およそ思考10mほどにあったごくありふれた答えだった。


でも救われた手前なにも言えず、ただ苦笑いするだけだった。



「あ……ああ、そうだね……そんな感じのやつ……」

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