第31話 すげぇことするな

 彼女からご両親の情報を聞き出す。

 父親はかなり腕利きの外科医で、見た目は如何にも堅物といった感じだそうだ。年齢以上に老けて見えることもあり、昔のドラマから飛び出してきたような人物らしい。

 教育については基本母親側に丸投げで口出しはせず、全面的に母親の意見を尊重するとのこと。𠮟りつける役目を担っているが、大体のことは母から聞いたことをそのまま話しているというのが桧木の談だ。

 母親は元看護師で今は専業主婦。院内で出会い結婚に至ったそうで、こちらは見た目が年齢より若く見える美人だと言う。桧木の容姿もそんな母親に似たんだろうと推察できるところ。

 父親以上に名医の家族という肩書を意識していて、習い事に通わせたりするのも周囲の目を気にしているからではないかというのが桧木の見立てだ。その厳しさを父親が容認しているため、桧木は息苦しさを感じながらも従ってきた。


「で、そんなご両親に反抗する目的でこの高校に入学したと」

「小中一貫校でバリバリ勉強して頑張ってたけど、あたしは限界を感じてた。星明高校の願書、勝手に書いて出したの」

「すげぇことするな……」


 ちょっとした抵抗というにはあまりにも計画的で大胆な犯行だ。親の厳しさもそうだが、桧木の奥底にも秘めたるものがあるなと感じる。


「もちろん、バレてからそれはもうこっぴどく叱られたけどね。そうは言っても受験はやり直せないし、星明以外の学校に行くぐらいなら中卒が最終学歴でいいって駄々こねて。お母様は世間体を気にする方だから、最終的には折れてくれたんだよ」

「すげぇことするな……」


 もう一度同じ返事をしてしまった。いやだって、ねえ?

 そんなこんなで無理矢理我を押し通した桧木だが、問題はその後。


「でも、そんなことしちゃったもんだから、当然お母様は中学時代より厳しくなった。高校の方が通学距離あるのに、門限も変えてもらえなかったし」

「なるほど。そりゃ、部活の終わりまで参加する余裕もないわけだ」


 それでも次なる反抗の布石として部活動には所属したのだから、したたかなものだと思う。

 しかも、よりによって夜に天体観測を行う天文部だ。バレれば今度こそ怒られるだけでは済まないだろうし、現に今困っている最中である。


「教育熱心なご両親相手に、高校受験という大舞台で反逆を仕掛けた。で、その後の高校で二度も門限を破ったとあれば……状況の悪さは言うまでもない」

「何もしなくてもお母様は転校させようと考えてたし。遅かれ早かれ手を打たれるなら、その前に出来得るだけ今の高校生活を満喫しようって思っちゃったんだよね」

「それで部活動に偽彼氏? 本当に大胆というか何というか……」


 あっけらかんとしている桧木の態度に苦笑する事しかできない。

 どうせ転校させられる可能性があるなら極限まで逆らってやろうということだったのだろうが、ここから説得するとなれば話は別。よくもまあここまで拗れさせてしまったな。

 俺から出来ることがあるとは到底思えないのが本音だ。俺は八年前の事件概要も調べている、ご両親が過保護になっているのは至極真っ当な感覚と言わざるを得ない。桧木は母が世間体を気にする人だと言ったが、本当はそんな簡単な感情論ではないのだから。

 そこまで話を聞きながら考えていて、ふと引っ掛かる。


「そういえば、桧木は親への反発心で学校生活を謳歌しようとしてたんだよな?」

「もちろんあたし自身が楽しみたかったからだけどね。お母様の言う学校は、それはもう我武者羅に勉強頑張って東大目指しましょうみたいなところだったんだもん」

「……俺のことはご両親には言ってないのか?」

「えっ? うん。学校でだけだからバレようもなかったし」


 言われてみればそうである。桧木自身が話さない限り、学校のみの交友関係は流石に把握されない。

 つまり、桧木の両親を説得したいと言っているこの男は、向こうから見れば彼氏でもなければ偽彼氏でもない謎の第三者なわけだ。

 彼氏だと思われていたならば、煙たがられつつもなんとか情動的な説得を試みることができたかもしれない。僕の彼女を奪わないでー……とは言わないだろうが、まあ熱に浮かされた若者の戯言だと笑ってもらえる可能性もギリギリあった。

 だが、正体が分からないまま俺が乗り込んだらどうなるのだろう。最初から疑われた状態で挑む説得は成功率をグンと下げる気がした。


「俺、上手くやれるのかね」

「ちょっと! さっきあんなに格好よく、あたしを天文部に戻してくれるって言ったのに!」


 もちろん気持ちは本物だし、今でも諦める選択肢は選ぶつもりがない。

 それでも成功率に関しては気にして然るべき。

 ただの友達がアポイントを取って会いに行ったら、ご両親はどんな反応をするだろうか。


「……いや、待てよ」


 俺はなんとか良い案が無いか考え、急に変化球を思いついた。


「どしたの、恵人くん」

「俺は、桧木からご両親に連絡を取ってもらおうと思っていた。会って話をしたいっていう友達がいると紹介してもらおうと」

「うん」


 桧木がコクりと頷く。


「でも、事前に予定を決めればご両親は絶対に身構える。辞めさせようと思っている学校の友達だし、おそらく用件もすぐ気づかれるだろう」

「そ、そうだね」

「だから――いきなり行く」


 思い付きをそのまま喋ったが、案の定桧木は驚愕の表情を見せてくれた。


「お父様たちに何も言わず家へ来るの!? それこそ滅茶苦茶怒られるよ!」

「だろうな」


 厳しいご家庭だ、事前に連絡もせず乗り込んだら非常識だとして間違いなく怒られるだろう。

 けれど相手は身構えていない。こう来たらこう返そうなんて考えが一つもない状態で、俺はなんとか桧木の自由を勝ち取る。混乱の中で有耶無耶にしてしまうという何ともお粗末な作戦だが、可能性があるならこれしか無いんじゃないか。


「なんの話をしに来たのかも分からない男が、とにかく必死に桧木の部活復帰をお願いする。ご両親の隙をつくには良い手なはずだ」

「うぅん……。そうなのかなあ」


 流石に桧木もこの作戦には賛同し切れていないようだ。ご両親の厳しさは彼女自身が一番よく分かっているだろうし、騙し討ちが成功するかは俺も半信半疑である。

 やれる手は打っておかなければ。彼女を助けるために。

 心の中で固く誓ってから、ふと冷静になってしまう自分もいるが。


「俺、なんでこんなに頑張ろうとしてるんだろうなあ」


 桧木千央のために頑張るというのは、自分でも上手く言い表せない感情だと何度も思う。

 この件が解決したら、もう少し具体的な答えが見つかるのだろうか。

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桧木千央ちゃんはピノキオかわいい! 宮塚慶 @miyatsuka

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