王サマを王座から引きずり下そう大作戦!

道化美言-dokebigen

王サマを王座から引きずり下ろそう大作戦!

「とぅっとぅ〜♪ ひひ、いひっ!」

 黒ずくめの簡素な部屋へ、やたらと明るくジェスターの楽しげな笑い声が歪に響いた。

 小さな机の上に置かれた「王サマを王座から引きずり下ろそう大作戦!」と書かれたぼろぼろの分厚い手帳。その中心にたった今ナイフが突き刺さり、無理に捻り出された高い笑い声が木霊する。

 雑に脱ぎ捨てられた寝間着。それを鮮血のような極彩色のバルーンパンツに包まれた両足の先に引っ掛けて弄びながら、両手は器用に頬へハート型にボディステッチを施していく。

 割れた鏡に映るのは白く骨の目立つ上体。そこから生える細長い手で黒い液体を筆に取り、頬のハートの中を塗り潰した。

「さぁてさて。お仕事お仕事! くっ、ひひぃ……。今日は木偶の坊の王サマと何して遊ぼうか!」

 紫色のリップで唇を彩り、オーバーサイズの衣装に袖を通す。ゆったりとして汚れが目立つ、白の左右非対称なデザインの上着。それにより骨に皮が張り付いただけの長身の肉体も覆い隠された。

 衣装下に潜めた煙幕やナイフ、小道具を抱え、鈴のついた三又の帽子を引っ掴む。弾むように扉まで向かえば荒々しく木製の扉を開け放ち光の中に溶け込んだ。

 

 刃物でジャグリングを、ところどころ独特なアレンジの加えられた歌を。ジェスターは満面の笑みを浮かべて芸を披露ながら人々の視線を釘付けにする。

「なぁゼフィルくんよぉ、今日こそは王国ほっぽる気にならないか? そろそろ飽きてきたんだけど、俺」

「飽きる飽きないの問題ではない」

「ひひっ、だってつまんねぇだろ! お前に王なんぞ向いてない。気づいてんだろ? さっさと落ちぶれて俺と遊んでくれよ!」

 広間で上っ面な芸を楽しむ貴族らの笑いが響く中。いたずらに高貴な王へと距離を詰め、耳元へ棘を囁くのはこの国の宮廷道化師ジェスターだ。

「気の長い俺だって、そろそろ待ちくたびれたんだぜ? ……あっ!」

 突如として、ジェスターが両手で回していたクリームパイの片方が王の頭に落下した。

「ああ! 申し訳ございませぇん王サマ! しかしお似合いですよぉ。甘いあなたを象徴する王冠のようで!」

 眉を下げ、泣き真似をし、小馬鹿にするような声で大袈裟に謝罪を述べる。咎めも待たず嘲笑を浮かべたジェスターは王の元を離れ、くすくすと薄汚い笑いに満ちた広間の中心へと舞い戻る。

 軽々と宙返りをすれば長い銀髪が揺れ、蠱惑的な赤い双眸がじっとりと舐めるような視線を貴族たちに向けていく。

「本当に、あの道化は命知らずだな」

「それがいいんだろ? スリル一つない娯楽よりよっぽどいい」

「陛下もあれくらい大胆になってくだされば良いのにな」

 快楽を追求する姿は人々に極上の笑いを与えていく。こそこそと落とされる評価にジェスターは笑みを深くした。

 

 

 

「なぁ、な〜あ。おいゼフィル。起きてんだろ? 無視すんなよ寂しいだろ」

「……窓から忍び込むなと何度言えば分かる」

「ひひっ! 説教なんて釣れねえなぁ。俺たちの仲じゃあねえの。今夜も俺直々に説得しに来てやったんだぜぇ? 感謝しろっての!」

 月が静かな夜を支配する時刻。

 厳重な警備がつくはずの王の寝室に転がり込んだのはこの国唯一の宮廷道化師。昼間同様に派手な、とても夜の闇には溶け込めない衣装を身に纏ったジェスターだった。細い体を動かす度、三又帽子の鈴が音を立てる。

「はぁ……。私は今、この国の王だ」

「だからぁ? ああ、今度は俺をペット扱いしたいわけだ! 俺がお前にしてたように。いいぜ? 試しに大臣の首でも持ってきてやろうか!」

 嬉々として瞳をギラつかせたジェスターはゼフィルの鋭い睨みを受けた。

 反対に、ゼフィルは月光と狂気を受けて金の瞳を僅かに揺らす。

「……」

「チッ。お前もつまんねぇ大人になったよな。辞めちまえって言ってんの。分かりまちゅか? 今日だって、お前も聞いてたろ? 貴族共が求めてるのは俺と、俺が作ろうとしてた前の国だ。お前じゃない。たった一瞬俺が築いた甘い国を奴らは求めるんだよ!」

 高笑いが響く中、ふらりと少し体を傾けたジェスターの頬のすぐ横にゼフィルの拳が突き出された。

「私とてお前がまともな王なら、以前と変わらず付き従った! だが、お前が『民のため』など考えるはずがない」

「ひはっ! お前だって民のためなんて考えたことねぇだろ! ははっ! は〜ぁ、そうやってお前はすぐ手を出す! 当たったらどーすんだよ、王サマに寵愛を受けまちた〜♡ なんてほざきゃいいか? なぁ、野蛮な王サマ! いひっ、おっかし〜!」

 鈴の音が混じる笑い声を上げながら、ジェスターは服の下からナイフを取り出し、ゼフィルの首筋目掛けて振りかぶる。

「いだっ……ひひ! いい顔してんじゃねぇの!」

 ナイフを振り下ろそうとしたジェスターの片腕はゼフィルに掴み上げられた。手首から嫌な音が鳴り、簡単にナイフは床を転がる。

 その間もずっと、笑い声は止まぬまま。

「ひひっ、やぁっぱ偽モンはすぅぐ壊れるのな。俺の愛器ナイフはどこの暗君に盗まれたんだか!」

「盗んだのではない。取り上げただけだ」

「それを盗んだっつってんだよ」

「勝手に死なれても困る」

 至近距離で睨み合い、やがてジェスターが吹き出した。

「ぷっ! だったらよ。せめて俺が、お前に。忠誠を誓ってみたくなることの一つや二つやってみろっての!」

 拘束されていない指でゼフィルを指し、くつくつと笑い続けるジェスターは腕からすり抜け、ひらりひらりと舞うようにゼフィルの周囲を歩き回る。

「何がそんなに気に食わねえんだよ。前みたいに俺と遊んでくれって言ってるだけだろ? 今の、お前が作る国は退屈すぎる! 滅亡を待ってるだけじゃねぇの。何がしたいってんだ?」

 肉弾戦を交えながら、ジェスターは止まることなく捲し立てる。鈴の音が暗い部屋を場違いに飾って。

「お前が俺の奴隷のままでいれば良かったのによぉ。下剋上なんぞ考えずにな! ああ、でも今の俺らならお似合いか? 片やとっくに滅んだと思われてた王家の唯一の生き残りが返り咲いて! 片や滅ぼされた王家の唯一の生き残りってな! ひひっ! ロマンチックじゃねえの! はは! いひっ! ……はぁ〜ぁ、虫唾が走る」

 胡乱な光を鮮血に濡れたダイヤモンドのような双眸に宿し、ジェスターは目の前に立つ巨体を睨み上げた。

「なんで俺を裏切ったんだよ、ゼフィル」

 手袋に覆われていながら、骨の目立つ手がゼフィルの胸板を殴る。その拍子にジェスターの三又帽子が落ち、大きく鈴の音が鳴って、静寂が訪れた。

「……ずっと俺の後をついてくる奴隷だったくせによぉ。滅ぼすんならちゃんと、全部、消せよな。なぁに中途半端に生かしておくかねぇ。俺に復讐でもされたいのか? それとも利用したい? ん? お前は、俺がいなきゃ何もできねえ無能だろ? 国の復興なぞお前にできるわけがない! こんなことしたって無駄なんだよバ〜カ! 大人しく国かナイフか、俺に寄越しな」

 開かれたままの扉から吹き込んだ夜風がジェスターの長い銀髪と、ゼフィルの紺色の短髪を揺らす。

「私はお前の国を滅ぼしたかったのではない。滅びゆく未来しか見えぬ国を変えたかったのだ」

「その結果、ノリノリで俺から地位も金も全部奪っておいて?」

「お前に任せたら取り返しのつかないことになると解ったからだ。そのうえお前はずる賢い。少しでも権力を残して放れば私を殺しにくるだろう」

「はっ! だいせーかぁ〜い! そんな人ひとり殺せない臆病な甘ちゃんだから貴族共から呆れられるんだよ」

 変わらず部屋の中心で佇むゼフィルに、部屋のあちこちへ移動してジェスターは嘲笑を浴びせる。

 少しずつ、声は荒く、紡ぐ音は速くなりながら。

「それともなんだ? 死に損なって取り乱してる俺を見て楽しんでんのか? 性悪だなぁ!」

 ジェスターの銀髪に隠された首筋に冷や汗がたらりと伝う。

「んなことしたって無駄なんだよ! お前は所詮、俺の言いなりだろ? な、元奴隷の現木偶の坊な王サマ!」

 バチン! と空気を揺らしたのは、ゼフィルの厚い手のひらがジェスターの薄い頬を叩いた音だった。ぐらり、とジェスターの体は揺れ、バランスを崩したところでゼフィルに胸ぐらを掴み上げられる。

「私は、今はこの国の王だ。お前の主人だ。あの頃とは違う。私はこの国を発展させるために力を尽くす」

「ってぇ……。ゼ、フィル……? やめ、殴らないでくれ……」

 じわ、と滲んだ涙と僅かに震える体。

「分かった、邪魔しない、邪魔しないからよぉ。痛いのは、嫌いだ……」

「ああ、お前は兄弟から虐げられていたな」

「……」

 ゼフィルの手が緩み、へたりとジェスターが地に座り込む。

「ぷっ」

 途端、勢いよく起き上がったジェスターが抱擁するようにゼフィルの背後から首を締め付けた。

「バ〜カ! いひっ! 虐めてたのは俺だし、痛みは大好きだっての! ほんっと、お前は甘すぎ——」

「そのくらい知ってる」

「へ」

 ジェスターの腕が引かれ、ピキ、とヒビの入るような音が鳴る。

「ちょ」

 次いで、関節の反対側に込められた力に腕から人体から鳴ってはならぬ音が響いた。

「い〜⁈ ひっひぃ……! ひっ、ひはっ! 最高だゼフィル! もっと遊ぼうぜぇ!」

「それ以上怪我が悪化したら良くないだろう」

 爛々と目をギラつかせるジェスターを腹から抱え、ゼフィルはどこからか包帯やら消毒液やらを取り出しジェスターをソファに寝かせた。

「おい、おい! つまんねぇことはよせって」

「貸し一つだ」

「は? ヤダ!」

「私の弱みはお前だ。お前に死なれたらまともに王座に座ることすらできん」

 ふと落とされた言葉にジェスターが呆け、吹き出した。

「ひはっ! え、もしかしてお前、こんなに敵意向けてやってんのに俺のことまだ好き⁈ てことは結局、俺がいなきゃダメってこった! 傑作! バッカみてぇ! つまんねぇなぁほんと!」

 折れた腕を庇うこともなく笑い転げ、ジェスターは悪い顔で囁く。

「お前にしちゃあいいジョークだ! 気に入った! ひと月だけ協力してやる。嬉しいだろ? せいぜい俺を釘付けにさせてみろ、ゼフィル」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王サマを王座から引きずり下そう大作戦! 道化美言-dokebigen @FutON__go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ