15 誓いの口付け──親愛なる師匠へ



 オルトは人里に3日以上は滞在しない。

 アルフラーレス王国の王都──ロッカスに来てから4日目。


 今日が最後の日だ。


「はいよ、オルト。こいつが報酬金だ」

「おっとっと。こんなに貰って良いのかい?」

「当たり前だ。大手柄だからな」


 剣聖を狙う者を排除しろ。


 冒険者ギルドのマスターから報酬金として渡されたのは、金貨20枚が入った皮袋だった。ちょっとした家を建てられる金額、大金だ。


 それをぽん、と渡されたのでオルトは思わず驚いてしまう。


「それにしてもてめぇ、昨日は若い女と腕組んで歩いてたよなぁ」

「見間違いじゃないかな」

「俺の目は誤魔化せねぇぞ。フードを被ってたが、ありゃお前さんだった。そして、腕組んで歩いてたのはあの剣聖様だった」


 リーゼンが怖い顔をしてオルトを睨んでいる。

 どうやら誤魔化せなかったらしい。


 そして何故だか一枚の紙ビレを見せつけてくる。

 その紙には『聖十字騎士団』が掲げる十字の紋章が押印されていた。


「なんだい、それ」

「騎士団長が血眼でお前さんを探してるってよ。オルトにぜひ、内の騎士達を鍛えてやって欲しいってな」


 何でもシリカと騎士団本部で手合わせをしていた際に、騎士団の団長もそれを見ていたらしいとリーゼンが話す。


 えらく気に入ってるらしいぜ、と補足して。


「うちのギルドでも見つけたら騎士団に連行してくれと通達があった」

「それは困ったね。俺ってもう旅人だからさ」

「断るって訳か」


 リーゼンが溜息を付いている。

 通達が入っている以上、ここでみすみすオルトを見逃すと後で何かと支障が出て来るのだろう。


 それでもオルトは連行されてあげるつもりはない。

 忌み子が騎士団に入ったら色々とまずい。

 

 断る理由はリーゼンも分かっているので、ここでは強制してこなかった。


「剣聖様には街を出るって伝えてあるのか? お前、あの人の師匠なんだろ」

「そうだね。もう伝えてあるよ」


 昨日、叩きのめしたゴロツキ達を連行する為にシリカが騎士団員を呼んでくれた。その際に王都を明日にでも発つつもりだと伝えてある。


 少しだけ寂しそうな顔をしていたが、彼女はもう大人なので無理に引き留めるようなことはしてこなかった。


 なので予定変更はなし。

 今日このままオルトは王都を発つ。


 成長したシリカの姿を見て、他にも顔を見たくなってしまった子達が居るからだ。


「それじゃあね、リーゼン。君に会えて良かったよ。レイゼスにもよろしく伝えておいて」

「ああ、達者でな」


 またな、と言ってリーゼンが手をぷらぷらと振る。

 彼はオルトが忌み子であると知っても、唯一友人のままで居てくれた男だ。


 この縁を大切にしようとオルトは思っている。


「またな」


 だからオルトも同じ言葉を返してギルドを後にした。



 

 


 

「うわ、なんだあれ。面倒臭そうだな」


 このロッカスと呼ばれる王都は、高くそびえ立った防壁によって固く守られている。王様が居る街なので当然と言えば当然だろうか。


 問題なのは出入口となっている門前に、大量の聖十字騎士達が居ることだ。


 なにやら人相書きを持って人探しをしている様子であり、紙ビレに書かれている似顔絵はオルトそっくりだった。


「騎士団長が連行しろと言ってたって、リーゼンも言ってたからな」


 まず間違いなくオルトを探している。

 見つかればあの手この手で騎士団本部に連れて行かれるだろう。


 なのでオルトは空を蹴り、防壁を飛び越えて王都から脱出することにした。


「ほっ……、よっと!」


 この技術は足先で魔素を操り、構築した魔力の塊を蹴って空中を飛ぶ歩方だ。一応、これも誰かに見られた際は【剣撃魔法】の一種ということにしている。


「はぁ……、この高さは中々骨が折れるな」


 なんとか嫌に高い防壁の頂上まで辿り着く。


 単純に階段を段飛ばしで駆け登っているようなものなので、今年40の中年の体には中々堪えるものがあった。


「少し休憩……」


 なんて防壁の縁に腰を掛けようとすれば、


「遅かったですね、師匠」


 すぐ近くでシリカが既に腰を駆けていた。


「うおっ、シリカじゃないか。どうしてこんな所に?」

「なんとなく、ここに来るんじゃないかと思って待ってました」


 くすくすと小悪魔みたいな笑みを浮かべている。

 恐ろしい子に育ったなぁ、とオルトは身震いした。


「さてさて師匠、既にご存知かと思いますが、聖十字騎士団の団長さんがあなたを探しています。ぜひにも騎士団の指南役を請け負って欲しいと」


「ごめん、悪いんだけど断っておいてくれないかな」


「良いんですか? 師匠の剣技が晴れ間を見る絶好の機会だと思うんですけど」


「僕自体が晴れ間に居ちゃいけない存在だからね」


 オルトが防壁の縁に腰を掛けると、シリカがツツ―と腰を滑らせて隣に寄って来る。前回と同じく、ジャスミンの香りがふわりと風に乗って漂ってきた。


「私はずっと考えていました。師匠がどうして山の中で暮らしていたのか、どうして人里に下りた時も3日以上は絶対に滞在しないのかって」


「うん」


「旅人となった今でもこうして、たった数日でロッカスから出ようとしている」


「そうだね」


 オルトは曖昧に返事を戻す。

 忌み子であることはシリカに教える気はない。


 先ほどはついつい口を滑らせてしまった。


「ですが、もう考えるのはやめにします。私がまだ幼い頃、師匠があえて何も聞いて来なかったように、私もまた、無理に詮索はしません」


 ですが、とシリカが続けた。


「師匠が辛い時や苦しい時は、今度は私が助けます。師匠があの時、手を差し伸べてくれたように」


 今度は私の番ですと言ってシリカが腰を上げ、立ち上がったかと思えばオルトの前で跪いた。


 まるで騎士のような態度と表情で、こちらを見上げたまま小指を差し出してくる。


 その姿を見て、オルトは幼かった頃のシリカと指切りをした時のことを思い出した。


「成長したね、シリカ。君がそんなことを言ってくれるようになるだなんて、思いもしなかったよ」


「茶化さないでください、本気です師匠。さあ、お手を」


 真剣な表情でそこまで言われてしまったので、オルトは言われた通りに小指を差し出した。


 すると、


「失礼します」


 オルトが差し出した腕を取ったシリカが、急に手の甲へと口付けをした。


 柔らかい唇の感触が伝わってきたのでオルトは驚いてしまう。


 それに加えて、何故か口付けされた手の甲が暖かくなり、騎士の紋章が刻まれたので更に驚いてしまった。


「な、なんだい、これ」


「聖十字騎士団に在籍する騎士は、生涯でただ一人を主君として定め、忠誠を誓います。私の生涯において、ただ一人を主君とするならば、それは師匠──オルト様だけです」


「天下の剣聖が俺を主君だなんて、色々とまずいでしょう」


「いいえ、あなたが良いのです。師匠が辛い時、苦しい時、私は必ずやお力となりましょう。その騎士の紋章が、絶対に師匠を守ります」


 言って、シリカが跪いたままに拳を左胸に当てた。


「聖十字騎士団──副団長、剣聖シリカ・オルキス。刻まれた騎士の証に誓います、私は絶対にあなたを裏切らないと。そして、身も心も全て捧げることを」


「そ、そこまでしなくても……」


 何だか重たいものを感じてオルトが表情を引き攣らせると、突然立ち上がったシリカが飛び付いて来た。


 縁から落ちそうになったので、腹筋に全力を入れて持ちこたえる。


「ふふ、ふふふ。私は成すべきことがあるので師匠の旅には付いて行けませんが、ふふっ、いつでも私達の家で師匠の帰りを待っていますからね」


 シリカに耳元でそう囁かれた。


 私達の家とは恐らく、以前に話していた『師匠のお部屋も既に作ってます』と言っていたシリカの自宅のことだろう。


 感情が重たすぎる。

 オルトは再び表情を引き攣らせた。


「な、成すべきことって……?」


 シリカを引き剥がして隣に座らせ、オルトは話を逸らす。


「昨日、捕らえたチンピラ達です。アベルも含めて彼らは魔法を扱う素質があるので、鍛えれば立派な騎士になりますよ」


「なるほどね、今度はシリカが師匠になる番だ」


「そうですね。それに、私の両親を殺した悪人もまだ見つかっていないので、しばらくは剣聖の権限を活用することにします」


「そっか。見つかると良いね」


「はい」


 オルトが防壁の縁から立ち上がる。


「それじゃあシリカ、またな。俺はもう行くよ」

「はい、それでは。また会いましょう、師匠」


 互いに手を振って別れを告げ、オルトが防壁から飛び降りる。


 今度のシリカは泣いていなかった。

 立派に成長している。


 地面に着地したオルトは、次の街を目指してそのまま歩き出した。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣聖や英雄達に『弟子面』された魔力0おっさん、無事に伝説のおっさんになる ラストシンデレラ @lastcinderella

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画