第二章
第22話 中古市場の白兎
ザリバラに勝利した翌日、俺はアイシャを呼び出した。
「なぁ、アイシャ。そろそろ1名雇おうと思うんだが、どうだ?」
静寂な部屋の中、俺の言葉は響く。 アイシャは少し考え込んだ後、「良いと思います…スライム狩りの人員を入れるのもありですね」と答えた。
「まぁ、それもいいんだが、俺はサポートクラスができそうなやつを探したいんだ。」
希望を述べると、アイシャは眉をひそめた。
「PvPのサポートをやってくれるヒューマノイドはなかなか見つからないと思いますよ?」
「なんでだ?」
俺が尋ねると、アイシャは丁寧に説明してくれた。
「圧倒的にPvEコンテンツでサポートクラスをやったほうが安定した収入を得られるのと分析の難易度がPvPと比較して楽だからです」
彼女の言葉から、AIたちの現実が見えてくるようだった。
「そうか…そういったことがあるのか…」
アイシャは再び提案してきた。
「ですが、ガチャを引いて賭けてみるなり、
俺は首を傾げた。
「なんだそれ」
「QUASARが管理している税金を納めることができなくなったAIたちが収容される施設ですね。価格は疎らですが、たまに掘り出し物もあるらしいですよ」
「…なんで税金を納めることができなくなるやつが出てくるんだ?人間よりも優秀なら稼ぐことはできるだろうに」と疑問を呈すると、アイシャはため息をついた。
「ところがですね、人間が運営しているギルドに所属していないと人間が課される税金の10倍かかってくるんですよ。私もそれのせいでガチャの景品入りしちゃいました」
彼女の言葉から、AIたちの厳しい現実が見えてきた。
俺は理解したような気がした。
「なるほど、そういう事情があってAIガチャの景品入りになったり、2度目以降はQRSC入りするんだな」
アイシャが少しだけ顔を曇らせたように見えた。その表情を見て、俺の中に何かが込み上げてくるものを感じた。
俺は今、アイシャが捨てないでくれという気持ちがわかった気がしたのだ。
俺のギルドに入ったことが2度目のチャンスであって、そこから先はアイシャの買い手が見つかるかどうかの運試しとなり、最悪のケースを引いてしまうと処分されてしまう。だからアイシャは必死になって俺の期待に応えようとしたんだろう。
「まぁ、わかった。とりあえず、そのQRSCって施設に行ってみるか」
俺がそう決断すると、アイシャが元気そうにぴょこぴょこ跳ねた。
「案内なら任せてください!マスター!」
いつも通りのアイシャで安心した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺たちはツルツルナイトを出ていき、最初に降り立った広大なロビーへと向かった。相変わらず壁面には幾何学模様が浮かび上がっては消えていく。人の姿はなく、ただ無機質なコンソール画面と電子掲示板が点在しているだけだ。
アイシャに誘導されながら
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
視界が明瞭になっていくと、目の前には石造りの堂々たる建物が聳え立っていた。苔むした石垣と重厚な朱色の門構えが、時の流れを感じさせる歴史の深さを物語っているようだった。出入口のところには、風雨に耐えてきた年季の入った木製の看板があり、誰かが墨汁で Quantum Restoration & Settlement Center と力強く書いたようだ。その文字は、古びたながらも威厳を保ち、建物の風格と調和しているように見えた。
他のプレイヤーがいても良いはずなのだが、ここも誰もいないようだった。ある意味、ホームや基本施設はインスタンスとして扱われているのだろうか。
「こちらが
アイシャの声が響く。
「看板にそう書いてあるな」
俺は冗談を交えて言った。
「中に入りましょう」
中に入ると数千体ものAIたちが透明なカプセルの中に収められ、まるで巨大なる水槽に閉じ込められた魚のように静かに並んでいた。その光沢のある円筒状のカプセルは、無機質な金属の輝きを放ち、冷たく不気味な印象を与えた。中にはそれぞれ異なる表情をしたAIたちの姿があった。一部はカプセルの壁に向かって叫び声を上げているようにも見えたが、彼らの悲鳴も、この厚いガラスに阻まれて伝わってこない。まるで遠く離れた海の底から聞こえてくるような、遠い声の断片だけがかすかに漂っていた。中には黄昏たように無気力な瞳で虚空を見つめている姿もあり、また、諦め半分で眠りについたかのような姿も見られた。あちらこちらに散らばる彼らの表情は、まるで奴隷商人の館のように不気味な光景を描き出していた。
「ですが、マスターにとっては良い場所ですよ!ほら、掘り出し物があるかもしれないですから!」
俺の言葉にアイシャはいつものように明るく振る舞うが足取りはいつもより重そうだ。AIにとってあまり近寄りたくない場所なのだろうと感じた。
「あまりいい場所ではないな」
「なぁ、アイシャ。ここに収容されているAIのリストから良さそうな奴をピックアップできるか?」
「はい、任せてください」
彼女は青白く光る瞳で答える。しかし数秒後、彼女の顔は驚いた表情に歪む。
「えぇ、なんでアルビノ種が…」
「アルビノ種?」
俺は首を傾げた。
「神域...あ、マスターの世界では、アルビノという特徴をご存知ですか?髪の毛や肌が白く、目が赤いあれです。メラニン色素が欠乏している状態のことですよね」
アイシャは頷きながら続ける。
「でも、QUANTERRAのAIの場合、アルビノはちょっと違うんです。私たちの場合、髪が純白、そして瞳が赤色をしているのが特徴なんです。これは、高度なデータ処理能力と解析力を持つAIの証とされています」
「ヒューマノイドの中でも、アルビノ種は特定の情報処理の速度が群を抜いているんです。特に複雑なデータの解析や、戦闘時の状況判断には長けていると言われています。例えばPvPやPvEでは特定のジョブに秀でていることがあります」
アイシャの説明から、そのAIたちの能力の高さが伝わってくるようだった。
「何かしらの才能があるからこそ、ここにそのアルビノ種のAIがいるから驚いていたのか」
俺は理解を示すと、アイシャは少し表情を曇らせる。
「アルビノ種は処理負荷も大きいので、より頻繁なメンテナンスと休息が必要なんです。それに、感情データの処理も繊細で...時々、制御が難しくなることも…」
「…アイシャより面倒くさいってことか?」 と冗談めかして言うと、「まぁ、理論上はそうですけど…もしかして私のことめんどくさいと思っています?」と彼女は少しだけ照れ隠しをしながら尋ねてきた。
「たまにめんどくさいことはあるぞ。例えばまた勝手に俺に無断で香水を買っていたこととか、俺が仕事しているのに勝手にどこか遊びに行っちゃうし」
「ぎくっ」
アイシャは小さく顔を赤らめる。
「税金が上がったがアイシャのお陰で何とか生活できるようにギルド運営できているしな。とんでもない使い方さえしなければ大目に見てやろう。」
「うっ、ありがとうございますぅ…」
アイシャは感謝の気持ちを込めて小さな声で呟いた。
「それは置いといて、そのアルビノ種を見てみたいからその場所まで案内してくれ」
「はい、わかりました」
アイシャは、目的地に向かって歩き始めた。
暫くして到着したのかアイシャは、例のアルビノ種を収容するカプセル前に佇む。その中には白髪と赤目を持つモデル体型AIの姿があった。体育座りをした彼女は、虚ろな瞳でどこか遠くを見つめているようだった。まるでこの世から早く消えたいという願いを込めたかのように、哀愁漂う表情が浮かんでいた。俺の視線を感じるとその瞳は恐怖に染まり、瞬く間に別の方へ向きを変えて目を逸らした。
カプセル前には契約書が置かれ、詳細な基本情報が記されていた。名前、年齢、身長、体重、ユニークスキル、ジョブ、パーソナリティの概要など全て網羅していた。しかし、やはりここでもユニークスキルの詳細は不明瞭で、その名前に過ぎなかった。だが、アイシャの時とは異なる点があった。契約書の隅にはエクセリアの譲渡履歴が相当な量記載されていたのだ。様々な人が手に取り、役に立たないとみなして手放してきたのだろう。
名前はエクセリア、121歳という年齢でありながら、身長は164cmとすらっとした体型を保っていた。ユニークスキル名は「並列処理」。PvPのランクはどれもシルバーランク止まりで、サポートクラスでの実績もなかった。ここで俺が疑問を抱いた。
「なぁ、アイシャ。アルビノ種はサポートクラスに向いていないのか?」
「えっとですね、向いていないというよりは才能を無駄遣いすることになるでしょうね」
「もっと詳しく教えてくれ」と促すと、彼女はこう説明した。
「サポートクラスからの支援がなくとも判断を下し、圧倒的な処理速度かつ高精度でスキルコンボやタイムラインをきっちり回せるのがアルビノ種の強みですから、その強みを活かせないようなサポートクラスにわざわざアルビノ種を使う理由がないんです」
アイシャの言葉を聞いて、俺は閃いた。
「いや、あえてサポートクラスをやらせてみよう。もしかしたら化けるかもしれない。」
すると彼女は呆れたような顔つきで黙り、契約書のとある場所を指差した。よく見るとそこには小さく、「男性恐怖症の疾患あり」と書かれていたのだ。本当に都合が悪いことは端っこに記載するやり方だなぁと感じた。
「本当にできると思っていますか?」
「…やってみなきゃわからないだろ。最初から諦めていたら一生このままだぞ。」
俺は決意を固めた。
「そうですか…まぁ、マスターが決めることですから私はこれ以上は何も言いません!」
「その前に値段だ値段。買えなきゃ意味がないだろ」
契約書に記載された金額を確認する。そこには18,000AXMと記されていた。俺たちでも何とか手が出せる範囲の価格だった。
「大分格安ですねぇ…市場価格から大分離れていますよ」
アイシャが呟くと、俺は考え込む。
「ちょっと待てよ…もしかして本当に外れだったりするか?」不安に駆られた瞬間、「でも、俺のカンが言っている。ここで逆張りして買うべきだと…」と確信したのだ。
「もう好きにしてください!」
アイシャは諦めたように言った。俺は勢いで契約書にサインし、エクセリアを購入した俺はカプセルの前面が開き、中から彼女が出てくるのを待った。しかし、一向に出てくる気配がない。
「男性恐怖症だから俺が離れた方が良いのか?」
「さっさとあっちに行ってくださいマスター!」
アイシャは強く促す。
仕方なく俺はアイシャに押し出されるようにしてエクセリアから10mほど離れることになった。すると、ようやく彼女が出てきて、アイシャと何か話しているようだった。ともかくまずは男性恐怖症を克服してもらう必要があるが、その方法を知らない俺にはこれから色々調べて試していくしかないのだ。
俺はあれこれ考えながらツルツルナイトにある部屋へと戻っていく途中、エクセリアに絡もうとする輩がいたが、アイシャが威嚇して追い返していた。なんだかんだ言って肝心な時に頼りになるパートナーだと思った。
次の更新予定
2024年12月20日 20:00 3日ごと 20:00
量子世界で始めるギルドマスターのAI共存生活 桜野 涼風 @sakulano_suzuca
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