第46話
殿下の成人の義……女性との交わり方を覚えるための義の日。日が落ちてから行われると思い込んでいた私は、すでに義が始まろうとしていた殿下の部屋にノコノコと現れたのだ。教師を辞する最後の挨拶をしようと。
部屋の前で小さなグラスを渡されて飲むと、途端に声が出なくなった。それは義に使われる薬だと気が付いたのは薄手の黒い布をかぶされ部屋に通された時だ。
初めての女性に未練を持たないように、義の相手となる女性は一時的に声が出なくなる薬を飲まされ、顔を隠す習わしがある。避妊薬を飲んだ、まだ客を取ったことがない娼館の女性が選ばれるのだが、どうやら私はその女性に間違えられてしまったらしい。
部屋にはすでに興奮を促す薬が炊かれていた。侍女たちに夜着に着替えさせられ、寝室へと通されると殿下がもうろうとした様子でベッドの上にいた。
媚薬も飲まされると聞いている。
どうしよう、人違いですと声を出したくても出すことができないまま、ここまで来てしまった。
大切な殿下の成人の義をめちゃめちゃにしてしまっていいの?
どうしたらいいのか分からないまま、差し出された手に手を載せてしまった。甘ったるいお香の匂いに私の頭もぼーっとし始めていた。それから後のことは、よく覚えていない。殿下が私の右手を撫でたときに、驚いたように声を上げ、私の名を呼んだ気がした。
ごめん、でも止められない……無理……薬にあらがえない……。
苦しそうにつぶやく殿下を安心させたくて、私はすべてを受け入れた……ような気がする。
後悔はこれぽっちもなかったけれど、合わせる顔があるわけもなく。逃げ出した。
殿下は私だとは知らないだろうけど、私の方はそうはいかない。気恥ずかしさでどんな顔をしていいのか分からず、逃げ出した。
しばらく隣国を旅していたら、妊娠が分かった。なんてことをしてしまったのかと。
あの時人違いだと言わなかったことを激しく後悔した。
殿下は好きな人がいてプロポーズすると言っていたのだ。それなのに、通過儀礼で子供ができたなんて分かれば、殿下は好きな人と結ばれないかもしれない。大切な殿下の幸せを私が邪魔するなんてできない。
生まれてきたルゥイはとてもかわいくて、ルゥイに殿下の面影を見るたびに、胸がずきりと痛む。
殿下に父親にルゥイを会わせてあげたい。。
いいえ、会ってはだめ。
ルゥイのことが知られれば、社交界では5歳も年上の行き遅れの年増が殿下を陥れたと噂するだろう。
それは両親を傷つけるし、生まれてきたルゥイも色々言われてしまう。それに何より……殿下の心を傷つけてしまう。
ずっと信じてくれていた私に騙されたと……そう思えば傷つくだろう。
と思っているのに。
会いたい。
私、もしかして、殿下のことを好きになってしまったのかもしれない……。
と、恥ずかしい気持ちが日記にはいろいろと書かれていた。
う、うわぁ!なんで殿下と一緒に読むことを許可しちゃったんだろう……!
後悔している私の右手を、殿下がそっと握った。
「すぐに気が付いたんだ……。シャリアだって。この手のペンだこと火傷のあと……」
え?嘘?
あんなに意識がもうろうとしていたのに?
「ちょっと様子が変だったから何か手違いがあったんだとも思ったんだけど……」
1を聞いて10を知る殿下だ。そりゃそうか。
「シャリアが目の前にいて、逃げずに俺の手を取ってくれて……それで嬉しくて……。媚薬で体は押さえられなくなっていて、だめだと分かっていたけど、止めることができなかった……手違いで来たシャリアに手を出してはダメだと……分かっていても……途中からはもう、何がなんだか分からなくて」
「たいの、たいの!」
ルゥイが日記帳をぺちぺちと叩く。
「ああ、次をめくるんだな?」
殿下が日記帳をめくると、下手くそな絵。
「ドアゴンよ」
ルゥイが殿下に教えてあげると言わんばかりにドラゴンと言っている。
「ルゥイ、これは牛の絵だよ、今度ドラゴンの絵を見せてやるからな」
殿下の言葉にむっとして膨れる。
「殿下っ!ルゥイに変なこと教えないでください。これはドラゴンの絵なんです、牛じゃな……」
膨らんだ私の頬を、殿下が両手で挟んだ。
「もう、子供じゃないからな……」
そして、殿下が優しく私の唇に、触れた。
==========
ご覧いただきありがとうございます。
とりあえずの最終話です。(コンテスト応募用6万文字以内規定のため)
本当は3年間のことやこの後のことも少し丁寧に書きたかったんですが……。
後ほど追加するかもしれません。
ここまでご覧いただきありがとうございました!
記憶を失った切っ掛けですが……実は改稿前は前世日本の記憶を思い出した設定があり、脳内メモリー超過のためみたいな話でしたが、改稿にあたり前世設定なくしたため記憶を失った切っ掛け部分が削ってあります……殿下が結婚すると聞いてショックのあまり……もしくは階段から落っこちて頭を打ち……くらいになるかと思います。
★評価していただけると嬉しいです★
三年分の記憶を失ったけど、この子誰の子?~皇太子の語学教師~ とまと @ftoma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。三年分の記憶を失ったけど、この子誰の子?~皇太子の語学教師~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます