ステージ
鮎田 凪
曲間5分
「お願い!ライブ来てぇ!」
大学の学食でみっともなく大声を上げるのは私と同じ経営学科の優香だ。
軽音楽部に所属していて、セミロングの茶髪にアニメでしかみないような大きな瞳をしている。
パートはギターだが別に上手くはない。
「いくら?」
「2,000円プラスワンドリンク!」
「きびしいな......」
「年に一度のお願い使うから!」
「わかったよ」
一生に一度じゃないのかよなどと脳内でツッコミを入れていたら上手く乗せられてしまった。
音楽は嫌いじゃないし、他のバンドに好みのものがあれば良いなといった宝くじだと思えば苦でもない。
「じゃ、今夜20時から下北ね!」
行くと伝えた瞬間、優香は表情を変えてそそくさと立ち去ってしまった。
現金なやつだ。
19時半、つまらない話を聞くだけの講義が終わり下北沢に着いた。
この街はいつ来ても楽器を背負った見た目だけは個性的なバンドマンと珈琲豆を焙煎した好き嫌いの分かれる匂いで満ちている。
優香が出演するライブハウスは古着屋ばかりの通りを半ばで曲った先の、実はそこまで安くない黄色いディスカウントストアの向かいにあった。
地下一階に降りてバンド名を伝え、しっかりと優香の客として入る。
ライブハウスはお世辞にも大きいとは言えず、PAの調整にも限界があるため演者の実力が問われるタイプだ。
ライブが始まる。
暗転と明点の繰り返しに、愛だの恋だの抱いた抱かれただのという安物の感傷を満たしてひび割れた花瓶に注ぐ水のような歌が続く。
またこれだ。
いつしか素直に聴けなくなって、のめり込むほどに一歩引いたところから見るようになってしまった。
これは憧れすぎか、美化しすぎか、求めすぎの病なのだろうか。
ここに2,000円の価値はあったのだろうか。
考えるだけ無駄なのだろうと思い、一番後ろでドリンクに口をつけたりつけなかったりしていた。
ついに優香の番が来る。
5バンド出演の3番目なので折り返しだ。
曲は全部で4つ。
どれもドラムのカウントから入ってイントロはどこか外れた優香のリフ。
ドラムのキックは弱くベースはデカすぎて不快で、ボーカルもぎこちない。
間違いなく今日の演者で一番下手だろう。
このバンドにお金を払ったのかと悲しくなるほどに。
優香の出番が終わり次のバンドが入ってくる。
SEはモンキー・マジックで垢抜けない男女三人。
一曲目と二曲目はゆったりとしたバラードで、優香に労いとお世辞の混じった言葉を送っていた。
そして二曲目が終わった後、MCを始めていた。
誰に向けているのかもわからない口ぶりでただ、58の先を見つめながら吐露していた。
「この中の一体何人が歌詞を考えながら聴いているのでしょうね」
「一体何人が聞き取れる歌を歌うのでしょうね」
「僕は結局、愛だの恋だのは真っ当に歌える気がしなくて」
「共感ってのが大事なのはわかるけど安いグラスに水を注いでるような気がして、そこから漏れてしまうような気がしてどうも歌えんのですわ」
「きっと僕が見たいのは」
「煙草の煙で視界不良のセックスの歌なんかじゃなくて」
「火種がプラスチックに落ちるような、スローモーションで透き通った、実在したかも不確かな女の子の曲なんです」
そのボーカルはずっと58を見つめていた。
でもずっと、私を見ている気がした。
全て話し終える寸前でドラムは全力でイントロを演奏し始め、ブチブチとベースが鳴る。
それに誘われるように、シャリシャリとしたギターが響き、混ざった。
そこからはよく覚えていない。
2曲続けて演奏して、なにも言わずにステージから去っていった。
次のバンドは聴かなかった。
聴きたくなかった。
次の日からあのバンドのSNSやCDを探し回ったが見つけることは無かったし、目立つ大きなステージに立つこともなかったのだろう。
テレビの音楽番組には未だ、ロックを騙るよくわからないバンドが出ている。
あの日、彼が話した理想論は正しかったのだろうか。
あの場にいた何人に刺さったのだろうか。
わからない。
ただ私は、気づけばギターを買っていた。
ステージ 鮎田 凪 @nagi-ay
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