雨妖精の妹
海音まひる
雨妖精の妹
「まだ歩くの?」
「ああ、水が集まってるのはもう少し先だから」
先を歩いている
二人の妖精は、雲の端を歩いていた。
地上が見えないほどの、はるか上空で。
雲の上に棲んでいる。
雲の中でも水の集まっているところに行って、雨を降らせるのが仕事だ。
だから
後ろをついてきているのは、妹の
半人前の妖精は修行をするのが常だが、彼女はいつも
でも、二人は何も気にしていなかった。二人は、お互いさえいれば自分たちの生活は満ち足りていると思っていた。
「風が強いから、気をつけて」
返事はなかった。
風で彼女の声が聞こえなかったのだろうと
そこには誰もいなかった。
ただ茫洋と灰色の雲の峰が広がるばかりだった。
そこから、どこをどう歩いただろうか。
気がつけば
水はすでに限界に近いほど集まっていて、フルフルと震えていた。
伸ばした
目の錯覚だと
自分は、雨妖精だ。
雲の中でも水の集まっているところに行って、雨を降らせるのが仕事だ。
——しかし。
前触れなくフラッシュバックする光景。
果てしなく広がる無人の雲……風の音が轟々と……
けれども、すんでのところで思いとどまった。
つかんだ水を手に、雲の縁まで歩き、膝から座り込んだ。
水を掌で丁寧にほぐし、さらに細かくちぎり、粉々に砕いた。
まだ気は済まなかったけれど、限界まで小さくしてしまったので、粒を地上に撒いた。
地上には、霧のような雨が降った。
一人の詩人が上空を見上げた。
「——空が泣いている」
限界に近いほど集まっていた水は、なかなかなくなってくれなかった。
だから雨は延々と降り続けた。
この、雨妖精としての生活は明日も続くのだろう。明後日も来週も、来月も来年も。
あの子が自分の前から姿を消しても、世界は歩みを止めてくれない——
「どうしたの。そんな顔して」
顔を上げると、夜空に輝いていたのは
「……妹がいないんだ」
「それってずっと?」
「いや、今朝から」
「ふうん……」
「それなら、追いかけないの? 追いつくかもしれない」
「……追いかけられたら、どんなに楽だろう。雨妖精には雨妖精の生活があるんだ。妹を探しに行くことは、そこに含まれてない」
「ふうん。妖精って大変なのね」
ふと気になった
「君は、誰かを追いかけているの?」
「ええ、追いかけているわ」
いったい誰を、と
「
彼女の赤い
「何万年かしら……? 覚えてないわ。何万年もの間、ずっと追いつけてないの」
「……諦めないの?」
「諦めるとか、そういう感じじゃないわね。彼を追いかけることが、私の生活そのものなの」
どんどん位置を変えていく彼女に合わせて、
「……星座って、もっと不自由だと思ってたな。みんな東から昇って、西に沈んで」
「あら、みんな自由に動いてるわよ。例えばあそこ、
そう言って
「……みんな、大切な人といたいんだね」
君も、僕も、と
「……君に会えてよかったよ」
「あら、光栄ね」
低空の
朝が来ようとしていた。
いつの間にか
雲が虹色に輝いているのは、
もう二度と、見ることはないだろうから。
そして、ポン、と。
あまりの距離に、一向に近づいているように見えない地上。
……あそこはどれくらい広いのだろう。
すぐには出会えないだろうか。
いつまでも出会えないだろうか。
——いや。彼女とともにいられるその日まで、風を追いかけ続ける。
それが自分の新しい日々だ。
雨妖精の妹 海音まひる @mahiru_1221
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