後節


 俺たちが友達になってから三年半。

 あの頃とは違い、鮮やかな色が取り戻されていく、麗らかな春の訪れ。

 そして必ずやってくる、別れの季節。

 俺たちにもいつかは、別れがやって来る。そんな気は友達になった頃からでさえも薄々心の中では感じていたけれども、有り余っていると錯覚してしまうには十分な三年半の年月のおかげで、俺は最後の最後まで、別れについて何も考えずに過ごしてき

た。ただ、それも当たり前だったのかもしれない。

 前述した通り、俺の青春、つまり輝惺と過ごした日々はとても濃密なものだった。

 ハロウィーン、クリスマス、お正月といった大型の行事から、どんな小さな行事でも、二人で全力で楽しんできた。

 濃密な時は足が速いというのは、今の俺にとって最大の皮肉になるに違いない。


 彼が別れを切り出したのは、卒業式のわずか三日前のことだった。場所は何となく散歩していたところ。そして奇遇にも、いや、必然だったのだろうか、輝惺と初めて話した、あの竹林の場所で、だ。


 「なぁ、君」

 「んだよ。急に改まって」

 「僕だって改まりたくなる時くらいあるさ。どれだけ生きていたって仙人になった訳でも、神になった訳でもない」

 「…… 詰まりは、何が言いたいんだよ」

 「僕は結局、人間のままだということだよ。知識や経験がうんとあったって、人間以上の存在にはなれない。平安時代の頃の無知な、普通の人間の時と変わらない、ちっぽけな人間。きっと今ここで消えてしまったって、誰も気づかないし、困らない」

 「本当に何言ってんだよお前!意味わかんないぞ。神にでもなりたいのかよ」

 「成ってみても、悪い気はしないかな」

 「は!?…… 無理に決まってんだろ。お前は人間だぞ」

 「あぁ。仕方がない。人間でいるのは、仕方がないことだ。僕は今、生きているのだから」

 「お前………… 」


 俺は一瞬、コイツが何を言いたいのか分からなかった。当たり前のことしか言っていない。

 生きているから、人間なのは当たり前の話だろ?


 と、俺の頭に電流走る。

 清水先生の言葉が、俺の脳を駆け巡った。

 授業の中で何回も繰り返して言われていたから、どうやら勝手に作用してしまっているらしい。


 『分からないときは、引っくり返して考えろ』

 と。


 考える。引っくり返してみる。

 『生きているから、人間』→ 『死んでいるから、神』…………………… 。


 天啓。


 「きっ、輝惺!?お、お前…… お前まさか!!!???」

 「ほう。頭の悪い方だと思っていたが、いつの間にここまで頭の働く奴になったんだ君は。さすが、京大に受かっただけはあるかな。僕としては、素直に感心せねばならないのだろう。悔しいけど、これは僕への安心要素でもある」

 「お前はいつまで経っても周りくどいな!はっきり言え、馬鹿野郎!!!」

 「やれやれ、分かってるだろうに。君の強情な性格も変わってないねぇ」


 あぁ、分かってるさ。でも、信じたくない俺が、否定している。

 だからよ。所詮俺に負けるようなおまえじゃないだろ。

 言えよ。俺を否定しろよ。

 それくらいの覚悟を持ってるんなら、俺を負かしてから…… 行けよ。

 さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。さぁ。

 さぁ!来いよ、須天羅輝惺!!!


 と。


 そうやっていき込んでいた俺に突如、死んでしまうかのように、過去の走馬灯が一瞬で俺の頭を、駆け抜けていった。


☆★☆★☆★☆★


 俺と輝惺が初めて話して、そして友達になった中三の秋。

 俺と輝惺が交わした契約。

 それが俺と輝惺が過ごした濃密な時間への、答えだ。


 『では…… 、契約を発表する。至って単純だ。僕を楽しませろ』

 『友達から主従関係に一瞬でランクダウンした!?』

 『そうではない。…… あぁ、君は何でも説明しないと分かってくれないのかい。そこそこ面倒なやつと友達契約を交わしてしまったものだ。…… 簡単に言えば…… 』

 『言えば…… ?』

 『僕と………… 遊んでくれ。…… それだけだ』

 『もうこれ以上キャラを被せるな。ショタ・ジジィでオタクでツンデレでメンヘラ男の娘の鬼神魔王戦士、須天羅輝惺』

 『全部余計だが、後半はほぼ虚言だろ!!取り消せよ、今の言葉!!!』

 『分かった分かった。遊ぶ遊ぶ。それでそれで、どうせ条件はそれだけじゃないんだろうどうせ条件はそれだけじゃないんだろう』

 『もう突っ込みたくない程の粘着性じゃないか。本来それは僕の役のはずなんだけれど…… 、良いだろう。条件というか、追加ハンデだ。もし僕がこの人生をもう楽しめなくなってしまったら…… 、死なさせてもらう』

 『………… え?………… は?………… いやいやいや』

 『君の言いたいことは分かる。僕は不老不死だから、死ねないのではないかと』

 『いや、その、そうじゃなくて、俺にかかる責任重すぎなのではないかと…… 』

 『…… 君の苦労も訴訟も、一切気にしないと決めているんだ。君を道具としてこき使う覚悟がなければ、僕の人生は一番楽しいモノにはならないと思うから』

 『………… 』

 『今までは、他人に気を遣ってきた結果詰まらない人生しか送ってこなかった。だからだ。理解してくれ』

 『…… 分かった』

 『ありがとう。…… 話の続きだ。確かに僕は不老不死だが、ここ百年で医療技術は目覚ましい進歩を遂げている。ここで僕は一つ、試していないことがある。死ねるかどうか試してみる時、いちいち精神をすり減らすので近年は試していなくてね。死ね

なかった時って、すごい疲れるんだ』

 『近代医療で、死ねるのか?医療で人を殺すのは犯罪じゃないのか?』

 『日本では、な。スイスなど北欧では、一部でも合法とされているそうではないか』

 『……安楽死、か』

 『そうだ。昔は毒を盛ってみたりもしたが、その時の抽出方法では中途半端な毒のせいで一週間苦しむことになったよ。あれは本当に死にたくなった…… 』

 『すごい皮肉だな、それ』

 『うむ。だが今の技術なら、もしかしたらころっと死ねるかもしれないかと思うんだ』

 『ふーん、まぁその時はその時だな』

 『だね』


☆★☆★☆★☆★☆


 あぁ。

 俺は今まで、何から何まで勘違いしてしまっていたんだろう。

 これでは契約違反…… 親友として、失格じゃないか。


 …… あの時はそんな軽口で適当に流したけれど。

 あいつも軽く流していたように見えていたけど。

 俺はいつの間にかあいつの事を人間より上の存在として見ていた節があったが、やっぱりあいつも、人間なんだ。


 人間だから、怖いんだ。


 あいつ…… 須天羅輝惺は、俺から逃げている。だから、俺が「来いよ」だなんて受け止める姿勢でいても、上手く会話は繋がらなかったんだ。そしてとうとう、黙ってしまった。


 ならば。


 あいつを生涯楽しませる友達の俺として、あいつの人生をこんな気持ちの悪い終わり方にさせちゃ、ダメだ。


 「………… のかよ」

 「ん?どうした」

 「お前の人生の結末が、そんなころっと死ぬようなお粗末なもんで、本当に良いのかよ!!!」

 「………… 」

 「俺の眼を簡単に誤魔化せると思うなよ。この三年半、ずっとお前を見てきた、この双眼を。それに心の眼も、だ。バレバレなんだよ。お前は…… お前はそうやっていつも思ってもない事を口に出して、平然とした偽りの面を俺に見せる。どれだけ長い時の中過ごしてきたか、そしてどんな気持ちで時の流れに身を任せてきたか、抗ったのか。お前の思ってる通り、俺には分かんねぇんだろうよ。だけど、それでも!………… お前のそうやって抗ってきた痕跡は、泥臭くったって、クッソ綺麗に見えんだよ、俺には!!!」

 「…… 全くだ。それをいまの現代社会人にも聴かせてあげたらどうだい、きっと賛否両論に分かれて戦争になると思うよ。人間は結局愚かにしか生きれないんだね。………… でも、錯覚を起こすことは出来る。偽りでも、どうやら僕は君に希望なるものを与えられたようだ。僕はもうそれで十分だよ。それでもう、僕の生きた道は誰かが通る道にもなれたんだから」

 「だからって…… 卒業式前は無いだろう。せめて俺との…… 学生としての俺とのケジメを付けてから行けよ。俺だって…… 寂しいよ。一人だけで満足はさせねぇ。ちゃんと俺の人生まで、背負ってけ」

 「……完敗だ。君の言う通りだよ。このまま逝けば、僕の美談に傷が付く。そうだね。僕の人生の、僕との最後の闘いだ。…… 泥中に咲く美しい蓮のように、傷付ける棘を持ち合わせる薔薇のように。フィナーレと行こうじゃあないか」

 「…… やっぱ輝惺は、こうでなくちゃな」

 「あぁ…… 。嫌な役をやらせてすまなかった。ごめんね………… 親友」

 「…… 悪く無い響きだ。でも、少々湿っぽいな。………… 最後は『ありがとう』だろ?」

 「ふっ。変わったのは君だけだと思っていたけど、今気付いたよ。比較対象を君にしていたから、君が早すぎて気づかなかったんだろうね。僕もどうやら、変われたみたいだ。…… ありがとう」


 竹林には、百二十年咲かないと言われている竹の花が、ひっそりと、それでも力強く、華々しく咲いていた。

 そしてあの時のように風が吹いて、竹葉たちが擦れ合って騒めき立つ。

 青々とした世界の領域中に、薄桃色の春の欠片を持ち込む。


 風が、竹が、花が、色が、ましてや世界までも、俺たちを祝福した。


 この時、俺と輝惺は恐らく、人生で一番笑い合った。

 どんなことより、胸を張って言える。


☆★☆★☆★☆


 「…… 須天羅輝惺との青春は、誰よりも素晴らしいものだった、ってね。全く、高校生時代の恥ずかしい台詞をここまで言ってしまうとは、やっぱお酒は怖いですね。

程々にしなきゃ」

 「…… で、結局輝惺はどうなったんだ?」

 「分からないと言ったじゃ無いですか。まぁ、卒業式は俺とちゃんと行きましたけど。後分かることと言ったら、前にも言った通り、俺に行き先を教えないまま自分探しの旅に出ちゃった事だけです」

 「自分探しの旅というか、それもう自分を見つけちゃってるよな?」

 「えぇ。あくまで表向きの名前ですから」

 「ふーん。あいつの知ってる事とか、今更気になっちまったな。どうせもうこの世にはいないだろうに。極力悔いの無いようにしてる人生にトマトソース並のどうしようもないシミが出来ちまったよ」

 「はは。輝惺はやっぱ、下ろしたてシャツみたいな人生してますよね。ほんと……あ、メール。今時メールなんて誰からだ?」

 「ん?…… お前のケータイの待ち受け、卒業式か」

 「あ、はい。輝惺とツーショットで、撮ってもらった奴です。未練になるかなと思ってたからか、あいつとの写真はこれが最初で最後でした、け、ど………… 」

 「どうした、メールを開いたまま固まって。何が書いてあった」

 「あ、いえ…… 。それより先生。俺、先生になります」

 「…… ? 何言ってんだ。とうとう初酒に脳みそをやられたか」

 「違います! 正確に言えば、教師になります。それも、先生みたいな先生になりたいんです」

 「今の俺を見て言わないでくれ。俺もお前も、格が下がるぞ。…… でもまぁ、輝惺風に言うなら、『僕はもう十分だよ。それでもう、僕の生きた道は誰かが通る道にもなれたんだから』…… かな」

 「カッコよく言っても、輝惺みたいには全然なれてないですよ。表情筋緩みまくってるじゃないですか」

 「ふっふっふっふっふっふっふっふ…… はーっはっはっはっはっは!」

 「うるさいですね…… 」


 輝惺のような人生に悩んでいる子供を救うことのできる人間になりたい。

 そんな夢を持って、ドリーマーである清水先生に近づきたいと思ったのは、輝惺が居たからこそ必然的になったのだ。


 と、しみじみ感傷に浸っていると。

 寒風が、せっかく暖まっていた店内を掻き乱すかのように吹き込んだ。

 と同時に、ガラガラと音を立てて昭和を感じさせる磨りガラスの入り口が開く。


 「らっしゃい」


 奥に引っ込んでいた店長が、言葉はぶっきらもうでもわざわざ厨房から顔を出して新客に声をかけた。

 客は目深に被っている帽子と外の吹雪もあって、店に完全に入っていない今では顔すらまともに見る事はできない。しかし、人影は西洋化してきている今の日本にしては少し背が低いように見えた。


 「一人、で………… 」

 「もう誰も来ないだろうから、どこでも座ってくれ」

 「………… ?」


 容姿から察するに男と見たが、彼は店主の言葉にガン無視を決め込んで言葉に詰まって突っ立ったままになって、そのまま動かなくなった。そのせいで、冷気が俺の脳を酔いから呼び戻し、頭が回転し始める。


 あぁ。

 そんな事って、有り得るのかよ。

 今までの話に勝手に結びつけているだけだって分かっている。

 確かにあいつは顔を見なければ、外見に特徴などほぼ無かったし、顔に付属している双眼で見分ける事は不可能だ。

 でも、俺になら。あいつから許された心の中を、心の眼で見る事は、勘としてとても容易に働いた。


 「…… どうやら、お前が一級フラグ建設士故の必然的な現実だったようだな」


 そして全てを分かっていたかのように、清水先生が呟く。本当にこの人は、あいつ並みに人間離れしている。まぁ、だからこそ。俺と、そんな清水先生が居たからこそ、彼は導かれたのではないだろうか。


 「ふふふふふふ。同窓会の終盤にでも参加してやろうと思っていたが、まさか時差を忘れていたとは、僕の人生失態ランキングでは指折りにランクインしてしまったよ。なんせ、親友と会える唯一のチャンスだったのだから。でも、神様も見捨てたもんじゃないね。こんな必然の出来事を、こんなにも早く実現させてしまったのだから」


 あいつの声。

 あいつの口調。

 あいつの嫌味。

 …… 「親友」。

 もう何もかもが懐かしい。


 どうやら風は、俺たちを季節問わず祝福してくれるらしい。

 だって、冷たい風が夢を現実に変えてくれたのだから。


 この同窓会があった日を、俺は一生忘れない。

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青竹物語 yakuzin. @gyagyagya

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