中節
「静かな問題児」。
それが学校中で認知されていた、須天羅輝惺のイメージだ。
イタズラも、イジメも、暴行も、器物破損も行わない。
ただ、先生の言うことに従わない。
何気に中一の頃からクラスは完全に被っており、そんな風に三連続も同じクラスに
なった奴は輝惺以外にはいなかった。
それなのに、俺は彼とは一度も話した事がなかった。というか、俺だけではない。
きっと誰もが、彼と同じクラスになったとさえしても、話すことはなかったと思う。
成績優秀。容姿端麗。そんな壮大な言葉すら、輝惺には足元にも及ばないようにすら感じられるほどの、超ハイスペック学生。
笑えば男でも惚れてしまうような美顔のくせに、常に仏頂面で(しかもずっと眉を
寄せて、嫌そうな顔で)無口。それでも恋心や玉の輿を諦め切れなかった二十人の女子を振ったという伝説もある(クラスのバカ友調べ)。
休み時間は飯も食べずにオカルトチックなサイコロ本を読み、挙げ句の果てにはどこか近づき難さを感じるオーラを常に周囲約2m に渡って帯びているような、そんな奴だったからだ。
教師陣も彼の対応には頭を悩ませていた。何を質問しても先生が根負けするまで絶
対に答えないし、なにより先生の言うとおりに行動しないのが厄介で仕方がなかったようだ。
いつしか、教師達は彼を無視し、授業を受けなくとも成績は良く、指導をすることもあまりなかったからか、まるで元から「居ない」かのように接するようになった。
そんな事ももう当たり前になった、中三の秋。
一般の学校から見ると珍しい、敷地内にある「皐月園」と言う庭園。馬でも競走っていそうな名前をしているが、それは置いておこう。
俺たちは美術の授業で、好きな風景をスケッチする課題を出されていた。
秋という事で見事な落葉をスケッチしようと、一箇所にクラスメイトがぎゅうぎゅ
う詰めになって、黄金と紅に染まった空を見上げていそいそと手を動かす。
俺は反抗期というか何というか、兎にも角にも皆と同じようなことはしたくなかった。皆より違う事で、評価されたかった。
孤高の存在というものに、俺は憧れを抱いていたのだ。
…… と言っても、俺は残念ながらそういった天才的な能力は生まれながら持ち合わせていなかったし、秀才的な血の滲むような努力をしてきた訳でもなかった。
しかし、俺は皆の周りから離れることで既に簡易的な孤高の存在と化してしまって
いたのだ。
あれも違う。これも違う。自惚れた俺の目に叶う風景は、庭園の中には何一つ見つからない。どれもこれも普通過ぎる。
言ってしまえば描く事が何も決まらず、只々ブラブラと彷徨っているだけの俺を立
ち止まらせたのは、自然の中に佇む、謎の人影。
俺は、誰も興味を示さないような竹林の中で、丁度尻がすっぽりはまるくらいの石
に腰を下ろし、生気の無い目で、竹の葉がザワザワと騒ぎ立てる様子を見つめていた奇妙な男− 輝惺− を見つけた。
「絵、描かないのか」
実はそれが、俺が輝惺に初めて話しかけた言葉だった。
「…… 普段の様子から見て、僕が先公の通りに従うと思うかい」
「じゃあ、何してるんだよ」
「死んでる」
「…………………… は?」
こいつは何を言っているんだ。そう思った。
日常会話の九割バカを言っている友達になら、笑って返してやったに違いない。
だが、生憎俺はコイツの取扱説明書なんぞ持っていなかったし、何か返答を示した
後にどういった反応をされるか、俺には全く想像もつかなかった。
その末俺は何も言う事ができず、ただ竹葉の騒めきを聴くことしか、この空間の気
まずさを消し去る方法を知らないまま、時間だけが過ぎて行く。
しばらく経って、気まずいから渋々という様子ではなく、ただ俺がそこにいる事を
邪魔くさく思ってなのか、そこらのトラックぐらい重そうな口を開いて話し始めた。
「…… じゃあさ、何も知らないでお気楽そうなその脳味噌に問おう。人という生き
物は、必ず死ぬ。無論、言わずもがなって奴さ。それでも、その当たり前が覆されて
しまったら…… 。人間は、どうなると思うかい?」
「そりゃあ…… もっと生きられるようになって、嬉しいんじゃないか?」
深く考えると裏目に出る気がしたので、思った事を率直に答えた。
「はぁ………… 。こう問えば皆そう言うんだ。もうちょっと後先を考えてから答え
たらどうなんだい?全く、最近の若者は当たり前の因果関係ばかり、奇想天外な発
想を思いついたようにペラペラと興奮して口に出すね」
少しムッときた。何もそこまで言わなくたっていいじゃ無いか。
「当たり前の事を言っても何が悪いんだ!後、お前も同年代のくせに何大人ぶっ
てんだよ!」
「あのね、君は知らないからそんな事言えるのさ。無知は罪だよ。無知の知を理解
するべきだね」
「無知の知って何だよ!ムチムチかよ!確かにムチムチは良いけどよぉ!お
前の年齢事情なんて知らねぇよ!!…… て言うか、マジで同年齢じゃないのか?」
「ああ、違うね。ついでに言えば、ムチムチは好きじゃない」
さらっと衝撃の事実を言い渡される俺。
二つの意味で、引いた。
ますます、俺の中での輝惺像は謎に包まれていってしまうどころか、ボロボロと崩
れていってしまっている。輝惺ってこんな奴だったの…… ?
「と言うか、こんなマル秘情報みたいなのを何も知らない俺なんかに流して良いの
か?最悪政府とか裏組織にサンプルか実験台にされるぞ?」
「君はこういう事には頭が働くんだねぇ。ま、問題無いよ。君みたいな馬鹿がそん
な腰の抜けるような恐ろしい集団と肩を組んでるとこなんて想像できやしないから。例えそんな恐ろしい集団でなくても、君が真剣に友達に『須天羅輝惺は不老不死だ!』なんて話したって、君の信用度的にも話の信憑性でも冗談としか思われない
さ」
「否定できないのがまさに嫌らしい大人ってって感じだな…… 」
よく考えればそうだ。こいつはもしかしたら中二病患者で自分の考えた設定を真剣な顔で言いふらしてるだけかもしれないし、普通に冗談を言っているだけかもしれない。最初に俺は先ず、こいつの言っている事の真偽を疑うべきだったはずなのだ。それなのに、俺は何故か即座にこいつの話を信じ切ってしまっていた。
場のノリで信じてしまったということでは無い。彼の双眼は真実を嘘ひとつなく語っているとわかる目つきをしていて、それでいて何かを達観しているかのような、乾いた瞳だった。…… まるで何百年も世界を観てきた、神様のような。
「…… はぁ。真実を言うと、僕の場合、今の話は例えじゃない。僕という人間は、
丁度この竹のような存在だ」
そう言って輝惺はゆっくりと立ち上がり、静かに、一本の竹を愛でるように手をか
ざして、撫でる。
「平安時代、僕は普通の貧しい農民の子供として産まれた。その頃の普通の子供と
して育てられ、普通に育てられた。…… 普通で無くなったのは、恐らく十五歳の頃
だ。竹林で一人で竹を刈っていたら、微妙に光っている竹を見つけた」
「それってかぐや姫?」
「そう言おうとしていたんだよ!いちいち会話を遮るな!」
「す、すいません…… ?」
やけにこだわりの強い奴だ。というか、話が壮大すぎて怒る気にも突っ込む気にも
ならん。平安時代ならこいつは千歳以上って事になるぞ…… !?
「まったく…… 。…… で、僕はそれを切ってしまったわけだけど、中から出てきた
のはかぐや姫でも何でもなくて、ただの灰だった。どうしてかは知らない。そもそも
人間が出てくる方がおかしいし。でも灰が出てくるのも変だし、呆然と突っ立ってい
たわけだ。そしたら風が吹いてきて、灰が顔にかかって、誤って飲み込んで、この有
様さ」
「不老不死になったと」
「ああ、そういう事」
「…… 何か、あっさりし過ぎでは?」
「悪かったね、あっさりしていて!頭の悪い君にも分かるように難しい話は省い
たんだよ!もっと僕の配慮をありがたく思え!」
「はいはい、分かりました分かりましたショタ・ジジィ」
「何だねそのあだ名!ロリババアの男バージョンか!?煽ってるんだね!そ
うなんだね!?」
「あれ、古代の人なのに、そういうオタク単語もわかる人でしたか。伊達に長生き
してるわけじゃないんですね〜」
「まぁ一応生きている限りはこの社会にも適応しなきゃいけないし!?べ、別に
好きでやってるわけじゃないんだからねっ!?」
「出たよツンデレ!さては平安人さん、ちゃんと現代のニッチな文化も学んでい
らっしゃるんですね!いとをかし〜!」
「平安をバカにする気かー!」
自らの土俵に持ち込めたのが気持ちよくて、ついつい煽ってしまう。でも俺が本当
に言いたいのはこういう事じゃなくて…… 。
「はははは…… はぁ。でも、別に非難してるわけじゃないぜ。さっきも『死んで
る』なんてこと言ってたけど、結局この時代を『生きる』事を楽しめてるんなら、そ
れで生きてる価値が見出せてるって事じゃないか?」
輝惺は何か言い返そうとして、一秒後には思い直したのか、諦めたのか、溜め息を
吐きながら顔を隠すように手をかざし、石に座りこんだ。
だから、彼がどんな顔をしているのかは、俺には分からなかった。
世界に一人だけ。輝惺自身だけが、知っている。
「…… 君は本当に馬鹿だ。実に浅はかな答えだね…… 。でもまぁ、その場しのぎく
らいにはなる答えだ」
「輝惺………… 」
多分、輝惺なりの褒め言葉なのだろう。これは、俺を認めてくれたって事で良いの
だろうか。
「全く、僕なんかに絡んでも良い事なんて一つもないのに…… 」
「そんな事ないさ。輝惺と話してると、凄い面白いしワクワクする。もっと聞かせ
てよ。輝惺の今までの人生」
「………… フッ。後で後悔しても知らないよ」
相変わらず、輝惺がどんな表情をしているのかは分からない。でも、気持ちは声に
乗って、隠しきれていない。何処となく、嬉しそうな声だった。
「ああ。望むところだ」
「分かった。ならば遠慮はいらないだろう。早速僕から、条件を出させて貰おう」
「゛え〜、初手から…… ?」
「ふん。もう根を上げるというのか?僕との友情はお遊びだったということか…
…」
「あーあー分かった分かった!面倒臭いなお前は!メンヘラちゃんかよ!で
もそういうのも悪くないっ!もうこの際どうでも良い!どんな条件でも呑んでや
るよ!」
「…… そ、そうか。では…… 」
俺の強気な言葉に気圧されたのか、輝惺は小さく呟いて語り始めた。
風が吹いて、竹が身を揺らす。拍手するように竹の葉々が擦り合い、ざわわと音を
鳴らし、輝惺の声を掻き消す。
…… 俺と輝惺だけの、二人の空間を意図的に造っているかのように。
それは竹が、同じ境遇の輝惺に祝福をしているみたいだった。
そうして俺たちは、少なくとも俺の認識では、この日から「友達」になった。
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