生きたい死にたがり
口一 二三四
生きたい死にたがり
「今までの人生がリセットされて生まれ変わった気分になるんだよ」
それを初めて聞いたのは確か中学二年の夏。
墓参りについて来いと言われて渋々行ったばあちゃんの家から帰ってすぐのことだった。
そこそこ大きな病院の四人部屋のベッドで横たわる男。
事前に聞いてたよりも元気そうな様子に胸を撫で下ろす、には無視できない吊り下げられた両足と右腕のギブスが痛々しくて目に焼き付いている。
自分の部屋のベランダから飛び降りたのだと本人の口から直接聞いた。
十二階建てマンションの四階からポーンッ、と。
「足からいったんだよ。そしたら両足ゴシャッて咄嗟に右手ついたらバキッてこれ」
昨日見たお笑い番組を身ぶり手振りまじえながら話すみたいな軽快さが重苦しい内容と不釣り合いで笑っていいのか、心配していいのか。
困惑しっぱなしの俺に吹き出し。
「なーに暗い顔してんだよ。いいんだよ生きてたんだから」
逆にこっちを心配して笑いかけてくる顔に、とてもじゃないが。
自殺未遂した人間の悲壮感は微塵も感じられなかった。
あの時どうして俺にだけ教えてくれたのか聞いたことがある。
もしかしたら俺に特別な、死にたがりにしかわからない何かを感じたからじゃないかって考えたからだ。
けどそんなこと全然なくて。
「教えた中でおれと距離置かず付き合い続いてんのがお前一人ってだけだよ」
この生きたい死にたがりの価値観を面白いと思った俺が、ただ変わり者なだけだった。
人は死ぬタイミングに恵まれてる。
歳を重ねれば重ねるほど実感する。
景色が流れる車窓の中。
電車を待つ駅のホーム。
散歩道から逸れた森への入口。
帰って寝るだけの自分の部屋。
意識すれば至るところに存在する。
自覚すれば簡単に見つけてしまう。
家族の顔。
友達との約束。
好きな人への想い。
自分の過去と将来の夢。
些細な切っ掛けで越える一線を些細な心残りで踏み留まる毎日だ。
それでも、いや。
だからこそどうしようもなくなる時がある。
街の、心のあちこちにある死ぬタイミングに歩き出してしまいそうになる。
死にたくて死にたくて死にたくて死にたくて、でも生きたい、生きていたいとどうしようもなく思い悩んでしまう、瞬間。
俺はアイツに連絡を入れる。
「おーぅひさしぶりぃ。一年ぶり? いやもっとか?」
挙げられた手のひらから視線を落とせば見える真新しい傷痕。
手首を横断する切り傷の多さと付き合いの長さが比例して、まだやってんのか。
呆れと諦めが混ざった痛々しい、相変わらずだなって安堵が滲む。
適当な居酒屋に入り話をすればそれだけで酒が進んだし気持ちが楽になった。
あの病室で話してくれた、生きたい死にたがりの生と死の向き合い方に触れれば。
自分の中にあった衝動も少しは落ち着いてくれた。
死ぬことから目が逸れる。
生きるにはそれで十分。
これでしばらくは大丈夫。
最後の一杯を飲み干し二人だらだら街中を歩く。
始発が走り出す駅前で交わす言葉はいつも同じ。
「お前絶対死ぬなよ」
お前にだけは言われたくねぇよ、なんて決まり文句を口にして。
コイツが生きてる明日を切実に願う。
最後が最期にならないように。
死にたい俺は明日も生きようと思う。
生きたい死にたがり 口一 二三四 @xP__Px
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