#48

国王ジェイクの開幕宣言を経て、ついに建国祭リーヴェスタが開催された。

城下町には国民だけでなく、同盟国の国々の出店や建設されたホールの舞台上で舞踏や演奏なども行われていた。

祭りということで、あちこちでは皆の笑い声が聞こえる。

しかしアンジュはまだ暗い顔をしたままだった。


(ホールにいた時に、イマル様とカンナ様と話をしていた人たち…。あれが皆が思っている事…。やっぱり私が男だから…)


自分が女だったなら、という思いが先週から頭を離れない。

自分が女なら子を成せるのに、ノラが色々と噂話をされなくても済むのにと、そんな事ばかりを考えてしまう。


「……、アンジュ、どこか行きたいところはあるか?アンジュ?」

「えっ、あ、はい!」

「どうした、先日からあまり元気がないようだが…」

「あ、いえ、大丈夫です!えっと、リマさんがおすすめしてくれた劇団の演劇を見たいのですが…」

「本当に大丈夫なんだな?」


ノラがアンジュの肩を掴んでアンジュに問いかける。


「ほ、本当に大丈夫です」


女になりたい、などという叶いもしないことをノラに言っても、どうしようもないのを分かっているため、アンジュはノラに相談できずにいる。

勿論、リマにも、家族となったリーヴェ家の人々にも。


「ならいいんだ。演劇は11時からだから、まだ1時間以上は時間があるな。出店でも見て回ろうか」

「はい」


2人は城下町に向かい、様々な出店を見て回った。

柑橘の香りのするお香やボディクリームを買ったり、ガラス細工で作られた花の彫刻を見たり、有名な画家の絵を見たりしているとあっという間に1時間は過ぎ、そろそろ演劇を見に行くことになった。

ノラの配慮でVIP席を用意してもらっていていたらしく、2人はその席に案内される。

その部屋は、ホールを一面見渡せるよう、一階と二階の間の高さにあった。


「わぁ…!」

「アンジュが演劇を見たいと言っていたからな」

「ありがとうございます!凄く、綺麗なホールですね」

「喜んでくれてよかった。そろそろ始まるみたいだ、席について」


照明が落とされ、身を乗り出しホールを見渡していたアンジュを席につかて、数分開演を待つと、すぐに公演は始まった。

今回の公演の内容はこうだ。

物心ついた頃から動物達と育ってきた人間嫌いの少女と、森の近くにある国の王子が偶然出会い、王子がその少女に惚れるというのが物語の始まりだ。


『名前は?』

『ゔーっ!!』

『仲良くして欲しいな。痛っ、ひっかかれてしまった…』


警戒心の強い少女は、王子へ心を開こうとしなかった。

しかし粘り強く少女の元へ通いつめる王子に、動物達はなつき始め、少女も少しづつ心を開いていったのだが。


『あ、あ…、みんな、みんな!!』

『あれはぜーんぶ王子がやったんだよ』


しかし2人の仲を許さない女王が、動物達を傷つけた。

あろうことか女王は、それを全て王子のせいにしたのだ。


『俺はそんなことはしていない!』

『黙れ人間!ディーナがバカだった!人間なんて信じるんじゃなかった!!』

『信じてくれ!!』


動物達は幸い命を落とさずに済んだが、少女は王子と会うことはなくなった。

王子はなんとか信頼を取り戻そうと何度も森に通ったが、他の動物達に森へ立ち入ることを断られてしまう。


『王子や、もうあんなところに行かなくて良いのです』


この女王の言葉に疑問を抱いた王子は、女王のことを調べ始め、ついに女王の悪事を暴いた。

それを知った少女は、自ら王子の元に向かい、誤解は無事に溶けて、2人は無事結ばれた。



***



「う、ううっ、ひっく」


公演が終わると、アンジュは大泣きしていた。

自らのハンカチでは足りず、ノラのハンカチを借りるほど、沢山の涙を流した。


「アンジュ、落ち着いたか?」

「ひっ、ふ、ひっく…。すみませ…」

「謝る事じゃない。初めて演劇を見たんだろう?どうだった?」

「す、すごく、良かったです。ううっ」


アンジュは鑑賞中、少女にえらく感情移入していたようだった。

初めはそうでもなかったが、話が進むにつれ、少女の行動一つ一つにあたふたしながら、王子とのやりとりを見つめていた。

まるで自分に当てはめるかのように。


「さてそろそろ出ようか」

「はい」


アンジュの手を取り、席を立とうとした時、すみません!と後ろから声が聞こえた。


「ノラ王子、アンジュ姫!」

「君は…」

「ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。私はこのドゥーリア劇団の座長、ドーリーと申します」


先程の公演で王子役を演じていた男性が、ノラたちの元にやってきた。

急いで走ってきたのだろう、息が荒く、顔も高揚していた。


「我々の劇は如何でしたか?アンジュ姫」

「す、すごく良かったです!私、泣いてしまって…」

「それなら良かった」


ドーリーはふふ、と微笑んだ。

整った顔に、真っ黒な瞳と金色の髪、今まで数多の女性を虜にしてきたのだろう、と誰が見ても分かる。

現にアンジュもその顔に見とれていた。


「あ、あの…」

「なんでしょう?」

「ま、また皆さんの劇を、見せてください」

「そう言っていただきありがとうございます。皆も喜ぶと思います。しかしアンジュ姫はお美しいですね」


チラリとノラの方を見て、ドーリーがアンジュの手を取る。


「俺の妻の手を握るな」

「こんな美しい方を放っておく方が失礼だ」

「あ、あの…」


2人の間に流れる険悪な雰囲気は、鈍感なアンジュでも分かるくらいだ。

しかしアンジュにはそんな空気を良くする方法などわかる訳もなく、ただ戸惑うことしか出来なかった。


「男性だなんて信じられないな」


そう言ってドーリーは跪きアンジュの手の甲にキスをした。


「ではお二人共、私はこれで」


アンジュに向かってウインクをした後、ドーリーはまるで嵐のように去っていった。


「……」

「あ、あの、ノラ王子…」

「上書きしてやる」


ノラはアンジュの手を取り、ドーリーがキスをした場所に唇を落とした。


「あ、あっ…!」

「キスで顔を赤くするのは俺だけにしてくれ」

「も、もうノラ王子…!」

「さ、出ようか」


2人はそのまま劇場を後にした。

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無能力と最凶王子 ティー @daidai000tt

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