Nagashi-Somen

しぇもんご

第十回記念大会

 今年のNagashi-Somenグランプリ、通称N-1は県が管理する総合運動公園で行われる。女子高校野球の聖地でもあるこの立派な会場には、予選を勝ち抜いた十二チームが集まっている。

 その中には同じクラスの谷口ナガレとその家族で構成されたチームも残っている。五年前からN-1に出場している谷口にとって、これは三回目の決勝なのだが、そのことを知っているのはクラスの中でも私だけかもしれない。谷口は無口だから。

 午前十時、あらかたNagashiのビルドが終わった会場には蝉の鳴き声が一段と大きく響く。雲ひとつない空に君臨する夏の太陽は容赦なく地表を灼く。涼を競うには最高のコンディションだ。

 

「まさか高校最後の試合から一週間後に、流しそうめんを食べに、ここに戻ってくるとはね」

 

 隣を歩く同じクラスの赤羽ナオが制服のリボンを雑に掴んでパタパタと仰ぎながら呆れたように言った。一週間前、私達はこの球場にいた。ナオはマウンド、私は観客席に。だけど私はその女子高校野球準決勝の応援中、熱中症で倒れてしまった。ナオ達が負けてしまったことを救護室で聞かされて、本当に情けなくて悔しくて申し訳なかった。

 

「てか流しそうめんて、こんなに大掛かりなものだっけ?」

 

 N-1初参戦のナオがその規模に驚くのも無理はない。マウンドの近くに設置されたステージを中心にレフト、センター、ライト方向に四組づつ、計十二のNagashiが並んでいる。どれも素晴らしい完成度だ。しかも今、私達の目の前にあるのは大会五連覇中の絶対王者――菊池リュウガのNagashiだ。

 

「で、ショウコのお目当ては、あそこにいる谷口ナガレくんだっけ?」

「そういうわけじゃない」

「ふーん。まあいいけどさ」

 

 そういうわけではないが、気にはなっている。いや、谷口のNagashiは三年連続で決勝に進むほどである。今さら私なんかが心配をするようなものではない。ただ、先ほどからお爺さんの姿が見当たらないのだ。

 

「ナオ、そろそろ注水が始まるから近くにいこう」

「おっけー」


 十二のNagashiに一斉に水を注ぐN-1の注水宣言は、夏の暑さに対する宣戦布告だ。朝早くから付き合ってくれたナオも気に入ってくれたら嬉しい。

 

『お集まりのみなさーん、おはようございます。本日は第十回N-1グランプリにお越しいただき誠にありがとうございます。本日の注水宣言は私、皆川アイコが務めさせていただきます』


 ステージにあがった浴衣姿の女性の声が会場内に響いた。大音量の蝉の声にも負けないよく通る声。今年も彼女が来たのか。


「あれって、皆パンじゃん!? N-1って本物のアナウンサーが来るの? すごっ!」


 そう、だけど彼女は仕事で来ているわけではない。たぶん、これはただのサービスだ。

 

『会場のみなさまもご一緒にカウントダウンをお願いいたします。5、4、3、2、1、注水!』


 すべてのNagashiに命が吹き込まれる。透き通った冷たい水が乾いた竹を濡らしていく。樋を流れる水の音、樋と樋の間を水が落ちる音、底笊で水を受け止める音、それらが心地好く鼓膜を揺らしたかと思えば、竹のやわらかな香りが水の流れにのって鼻腔をくすぐる。まずは視覚、聴覚、嗅覚から涼を演出する。これが日本の、いや世界の頂点を競うNagashi-Somenの注水だ。


「すごい! ちょっと涼しくなった気がするんだけど!」


 興奮したナオの言葉に思わず口許が緩みそうになる。


「ここからさらに涼しくなる。各Nagashiに注水された水は、足元のこのパイプを伝って、会場に設置された冷却パネルを通ってから排水されるからね。ちなみにこの仕組みを最初に考えたのは谷口と谷口のお爺さん」


 ちょっと早口になってしまった。落ち着け私。まだそうめんは流れていないのだ。

 それにしても、目の前で見る菊池リュウガのNagashiの完成度は凄まじい。特に菊池リュウガの代名詞ともいえる、第一から第六樋を使って天へと昇る龍を表現した菊池龍はまさに芸術作品だ。通常、流しそうめんの樋といえば直線だ。それを年単位の長い時間をかけてゆっくりと変形させて曲線型の樋を実現したのが、菊池リュウガという男だ。緩やかなカーブなどではなく、完全な螺旋。竹でできているとは到底信じられないほどの曲線美。しかもあの螺旋はおそらく中心部に、大人が一人入れる構造だ。以前から指摘されてきた「菊池の龍は食べにくい」に対するアンサーが、まさか「龍に抱かれてそうめんを食べよ」だとは。やはり絶対王者、格が違う。


「大丈夫ショウコ? さっきからブツブツ言いながらすごい勢いでメモとってるけど。またぶっ倒れないでね。ていうかそろそろお隣の谷口くんのとこにも顔だそうよ。この距離で声かけないのは、もはや不自然を通り越して不審者だよ」


 それは困る。ならば邪魔にならないように軽く挨拶だけでもしておくべきだろう。私はナオの右斜め後ろにポジションをとると、ここぞとばかりに谷口のNagashiを凝視した。一目見ただけでもわかる。谷口のNagashiも進化している。制服姿なのは去年と変わらないが。どうやらナオも私も谷口も休日に着る服を持っていないらしい。


「やっほー谷口くん、初めてしゃべるかもだけど、一応クラスメイトの赤羽ナオだよ。あと私の後ろに隠れてるのは神田ショウコね。ショウコに連れてきてもらって応援に来たよ」

「ども」


 ちょっとつまったけど、私にしてはうまく挨拶ができた。


「……っす」


 よし、谷口も元気そうだ。安心した。じゃあ挨拶も済ませたし、他のNagashiを見に行こう。


「いやいやいや! どんだけ人見知りなのよアンタ達」


 ナオに首を掴まれてしまった。帰宅部の私にはこれが限界なのだ。あとナオの握力はおかしい。首がつぶれてしまう。


「こんにちは。ナガレのお友達かな? 暑い中、観にきてくれてありがとう。今年は実演はないんだけど、一般開放はやるからぜひ食べにきてね」

「あ、ありがとうございます。谷口くん、じゃなくてナガレくんのお父さんですか? めっちゃ似てますね!」


 谷口のお父さんとナオが談笑している。でも内容がさっぱり入ってこない。今、なんと言った。実演はないと、そう言わなかったか。


「なんで実演しないの」


 気づけば谷口に向かって口を開いていた。


「……爺さんが倒れた。二人じゃできない」


 そんな……。あの元気なお爺さんが倒れただなんて。どうしよう。なんて言えばいいんだ。


「お爺さん大丈夫なの?」


 挙動不審になっている私の代わりにナオが聞いてくれた。


「ああ、ちょっと熱中症でね。大したことはないんだけど、でもうちはナガレと爺さんが主役で補助の僕を含めても三人のギリギリだったから、さすがに今回の実演は棄権しようってことになったんだよ」


 谷口のお父さんの口調は柔らかかったけど、だからこそ余計に無念さが伝わってくる。やるせない。谷口家のNagashiは流し人である谷口と、掴み人のお爺さんとの息のあった実演が人気なのだ。そしてお父さんは流し人の補助を行う渡し人だ。確かに一人でも欠いては実演はできない。でも……。


「今の話は本当か?」


 背後の声に振り向くと、見上げるほどに背の高い男性が太陽を遮って立っていた。身長百九十センチを超える長身に筋肉質の身体と五本の細い剃り込みが入った坊主頭。今年六本目の剃り込みを入れるためにこの会場に来た男――。


「リュウガさん……」


 谷口の声が少し震えている。

 

「谷口ナガレ、お前のNagashiはそんなものか。随分と期待はずれだな」


 安い挑発だ。熱中症は本当につらいのだ。命の危険だってある。お爺さんがここに来られなかったのは仕方のないことだ。また来年、万全な状態でリベンジすればいい、それだけだ。だから谷口、そんなふうに拳を握る必要はないんだ。


「リュウガさん、すみません。また、来年……」


 そう、それでいいんだ。また来年頑張ればいい。高校最後の夏がなんだというのだ。そんなのちゃんとわかってる。わかってるのに……。


「待って」


 なんで私の口は勝手に動くんだ。こんなの私みたいな素人が首を突っ込んでどうこうできる問題じゃない。私が悔しがったってどうにもならないじゃないか。わかってる。わかってるけど!


「私が掴み人をやる。谷口のNagashiが実演なしなんて認めない。私に手伝わせて!」


 言った。言ってしまった。


「はは、まったくあんたって子は。ねえ谷口くん、私にも何かやらせてよ。私もさ、負けっぱなしじゃ今年の夏を終われないみたい」


 ナオ、ごめん。ありがとう。


「……わかった。頼む」


 谷口が短い言葉とともに、小さく頭を下げた。


「そういうことなら、棄権は取り消してエントリー票を提出してくるよ。ショウコさんには掴み人を、ナオさんには渡し人をお願いするね。ナオさんには僕が渡し人の仕事を仕込むから、ナガレはショウコさんと打ち合わせをして。その後、僕は急いでプラスワン食材をとりに行ってくる。こんなこともあろうかと妻が家で用意してくれてるからね。さあ、谷口のNagashi-Somenを魅せようか」


「オヤジ、エントリー票のテーマも変更しよう。今回のうちのテーマは、【龍退治】」


 谷口がまっすぐに菊池リュウガを見据えた。ナオの言う通りだ。谷口親子はよく似ている。負けず嫌いで博打好き。なんだ、谷口のNagashiそのものじゃないか。


「やはり谷口のNagashiは面白いな。せっかくなら最後まであがけ。流し順は交代してやる。仮初勇者共へのハンデだ」


 龍に睨まれたのだ、もう後には引けない。引くつもりはない。


 ◇


 できる限りのことはした。Nagashiの構造自体もほぼ理解できたと思う。だけど実演の台本を作る時間はなかった。もう最後から二番目、菊池リュウガの実演が始まる。


「なんで? どゆこと?」


 隣のナオが菊池龍の横にスタンバイした掴み人を見て驚いている。気持ちはわかる。でも私は去年も見ているのだ。彼女――皆川アイコが菊池のSomenを掴むのを。


「現役の芸能人が掴み人なんてズルくない!?」


 いや、むしろ去年は菊池リュウガとあまり息が合っておらず、「龍に相応しきは見た目だけか」と揶揄されたのだ。だが、それでも優勝したのだ、この男は。


『エントリーNo.11 菊池リュウガ、テーマは【纏】。それでは実演を始めてください』


 流し位置に立った菊池リュウガの手から初束が流された。龍の背を往く絹糸は丁寧なお辞儀をした皆パンの前を流れていく。これが初束のマナー。底笊にそうめんを流し、大地の恵みへと感謝を捧げる。広がることなく柔らかく渦を巻いた初束が底笊の中央に鎮座した。完璧だ。会場からも熱のこもった拍手が送られる。

 皆パンの最初の掴み位置は最終十二樋、下流から登る基本構成か。それにしても箸入れに無駄がない。しかも美味しそうだ。さすがに現役のアナウンサーだ。実演で流せるのは、そうめん、氷、そしてプラスワン食材の三品。先ほどから絶え間なく砕氷が流されており、十二樋から七樋までの龍の巣へと至る緩やかな山道が神秘的に輝いている。そこを皆パンが修験者のごとく厳かに登る。ここまではミスもなく、掴みと見送りのバランスも絶妙だ。でもこの第八樋と第七樋の間に設けられた十五センチほどの隙間――滝はどうするつもりだ。皆パンが龍を見上げて、ゆっくり目を閉じた。まさか――。

「滝割か」

 谷口の言う通り。だけどそれだけじゃない。皆パンが目を瞑ったまま箸を動かした。滝を渡るそうめんを滝を割って掴む。しかもブラインドキャッチ! 流し人と掴み人の息が合えば出来るなんてそんな生易しいものじゃない。この二人、相当練習している! 「龍に相応しきは見た目だけか」に対するこれが彼女の答えか。そして皆パンは第一樋から第六樋でできた螺旋の内側へと頭を下げて入っていた。龍に認められた彼女が龍に抱かれる、そういうストーリーだ。フィナーレが近づいてきた。シンプルな水色の浴衣を着た皆パンが優雅に回りながら、螺旋を往くそうめんを掴む。同時に流されるは菊池のプラスワン食材――菊の花びらだ。真竹の瑞々しい緑とアクセントの菊の花が水色の浴衣によく馴染む。軽やかに、涼やかに、龍と舞う。なるほど、だから纏か。見事としか言いようがない。

 

 これに挑むのか。退治なんかできるのか。

 

『次は今年最後の実演です。エントリーNo.12 谷口ナガレ、テーマは【龍退治】。それでは実演を始めてください』


 怖い。右手の箸も、左手のつゆ筒も震えがとまらない。初束が流れていく。いつの間に始まったんだ!? お辞儀をしないと。しまった、つゆをこぼしそうになってしまった。だめだ、深呼吸。落ち着け私!


「氷からいこう」


 打ち合わせと違う! 動けなくなった私にかまわず谷口が氷を流していく。製氷機で作った普通の氷。一個、二個と確かめるように流したあと、十個はあろうかという塊が流れてきて、そして私の前で止まった。節止め――竹の節をわざと少し残し、氷などを引っ掛けて止める高等技術。こんなことをするなんて聞いていない。


「節止めした氷は大きめの氷で流す。赤羽さん、やる?」


 なんでナオに!?


「ピッチャーって聞いたから。それに客が緊張してる」


 な!? 客って私か。


「なるほど……あの氷の塊にぶつければいいのね? 投げていいの?」

「この直線の竹に沿っていれば」

「おっけー……まさかこの場所でまた直球勝負ができるとはね。今度はちゃんと見といてよ、ショウコ!」


 ナオが振りかぶった。長い腕をしならせたナオの本気のストレートが氷塊を砕く。弾け飛んだ一つが宙に舞う。私は無我夢中でそれをつゆ筒で受け止めた。


「ナイスキャッチ!」


 ナオの声に合わせて会場から拍手が湧いた。そうだ、谷口のNagashiはエンターテイメント、なんでもありのびっくり箱だ。ナオが届けてくれた氷が頭を冷やしてくれる。ナオ、ありがとう、ナイスピッチ。よし、やろう。谷口に視線を送る。


 ――そうめんを流して。

 

 谷口のNagashiはシンプルな五段直線型。まずは最終五樋の横だ。一口目は待ち箸で慎重に掴む。氷の入ったつゆ筒にめんをしっかりとつけ一気に啜る。冷たいめんが喉を通ると体の中心がすっと冷やされる。谷口が流すのはN-1で使用可能な三種類のそうめんの中でも一番太い一ミリ。しっかりとした食べ応えが体にエネルギーを送ってくれる。顔を上げると今度は谷口が視線で合図をしてきた。

 第四樋と第三樋の間に移動する。ナオがめんをフォークでくるっと巻いて谷口に渡した。ボール状にかたまって流れてきたそうめんは第三樋でスピードを落とし、第四樋に落ちる直前で止まった。ざわつく観衆に仕掛けがわかるように、谷口が足元の竹のペダルをわざとらしく踏み込む。下流側がわずかに高くなった第三樋を水が逆流する。そう、谷口のNagashiは変形する。めんだけが出口にしがみつくギリギリのバランスから、谷口が足元のペダルを解放した。樋の傾斜が戻り、ぽとりと落ちるめんを私はつゆ筒で直接受け取る。箸を使わず水を切る、これが谷口の水涸れ滝。よかった、成功した。ホッとして顔を上げれば谷口の口元がわずかに緩んでいた。そうだ、これが谷口ナガレという男だ。頭を使いすぎていた。台本なんか必要ない。お爺さんが毎年そうしていたように、私もナガレに身をまかせればいいんだ。

 谷口が五本のペダルを自在に踏む。第五樋の中央でめんが止まった。ここまで戻れということ。めんを掴むと次のめんが第四樋の中央で止まる。そして谷口が思いきりペダルを踏みこむと後方第五樋が勢いよく立った、水しぶきをあげて文字通り垂直に。勇者が次の街へと向かうように開かれたゲートを渡りNagashiの右サイドから左サイドへと移動して第四樋の麺を掴む。次々と開くゲートが夏の空に水のアーチを描く。私はそれを右へ左へとくぐりながら最上流第一樋の横まで登ると、そこでナオにつゆを足してもらう。その隙に谷口が第一樋の入り口の高さを上げて急勾配を作り、斜面にめんを沿わす。これまでで一番速いスピードで流れていく。私はそれを慌てて追いかける。もう間に合わないと思っていためんは最終第五樋の出口、底笊の直前で止まる。ふーと額の汗を拭う演技をしている間に、ぽとりとめんが底笊に落ちた。呆然とする私を見て観客から笑い声がもれる。よし、うけてる。

 最後はプラスワン食材だ。谷口のお父さんは本当にギリギリに帰ってきて、だから私も谷口も何がプラスワンか知らないのだ。ナオが手渡した食材を見て、谷口が笑った。谷口はビニール手袋をした手でそれを掴み、龍の首を掲げるかのよう観客に見せつけた。悲鳴にも似た歓声が上がる。あれは鶏の唐揚げ!? 流しそうめんの絶対禁忌――揚げ物、どうするつもりだ。唐揚げを水に浸すなど言語道断、かといって谷口の変形Nagashiで水を切ったとしても、樋に油がつくのは悪印象。無理だ。これはさすがに流せない!

 谷口が手元のレバーを力強くひねった。シャッという音とともに、第一樋が


「うそん!」

 

 ナオ、まったく同じ気持ちだよ。二センチ幅の薄い竹が五ミリ間隔で並んで第一樋を覆っている。簾だ。竹の肉厚部分を薄くくりぬいてそこにカバーとなるこの竹細工を仕込んでいたんだ。これほどの細工、いったい何年かけて仕込んだんだ。そしてこの簾は薄いがゆえに柔らかく変形し唐揚げを受け止める。バンブーロードをごろごろと唐揚げが流れてくる。わたしが今見ているのは、世界初の偉業だ。

 第一樋の出口でゆっくり止まった唐揚げを最大限の敬意を持って箸で掴む。まって、この見た目、まさか――。口に放り込むとじゅわっと熱い肉汁が口内に広がった。そしてこの歯ごたえ、間違いない!


「そうめんだ!」


 衣にそうめんを練りこんである。しかも鶏肉の形や、衣に使うそうめんの長さと量を完璧に調節してある。途中でバンブーロードを止まらないに様に、谷口のお母さんがこれを作ったんだ。こんなの美味しくないわけがない!


 ピーッ!


『そこまでです。すべての実演が終わりましたので、審査に移りたいと思います』

 

 ◇


 やれるだけのことはやった。あとは結果を待つのみだ。

 スタッフが手元のそうめんを見えないようにして各Nagashiの流し位置についた。色付きそうめんが流れてきたNagashiが入賞だ。底笊の横に並んだ私とナオは目を瞑って手を合わせた。


『流します』


 厳かな宣言と共に、運命のそうめんが流された。底笊に落ちたのは……。

「赤、か」

 谷口の起伏のない声。隣のNagashiからは大歓声があがった。マイクなしでもよく通る声が黄色、六連覇という言葉を発した。

 赤は次席。黄色の次。私のせいだ。最初にやらかした。最初だけじゃない、テーマの解釈も表現も甘かった。なにより余裕がなかった。華がなかった。芸能人じゃないんだ。田舎の地味な女子高生なんだ。


「私のせいだね。渡すとき結構まごついた。ごめん」

 

 ナオのせいなわけがない。私だ。私のせいなんだ。


「誰のせいでもない。それに背中は捉えた。だから、ありがとう」

 

 谷口が前を向いた。なんでそんなに強いんだ。お礼なんかしないで。

 これで終わるのか。こんなに頑張ってる二人がこのまま負けたまま終わるなんて……いやだ。認めない。だから、


「私は小説を書いてる」


 誰にも言ってなかったけど、もう隠したりしない。


「私は小説を書いてる! 趣味じゃなくてガチで! 今年の夏には投稿サイトで高校生だけの大きな大会がある。締め切りはまだ。だから書かせて、ナオのこと、谷口のこと、今日のこと! 私にもう一戦させて! このまま終わらせない!」

「ショウコ……やっぱあんた最高だわ。私はなにをしたらいい?」

「……流しそうめんのことなら教える、全部」


 ありがとう。私たちの、高校最後の夏なんだ。

 まだ終わらせて、たまるか。

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Nagashi-Somen しぇもんご @shemoshemo1118

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