錠剤が月

Rakuha

錠剤が月

 彼女は、どこか不思議な雰囲気を常に纏っていた。

 何を考えているのかわからなくて、いつも虚ろな瞳をしている。足取りはフワフワしていて浮いてしまうのではないかと錯覚してしまう。

 そんな彼女の名前は小鳥遊コトリと言い、『ことり』が二つあるから最初見たときはややこしい名前だなと思ったのが第一印象。

 小鳥遊と僕が関りを持つきっかけになったのは彼女が飲んでいた錠剤だ。

 とある日の夜、学校に忘れ物をしたことを思い出した僕は夜の学校にこっそり忍び込んだ。

 悪いことをしているという背徳感はあったのだが、いつもと違う学校の雰囲気に僕は若干興奮を覚えていた。

 教室に着いて、扉を開くとそこには小鳥遊が自分の席に座っていたのだ。

 あまりにも普通に座っているものだから、夜の課外授業があったのではないかと勘違いしてしまうほど彼女は椅子の上に佇んでいた。

 小鳥遊は真っ暗な教室の中、本を読んでいた。読むことが不可能なほどの暗さなのに彼女は普通に本を読んでいてページを捲った。

 彼女は突然ハッとして鞄の中から瓶を取り出し蓋を開けた。

 その瞬間、眩いほどの光が教室の中を照らした。そして彼女はその輝く光を飲み込んだ。

 一体何が起きているのかわからなかったが、先ほどまで教室を照らしていた光にどこか既視感を感じた。

 僕はまた暗くなった教室に足を踏み出し小鳥遊に近づいた。

「やっと教室に入ってきた」

 彼女はまるで最初から僕がいたことに気が付いていたように言葉を口から零れさせた。

「気が付いていたのか。ねえ、さっきの光は何?どうして光を飲み込んだんだ?」

 僕はあたかも動揺していない風に繕って今も尚普通に席に座っている彼女に尋ねた。

「私、月を飲み込まないと花みたいに枯れてこの世界から消えちゃうんだ。だからさっき飲み込んだのは月の光と成分を詰め込んだ錠剤なんだ」

 彼女が言っていることをすべて理解することが僕には出来なかった。月を飲まないと消えちゃう?月の錠剤?ファンタジーすぎて今いる世界がアニメとかでよく見る冒険ファンタジーの世界にいるのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

「ここは地球の日本で元号は令和だよな?」

 本当にファンタジーの世界じゃないのか確認したくなり僕は小鳥遊に再度尋ねた。

「そうだよ。ここは地球の日本で元号は令和だよ」

 彼女は癖っ毛な短い髪をユラユラ揺らし笑いながら答えた。

 ともかくファンタジーの世界に異世界転生した訳ではなくて安心して僕は息を吐いた。

「ねえ、不思議に思わない?こんなにここは暗いのにどうして貴方は私の姿を最初から最後までちゃんと見れたの?」

 彼女にが唇を動かして、僕はその瞬間背筋が冷えるような感覚がした。

 そういえば何故本を読むのが難しいくらいの暗さなのに僕は彼女の姿をくっきりと見ることが出来たのだろうか。わからない問が浮かぶだけで答えは僕の中には出てこなかった。

「ふふ。正解は、この錠剤を飲んでいるからだよ。副作用で夜になると若干体が周りより明るく光るの。だから貴方は私の姿を見ることが出来たってわけだよ」

 小鳥遊からアンサーが出て僕はまた安心の息を吐いた。

 一瞬自分が人ならざる者になったのではないかと思ってしまったので、彼女の答えは僕を酷く安心させたのだ。

「私、このこと話すの初めてなんだー。だから、これからよろしくね、野上新君?」

 この言葉で、きっと僕はこれから彼女がこの世界からいなくなるその日まで関りを持つことになることを悟ったのだ。


 あれから数日が経って、以前より小鳥遊と話すことも多くなり、彼女は僕に懐いているように見えた。彼女は普段一人で行動することが多く、誰かと一緒にいるところを見ている人は多分、いないと思う。

 話すことは大体小鳥遊からで、僕はそれに頷いて「そうなんだ」「面白いね」と相槌を打つ感じだ。

 僕から話すことと言えば、今日の雲の形が歪だったとか、猫がマタタビでじゃれていて可愛かったとかそんな感じだ。

 逆に彼女が話す内容は読んでいる小説が面白いとか、道に咲いている花が綺麗で花言葉を調べたら怖くてゾッとしたとか、僕と大して話の内容は変わりなく、日常的なことを話すことがほとんどで、お互いの趣味の話をすることはあまりない。だけど、この距離感が僕達には一番合っていると、僕は思っている。

「今日のお弁当の金平ごぼうがね、凄く美味しかったんだ」

 ソバカスの付いた顔を綻ばせながら小鳥遊は語る。彼女の夢見心地になるような優しい声で一瞬の睡魔が僕を襲う。だけれど決して嫌ではなく心に毛布がかかるみたいに温かく感じるので、僕は彼女の声が好きだ。

「貴方の優しい瞳、私大好き。引き込まれるような瞳で何もかもが美しく見えそうで羨ましい」

 突然小鳥遊がそう言うもんだから僕は少し顔が熱くなるのを感じながら動揺した。

女の子にそんな風に褒められるって、こんなに嬉しくて恥ずかしいものなのだとこの時僕は初めて知った。


「ねぇ、今度の月曜日に月見に行かない?」

 そう小鳥遊から誘われたのは、僕達が一緒にいることが増えて二か月程経った時のことだ。

「別にいいけど、中秋の名月はもうとっくに過ぎてるよ」

 月見と言えば僕の中では中秋の名月が大きかったから十一月の肌寒く感じるこの時期に何故、突然彼女が僕を月見に誘ったのか僕は読めなかった。

「ふふ、今度の月曜日は私にとってとても大切な日なの。だから隣に貴方がいてくれたら嬉しいなって思って」

 眠気を誘う声で彼女は少し頬を赤らめながら言ったものだから、僕も伝染するように頬を赤らめた。

「いいよ。月見、行こう」


 迎えた月曜日の夜。

 僕と小鳥遊は河原の草の上に座っていた。

「月が雲で隠れてるけど、これは月見になっているのかな?」

 月は薄い雲に覆われて若干の月光を放ちながらもその姿は雲に隠れていた。

「うん、大丈夫だよ。これから月が姿を見せるから」

 小鳥遊はまるでそうなることがわかっているように言った。

 すると急に十一月の風にしては春のような温かい風が吹き、雲が風に吹かれて雲から月が姿を見せた。

 姿が露になった月は光を強くも優しく放ち、まるでその姿は今僕の隣にいる彼女みたいだなと思った。

 隣に座っている小鳥遊をチラリと見ると目線が絡み合った。

 途端にお互いの頬が赤くなる。

 彼女はバッと突然立ち上がった。

「あのね、見せたいものがあるの」

 彼女は少し緊張しているように見えた。

「うん。何かな?」

 小鳥遊の緊張が少しでも和らぐようにとびきり優しい声で聞いた。

 すると突然彼女は走り出して強く土を蹴った。

 小鳥遊は宙に浮いた。

 あまりのことに僕は驚きが隠せなかったが、宙を楽しそうに舞う小鳥遊の姿はまるで羽を広げている天使のように思えた。

「綺麗だ」

 あまりのその光景の美しさに声を漏らした。

 彼女の耳に届いたのか小鳥遊は頬をさっきよりも赤く染めた。

「あのね、こうやって宙を舞えるのは一年の中で今日だけなの。この姿見たら、ちょっと気持ち悪く思うんじゃないのかなって、少し怖かった」

 震える声で小鳥遊は言う。

「気持ち悪くなんてない。凄く綺麗だ。天使みたいに、美しいって思った」

 小鳥遊は目に大粒の涙を浮かべ、花が咲くように優しく笑った。

「私、貴方が好き」

 宙に浮かんだまま僕に近づき手を取る。

「僕も、君が好きだ」

 指を絡ませて、僕達は月光が優しく降り注ぐ中、永久の契りを結ぶようにキスをした。

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錠剤が月 Rakuha @Agaki

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