岩トロルの山

涌村一

第1話

レイは岩と目が合った。仲間が腰かけた岩の真ん中に、金貨ほどの大きな丸い目が二つあった。その目がぱちぱちと瞬きして、きょろきょろと左右に動く。レイは目を丸くして岩の目を覗き込む。岩の目が不意にレイの方を見る。視線が合い、レイと「それ」が同時に息をのむ。一瞬の硬直の後、レイは叫びながら銃を構える。

「岩から降りろ、エル!降りろ!」


レイ、ラニ、ガジャ、エルの四人は、魔物狩りに向かっていた。アラミジン大陸の東岸にあり、冒険者達の拠点となっているランギリーの町から内陸の山岳地帯を徒歩で目指していた。大規模な遠征隊が組まれる春と夏以外の季節、冒険者は様々な仕事をして生計を立てていた。魔物狩りもその一つで、レイ達一行はツノオオカミを狩りに来ていた。家畜を襲うツノオオカミは駆除自体に賞金が出るし、その特徴である角の他、牙や毛皮、体内の魔石なども良い金になる。ツノオオカミが多く生息する山岳地帯を目指して、レイ達は早朝に町を出た。街道を離れ、丘陵地帯をしばらく歩いたところで、休息をとることにした。その時、最近仲間に加わったばかりで歳も一番若いエルが腰かけたのが、その奇妙な岩だった。


レイがリピーターカービンを構え、ほぼ同時にガジャがリピーターライフルを構える。ラニは先端に魔石が嵌め込まれた杖を持って呪文を呟いている。「それ」からほとんど転がり落ちるように飛び降りたエルが、遅れてローリングブロック式ライフルを構える。

「なんだこいつは!」ガジャが言う。

すると目の付いた岩だった「それ」から手が伸び、顔のように見える部分――少なくとも目がある――を覆うようにした。

「どうすんだこれ」またガジャが言った。

すると今度は脚が伸びて立ち上がり、「それ」は向きを変えた。頭をレイ達の反対に向け、再び地面に蹲る。

「怖がってるんじゃないか?」エルが言った。


「トロルか?」ラニが呟いた。山や洞窟に住む巨人についてはレイも耳にしたことがあった。だが、巨人が今目の前にいるような、ほとんど岩石のような姿をしているという話は聞いたことがなかった。

それに、巨人というほど大きくもないような気がする。

「なぁ、お前、何してんだ?」エルが「それ」に向かって言った。

「お前こそ何してんだ、言葉が通じるかよ」ガジャが声を落として言う。

だが、「それ」は首を巡らせてエルの方を見た。ちらと見てはまた手で顔を覆って蹲るのを何度か繰り返した。そうしているうちにレイ達にも、「それ」の顔に目の他に鼻、口、耳があるのがわかった。なんだか気の抜けた空気が漂い始め、四人は誰ともなく武器を下ろし始めた。レイは難儀そうに他の仲間を見回して、ため息をついてから声を発した。

「なぁ、お前人間の言葉がわかるか?」

「それ」はレイに目を向けたり逸らしたりをしばらく繰り返してから言った。

「少し」

レイ達はやれやれ、という表情で互いを見合った。

その時、ラニが遠くの丘の上の人影に気付いた。四人の男がこちらを見下ろしながら近付いてくる。全員が武装している。


やってきた男達の内、一人は浅黒い日焼けした人間、他の三人は灰色の肌に尖った耳をした、人間が「灰色人」――あるいはもっと侮辱的な呼び名で――と呼ぶこの大陸の先住民だった。間違いなく盗賊だろう。レイはこのあたりで盗賊が出るという話は聞いたことが無かったが、この連中が真っ当な冒険者とは思えなかった。


「やあ。どうも」人間の男が言った。レイは無言で頷いた。

「その、なんだ、手短に言うが、実は狩りの途中で獲物に逃げられてね」

「こいつか?」レイは視線でその生き物を示した。

「そいつだ」


生き物は盗賊達から隠れるように、レイ達の後ろに移動していた。

「問題なければ、その生き物をこっちに譲ってもらいたい」人間の男が言った。そう言う間に、男の仲間達がレイ達の後ろに回り込み、生き物を取り囲もうとしていた。生き物は囲みから逃れようと、レイ達を盗賊と自分の間に挟もうとした。

「俺達は構わないが」レイは言う。「そいつの方は乗り気じゃないように見えるが」

「野生のトロルは気性が荒いからな。なに、これからきっちり躾けるさ」

気性が荒い?子供がおびえているだけのように見えるが。レイはそう思ったが、口には出さなかった。武装した四人の男と揉める気はない。

「構わない。俺達はトロルを狩りに来たんじゃない」レイはそう言って仲間に目配せし、その生き物から離れた。生き物はレイ達に助けを求めるような目をしたが、レイは無視した。


「助かるよ」男はそう言うと、仲間に向かって頷いた。杖を持った男が呪文を唱えると、杖の先から青く光る鞭が伸びた。男がそれを頭上で一回転させてから生き物に投げつけると、鞭は蛇のように生き物に巻き付いた。生き物は抵抗したが、更に二人の男達がロープをかけて雁字搦めにされると身動きが取れなくなった。その時、エルが叫んだ。

「やめろよ!嫌がってるじゃないか!」

盗賊達とガジャが驚きと苛立ちが混ざった表情でエルを見た。レイはため息をつき、渋い顔でラニを見た。ラニも同じ顔をしていた。


エルが杖を持った灰色人の男に近付こうとすると、人間の男が拳銃を抜き、エルに向けた。

「おいおい、何の真似だ坊主」そう言って男はレイを横目で見た。

レイは男から視線を逸らし、エルに近づいて言った。

「落ち着け」

エルは落ち着かなかった。


「誘拐じゃないか」

誘拐じゃない、とレイは思う。こいつがトロルであれ何であれ、人間ではない。動物だ。新大陸で誰かの所有物でない動物をどうしようと罪には問われない。ちょうど自分達がツノオオカミを狩っても罪に問われないように。


レイは左手でエルの肩を掴み、右の掌を盗賊に向けて「問題ない」と頷いて見せた。

盗賊は頷くと、銃をホルスターに戻し、仲間に合図した。灰色人の盗賊達が人語を解する謎の生き物を引きずり始めた。どこに行くのか知らないが、まさかこのまま引きずっていくのか?檻とかないのか?とレイが考えていると、エルがレイを振り切って杖を持った盗賊に突進した。


エルが男を組み伏せると光の鞭が消え、生き物の縛めが緩んだ。生き物が暴れて、ロープを持った盗賊二人が必死で抑え込もうとする。人間の男が拳銃を抜き、エルに向ける。レイは人間の男を撃つ。同時にラニが杖ではなくリボルバーの拳銃を抜き、エルと揉み合っている魔法使いを撃つ。ガジャは二丁のリボルバーを抜き、ロープを放して銃を抜こうとしていた男二人に連射を浴びせる。瞬く間に四つの死体が出来上がる。


ガジャはエルを掴み、地面に叩きつける。

「何考えてんだてめぇは!」

「俺は……俺は……」

レイとラニはガジャをエルから引き離す。ガジャは唾を飛ばしながらエルを罵っている。


その時、レイは丘腹の灌木の陰に青い光を見る。魔弓の光だと身体が判断し、反射的に仲間の身体ごと伏せようとするが、身を隠す物が何もない草地で上から狙い撃たれている。クソッタレがと口中に罵ったその時、例の生き物がレイ達の前に立ち、青い光矢を受け止める。レイ達は激しい光と音に包まれる。生き物が大きな音を立てて倒れる。レイ、ガジャ、エルの三人はふらつきながらも銃を取り、丘を駆け登って逃げようとする射手に向かって撃つ。背中から銃弾の雨を浴びた射手が倒れる。


レイ達は岩のような生き物を連れて針葉樹が生い茂る山道を歩いている。

盗賊五人を殺した後、レイ達はひとまず急いでその場を離れ、偶然見つけた丘の横穴に隠れて今後の行動について話し合った。ガジャとラニはとにかく町へ戻るべきだと言った。盗賊が追って来たとしても、軍が駐留している町まではそうそう近付けないはずだ。レイもそれが一番安全だと思ったが、エルがデグはどうするんだと言い出した。


岩のような生き物はデグという名前だとエルは言った。いつの間にか訊ねたらしい。デグはたどたどしい人語で自分のことを話した。身長は二メートルほどあるが、まだ子供らしい。ツノオオカミの山を越えた先の岩山に親戚が住んでいて、家族と共にそこを目指していたが盗賊に襲われて家族とはぐれてしまい、一人でいるところにレイ達と出くわしたので岩のふりをしてやり過ごそうとしたらしい。なぜレイ達を庇ったのかと訊くと、助けてもらったからだと言った。魔弓の矢を背中に受けたデグは明らかに弱っていた。魔物の類であるデグを町に連れては行けないが、自分達を守るために傷ついたデグを放っておくのも、レイにはためらわれた。あの時デグが助けてくれなければ、少なくともレイ、ラニ、ガジャの三人は死んでいただろう。エルはデグを親戚のところに連れて行こうと言い、レイも同意した。ラニとガジャには町に戻って良いと言ったが、二人ともレイ達と一緒に来た。そうして丘を三つ越えてツノオオカミの山に入り、太陽が大分西に傾いた今、レイ達は山の中腹を歩いている。


盗賊の首領は前方に聳える山を見遣った。我々の獲物を横取りしようとしたケチなコソ泥が、その山を越えようとしているはずだった。トロル一頭など、一味総出で追うような獲物ではない。だが、これはもうビジネスではないのだ。そのクズ共は弟を殺した。たった一人の血を分けた家族を。だから、これは、ビジネスではない。必ず殺す。出来ることなら、なるべく長く苦しませて。


小休止の間に、レイは木の陰から背後を覗き、自分達が通って来た道を見た。最後に越えて来た丘の上に三〇人以上の男達が立っている。衣服からして大半が灰色人だが、人間もいくらか混ざっているように見えた。クソ大部隊じゃないかよ、と内心に罵りながら、レイは仲間達に向き合った。「盗賊が少なくとも三〇人、さっきの丘の上にいる。ここで追いつかれたら戦えない。急ぐぞ」レイ達は歩調を速めようとしたが、手負いのデグを連れていてはままならなかった。地形と背後を確認しながらしばらく歩き、ついにレイ達は足を止めた。


「もう追いつかれる。後ろから撃たれるより、ここでこっちから仕掛けよう」レイは言った。皆が同意した。


レイ達はデグを岩陰で伏せさせ、自分達も地面の窪みや岩を掩体にして射撃姿勢を取った。少し待つと、敵が物音を立てずに近付いてくるのがわかった。レイ達は互いに身振りで自分が狙う敵を示し、狙いを付ける。ガジャは先端に魔石の付いた杖を持つ男を、レイとエルはそれぞれ連発銃の射手を受け持つ。ラニは杖の先端に布を被せ、詠唱を始める。ガジャの発砲を合図に同時に射撃することになっている。ガジャは仲間達に目配せする。全員が頷く。視線を標的に戻す。魔術師は確実に殺す必要があるため、ガジャは敵の頭を狙う。レイとエルは敵の腹に照準を合わせる。ガジャは一つ息を吐き、引き金を引く。


ガジャの銃声を合図に、レイとエルも撃つ。敵三人が続けざまに倒れる。ラニの杖が強い光を放つ。光弾が飛翔し、盗賊の集団の頭上で炸裂する。光の雨が降り、数人の盗賊がズタズタに引き裂かれる。ラニは低い姿勢で、急いでその場を離れる。ラニが移動した直後、さっきまでいた岩陰に銃弾の嵐がやってくる。


先鋒を叩かれた盗賊達は、一時的に追撃の手を緩める。レイ達は互いに援護しながら、再び移動を始める。待ち伏せで敵の足を止めては移動することを繰り返す。身体を掠める銃弾や光弾に血を流しながら、レイ達はツノオオカミの山を越える。石灰岩が露出した、険しい岩山が見えてくる。


ツノオオカミの山を下ると、川を挟んで、見通しの良いカルスト地形が広がっている。ラニが魔法を連発し、他の三人も弾を惜しまず撃ちまくって敵を足止めしてなんとか川を越え、遮蔽物になる岩陰に飛び込む。そしてまた援護し合いながらの移動をひたすら繰り返す。しかし盗賊達も決して諦めずに追ってくる。


レイ達はようやく岩山の麓に辿り着く。弾薬も残り少なくなっている。ラニの魔石カートリッジも、炸裂弾で数発分しか残っていない。しかも、ラニの魔法には相変わらず制圧効果があるものの、盗賊達も魔法を盾を防ぐ持ち出していて、緒戦ほどの殺傷力を発揮出来なくなっている。全員で生き残るのは無理かもしれない、とレイは思う。デグは岩陰で頭を抱えている。


「ここで奴らを足止めする。デグ!その間に山に入れ!ガジャ!あそこに登って上から敵を抑えろ!」レイは斜面の大きな石灰岩を指さして叫ぶ。

「了解」ガジャは言いながら動き出したが、その腕をエルが掴む。

「俺に行かせてくれ」エルが言った。

「ガキは大人しくしてろ」ガジャはエルの腕を振り解こうとしたが、エルは引き下がらない。

「俺の銃はあんたのよりも射程が長い。だろ?やらせてくれ。頼むよ」ガジャはエルを睨んでからレイを見る。レイは一瞬ためらってから頷く。

「好きにしろ」ガジャが言う。立ち上がろうとするエルにレイが言う。

「敵を抑えられたら俺達も移動する。俺達がお前を援護できる位置に着いたら、お前もすぐに移動しろ。いいな?」

エルは頷き、中腰になって駆け出す。ラニは敵とエルの間に煙幕を張り、レイとガジャは撃ちまくる。


エルはガレ場を駆け上がる。銃弾が何度か周囲の地面を抉る。両手を使って獣のように山の斜面と巨岩を這い上がり、射撃位置に着く。素早く敵の集団を見渡し、優先順位の見当を付け、ライフルを構える。岩陰から身体を半分晒している射手に狙いを付ける。

「殺せ」と呟いて引き金を引く。

素早く排莢し次弾を装填する。次の獲物に狙いを定め、また呟く。

「殺せ」


レイ達はエルが二発で二人倒すのを見る。「あの小僧、射撃の腕は本物だったな」ガジャが呟く。レイも同じことを思う。レイはデグに向かって怒鳴り、デグは山に向かって精一杯の速度で歩く。


エルは次々と敵を仕留め、盗賊達は次第に岩陰から顔を出さなくなる。レイは良いぞ、と思う。上手くお互いを援護しながら山に逃げ込めば、もしかすると生き残れるかもしれない。

「よし、移動する!ラニから行け!」レイが叫ぶ。三人は互いの援護と、エルの強力な援護射撃を受けて、山に入る。


「エル!お前も移動しろ!」エルの後方に移動したレイが叫ぶ。だが、エルはその場に留まって撃ち続ける。レイは繰り返し叫ぶ。

その時、レイは敵が潜む岩陰から微かに漏れる光を見る。おそらくエルの位置からは見えていない。「エル、移動しろ!」レイは叫びながら、光の漏れる岩陰に向かって撃ちまくる。「ラニ!10時方向の岩陰に魔術士!潰せ!」撃ちながら叫ぶ。ラニは標的の位置が見えていないが、詠唱を始める。状況を察したガジャも射線を集中する。ラニが光弾を発射する。ラニの光弾が空中で炸裂する寸前、岩陰から光弾が放たれる。


エルは一〇〇メートルほど先から強い光が放たれ、自分に向かってくるのを見る。自分がしくじったことを悟る。


エルのいた巨岩の上で光が弾け、青い光と爆音が周囲を包む。

「クソッ!」ガジャが叫ぶ。

レイには、今の攻撃がエルに直撃したかどうかわからない。助けに行くべきだろうか。数秒迷ってからレイは言う。

「援護しろ」


ラニが最後のカートリッジを使って、煙幕を張り、炸裂弾を放つ。ガジャもありったけの弾を使って制圧射撃をする。レイはエルがいたはずの場所へ向かって走る。一度斜面を駆け下りてから岩に登ると、エルが横向きになって倒れている。顔は血と煤で赤黒くなっている。だが、呼吸している。全身に傷があるが、致命傷があるかどうかはわからない。「エル、起きろ!」レイが呼びかけるとエルがたどたどしい口調で言う。「すまない、俺のせいだ……俺のせいで……すまない……」そしてエルの意識は失われる。


「クソッタレ」レイは毒づく。ここからどうする?レイは岩の上から周囲を見る。煙幕は既に晴れかけていて、敵の様子が見える。ラニの攻撃魔法が打撃を与えたはずだが、それでも尚10人以上残っている。狙撃手を無力化した敵がじりじりと迫ってくる。エルを担いで移動するのは無理だ。レイは薄くなりつつある煙幕を頼りに、ラニとガジャのところまで駆け戻る。


「エルは?」ラニが訊く。

「わからない」レイは答える。「意識が無い」

敵がエルがいる岩の横を通り過ぎて山を登ってくる。地面から突き出した巨岩を盾にしながら迫ってくる。

「どうする?」ラニがまた訊く。レイはすぐに答えられない。

しばらくの沈黙の後、レイが言う。

「あいつを一人で死なせられない」

ラニが頷く。


レイは弾入れから最後の装填管を取り出し、最後の七発をカービンに装填する。ラニは魔石のカートリッジを使い切り、拳銃を抜いている。ガジャもライフルの弾を撃ち尽くし、両手に拳銃を持って撃っている。レイがガジャを呼ぶ。三人は互いを見合い、無言で意思を確認する。撃ちながら出来る限り接近し、弾を撃ち尽くしたらナイフを抜いて白兵戦に持ち込む。死ぬまでに一人でも多く殺す。

三人が岩陰から飛び出す。その時、盗賊達が遮蔽物にしていた岩々が……立ち上がる。


ガラガラと音を立て、巨大な岩が文字通り次々と立ち上がり、人のような形になる。盗賊達は突如として間近に現れた高さ四メートルほどの巨人の群を、茫然と見上げている。レイ達も呆気にとられてただ見つめている。巨人達がゆっくりと腕を持ち上げる。盗賊達は次に起きることを理解するが既に遅く、巨人達が腕を振り下ろす。大地を揺らす轟音が山脈に響き渡る。


レイ達はランギリーの酒場のカウンターに横並びで座っている。バーテンダーが人数分のグラスにウイスキーを指二本分注ぐ。皆がグラスを手に取る。しばしの沈黙の後、ガジャが言う。

「俺達の友人、"殺し屋"エルに」

レイとラニが繰り返す。

「"殺し屋"エルに」

「いや死んでないって」エルがきまり悪そうに言う。

全員が酒を飲み干す。


デグの「親戚」は盗賊達を叩き潰すと、レイ達にデグを助けたことの礼を言った。それから巨人の魔法使いがレイ達を治療してくれた。エルは全身に傷を負い、脳震盪で意識を失っていたが致命傷はなかった。まだ全快には程遠いが、一人で歩けるほどには回復した。四人はその夜を岩山で巨人達と共に過ごし、翌日彼らに守られながら山と丘陵地帯を越えて街道に戻り、そこで巨人達と別れた。デグもついてきていて、町へ向かう四人にいつまでも手を振っていた。町に着いたのは夜だった。宿の風呂に入ってから、また四人で酒場に集まった。


ウイスキーが食道を焼きながら胃に落ちていくのを感じながら、とんだ寄り道だった、とレイは思う。結局、弾薬と装備を浪費しただけだ。巨人達はいくらかお礼の品をくれたが、まぁ、ガラクタだった。それでも金では買えない意義のあることをした……だろうか。あの山脈には魔鉱石の鉱脈があると信じる学者や探検家が多い。いずれは人間達が「開拓」しに行くだろう。岩の巨人達は手強いだろうが、小規模な探検隊ではなく本格的な軍隊に攻められれば防ぎ切れないだろう。そうなればデグが平穏に暮らすことも出来なくなる。人間が巨人の権利を尊重し、開拓をあきらめることもない。灰色人のことすら、未だ自由民とは認めていないのだから。


幸いにして自分達は生き延びたが、死んだ盗賊の大半は先住の灰色人で、彼らの中には人間の入植によって元々の生活を捨てざるを得なかった者も多いはずだ。俺達は何のために死にかけたのか。なぜあんなに大勢死ななきゃならなかったんだ?そう考えるとつくづくうんざりする……などと思いながら横を見遣ると、ガジャがエルの頭を撫でまわしてグシャグシャにしている。嫌がりながらも照れ笑いを浮かべているエルを見て、まぁ、今日のところはこれで良いか、ということにする。レイはバーテンダーを見遣り、グラスを持ち上げてお代わりを頼む。


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