第1章 

意気揚々と彼女の使命をともに果たすと誓いを立てた数時間後。


俺はやるべき仕事をさっぱり忘れていたことに気づいたので、

リリーさんに道案内をしてもらっていた。


「その、本当ごめんなさい・・・」


自分の頭をかきながら謝ると、

リリーさんは優雅に微笑んで、許してくださった。


「お気になさらないでください。土地勘のないところでの活動は、とても大変だと思います。」


すると、リリーさんは目を輝かせて質問する。


「それに、ギルドのお仕事がどんなものなのか興味があります。」


・・・ギルドの仕事、ね。

俺はできるだけ軽い口調で答える。


「ギルドの仕事は・・・。まぁ、パトロールみたいなもんですよ。

町の安全を確認するっていう、普通のことです。」


実際は、ただのパトロールなんかじゃない。


俺たちの国で、魔王が復活するという噂が出回っているのだ。

それがこれから向かう町、ベルクにて魔物の存在が蠢いている。

とのことが原因して、近隣諸国、そして国内は緊張感が高まっていた。


こんな深刻な問題をリリーさんに教えるわけにはいかない。


さらっと濁した答えにリリーさんは満足したようにうなずき、さらに興味深そうに続けた。


「それは素晴らしいお仕事ですね。人々の安全を守るなんて。まさに勇者様にふさわしい役割です。」


「ははっ、そんな大袈裟なものじゃないよ。ただの巡回さ。」


「それで今回のお仕事で、ベルクの町に向かわれるのですか?」


「はい。ベルクでパトロールを依頼されたんですよ。」


俺はそう言いながら地図を広げる。すると

リリーさんは地図を覗き込みながら、指先でベルクの位置をなぞった。


「ベルクですか。以前伺った時は、何もありませんでしたけど。」


「あれ?リリーさん、ベルクに昔行ったことあるの?」


「はい。わたしの信仰している神様のご縁あって何度か。あそこには私の知り合いもいますので、ぜひ案内させてください。」


「へえ、教会でのご縁あって。っていうことか。それで、信仰している神様ってどなたですか?」


「それは町についてから詳しくお伝えします。はぐれないように手を繋ぎませんか?」


ほんっとうにこの森に迷い込んでからというものの、リリーさんが心強くて仕方ない。

聖女様たる由縁をふつふつと感じる。


「それじゃあ、ぜひお願いします。」


俺は手を繋ぎ、微笑んで答えると、彼女も笑顔でうなずいた。


「ええ。お任せください。ダミアンさま。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ベルクの町の入り口を通り抜けた途端、元気に溢れる市場や、家族連れが楽しそうに会話する声が聞こえてくる。

店先には新鮮な野菜や果物が並び、子どもたちは追いかけっこをしながら笑い声をあげる。


リリーさんの言う通り、ベルクの町は平和そのものだった。


「本当に平和な町なんだね。」


正直、腑に落ちた。あまり、心配する必要はなかったのかもしれない。そうぼやくと、リリーさんは俺の言葉に微笑む。


「はい。ベルクの人々は皆、カレイド様の加護を信じていますから。」


「カレイド様?それがリリーさんの教会で信仰されている神様なんですか?」


「そうです。カレイド様は、闇を恐れず、その中に潜む真実を見出し、光へと導く存在として崇められています。」


「なるほど。光の神様か・・・」


光の神様って言葉が、俺の昔の記憶を蘇らせる。

剣の師匠で、執事のあの人。先生が教えてくれたんだっけ。


「あの時と同じ話だな・・・」


先生が微笑みながら、光の神様の話をしていた時のことを思い出す。

懐かしい温かい感触が心に広がり、リリーさんの説明に納得しながら、どこか懐かしさを感じた。

物思いにふけっている俺に気づき、リリーさんは優しく微笑んだ。


「カレイド様の光は、闇を照らし、人々に希望をもたらすのです。」


市場を歩いていると、あちらこちらからリリーさんを見て、次第に笑顔を浮かべ始める。


「あっ!せいじょさまだ!せいじょさまー!」


小さな子供が叫ぶと、瞬く間にその声が広がり、市場中の人々がこちらに駆け寄ってきた。


「リリー様がベルクにいらっしゃった!」


「お久しぶりですリリー様!」


「ああっ!聖女様っ・・・」


次々と声が上がり、人々がリリーさんに向かって礼をする。

リリーさんは優雅な微笑みを浮かべ、彼らに手を振って答えた。


「皆さん、お元気そうで何よりです。久しぶりにお会いすることができて、うれしいです。」


その言葉に、人々はさらに歓声を上げ、リリーさんを囲むように集まった。中には手に持っていた果物や野菜をリリーさんに捧げる人もいた。


「リリー様がいらっしゃるとやはり安心します。どうかこれをお受け取りください!」


「せいじょさま!あそびましょー!」


「ベルクの町は、リリー様のおかげでいつも平和です。感謝の気持ちを込めて、これを!」



す、すごい・・・!



リリーさんはみんなからの贈り物に一つずつ感謝の意を示しながら受け取っていく。

俺も彼女の手伝いがしたくなって、リリーさんの受け取る贈り物を持つ。

そんな彼女の姿に町の人々の表情はより一層明るくなり、温かい雰囲気が町全体に広がっていく。


俺は彼女の存在が、この町を守る神様のようだと錯覚するほど、彼女が愛されていることを実感した。


ーーーーーーーーーーー


町の人々から暖かく迎えられた後、俺たちは町の代表に会うために、ベルクの中心部に向かった。

町の中心にある大きな建物、そこは代表が執務を行う場所だった。


建物に入ると、品の良い内装が広がり、心地よい香りが漂っていた。リリーさんは先導するように歩き、俺はその後に続いた。


「リリー様、お久しぶりです。」


重厚な扉が開かれると、中から落ち着いた声が聞こえてきた。町の代表が現れ、リリーさんを出迎えた。

彼は年配の男性で、品のある佇まいが印象的だった。


「ご無沙汰しております。ベルクの皆様が元気で何よりです。」


リリーさんが微笑みながら答えると、代表は満足にうなずき、俺たちを中へと招き入れた。




「・・・へ?」




部屋の中には目を引くほどに派手な装いをしたお兄さん・・・?いや、女の方・・・?と形容しがたい格好の人がいた。


明るいピンクのローブを纏い、スキンヘッドの女王様?が堂々とした態度で立っているので、つい失言が出てしまった。


「あらっ!リリー様!お久しぶり〜!みんなとは挨拶できました?今日もとっても美しいわね〜!」


彼女?彼?・・・すごい格好さんは大きなリアクションでリリーに近づき、その手をとって優雅にキスをする。


「カマーさん。ピンクのローブがとってもお似合いですよ。」


ンフフ〜!


とすごい格好の人はパーフェクトスマイルを浮かべ、その後俺の方に目を向ける。


別に睨まれたわけではないけれど、ちょっと姿勢を正してしまう。


「こ、こんにちはっ、俺、ダミアン・レオナルドですっ!」


「あら、あらあらまあまあ!」


そう言って目を輝かせて俺のほうに寄ってきた。


お、大きい!リリーさんの前では跪いていてわからなかったけど、


俺よりも一回り大きい!


そんな大きな手で俺の両手を力強く握手する。そんな迫力に圧倒され、姿勢をまた正してしまったが、どこか温かみのあるオーラを感じた。


「あなた、リリー様のお連れ様なのね!私はカマー、ベルクの代表を努めさせていただいてますの。リリー様とは長いお付き合いなのよ。これからよろしくお願いね、ダミアンちゃん!」


カマーさんはそのまま優雅に一礼し、再びリリーさんに話しかけた。


「ところでリリー様?今回はどう言ったご用件で?ご訪問はまだ先ですけれど。」


とカマーさんは興味深そうに尋ねる。


「今回は少し急ぎの用事で参りました。」


カマーさんはその言葉にうなずき、少し心配そうな表情を浮かべた。


「そうですか・・・。何か大事なご用事があ流のね。お力になれることがあれば、どうかおっしゃってくださいませね!」


その一言に呼応するように、静かにたたずんでいた年配の男性が、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「カマーさんのおっしゃるとおりです。リリー様、もしお困りのことがあれば、どうか私たちにご相談ください。我々は、もとい私めも、前代表としてリリー様のお力になりたいと願っております。」


前代表の持つ深い信頼と尊敬が感じられた。彼が今でも人々から敬愛されている理由がその態度に現れている。


リリーさんはその言葉に感謝の念を込めて深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。みなさんのご好意に感謝いたします。では早速、彼にお力をお貸しください。」


カマーさんと前代表は互いに視線を交わし、力強くうなずいた。その様子を見て、俺はこの街がリリーさんをどれほど大切に思っているのか、改めて感じた。


そして、リリーさんは俺の方を見つめ、目配せをする。


俺は緊張しながら、みんなに仕事の内容をかいつまんで説明する。


「ここ最近、周辺で魔物の目撃情報が増えていると聞いています。リリーさんとともに、この町の安全を確認するため、調査を行いたいのです。その際、みなさんの知識や協力が必要になるんです。力をお貸しください。」


カマーさんは真剣な表情で頷きながら、


「もちろんよダミアンちゃん!町の安全は私たちにとっても最優先事項ですもの。どんな些細な情報でも、お役に立てるものがあればお教えしますし、町のものにも協力を仰ぎますわよ!」


と熱心に答えた。


前代表も静かに頷きながら、


「この町は代々、リリー様とそのご家族に支えられてきました。私もリリー様のお力になれることがあれば、よろこんで尽力いたします。若いものたちも、あなた方の助けにります。」


と穏やかに付け加えた。


俺は頼りになる二人の言葉に感謝の意を込めて頭を下げる。


「ありがとうございます!」


そしてリリーさんも感謝の念を込めて微笑み、


「ありがとうございます。私も力の限りを尽くしますので、どうかよろしくお願いします。」


と礼を述べた。


魔物が生まれてこないことが証明できれば、

魔王復活の噂を断つことができる!


なんて協力的ないい町なんだ・・・。


俺は少し目頭が熱くなるのを耐えた。


ーーー


ベルクの町、そして周辺の調査が正式に始まった。

俺たちは地元の人々の温かい支援を受けながら、魔物発生に関する手がかりを探し始めた。


「ダミアンさん!良ければベルクの街を案内させてください!」


「おにーさん、疲れてない?おやつあげる!」


「僕たちも手伝いますよ。」


本当、すごい温かみにみちた街だ。街の人たちはこんな俺のためにこんなに尽くしてくれるんだな・・・。


少し離れた街の広場で腰を下ろして、さっきもらったおやつを食べる。おいしい。


走り書きをしたメモ帳を開き、この街の特徴をもう一度整理しておく。


彼らの住む街、ベルクは、古い歴史を誇る温泉地として知られていた。かつて、旅人や商人たちが長旅の疲れを癒すために立ち寄る場所だった。

この温泉水は、街の周りにある険しい山脈から流れている。この山から吹き出す湯気が原因で、魔物が発生しているように見えるのかも。と言う意見があった。


「湯気が魔物に見えるって、そんなばかな話、ないだろ・・・。いや、あったから呼ばれたのか・・・?」


俺は丘から見える山の方へ目を向ける。

逆に、この湯気が魔物を発生させるものだとしたら。


無意識に力が入る。


だから、山の奥地へ向かうことにした。


ーーー


森に入ると、言葉通り、湯気が立ち込めていた。ジトジトとした空気なせいか、それとも魔物がいるからなのか。

異常な静けさにざわつく。気を張りながら、一歩一歩慎重に進む。


ザザっ・・・。


「・・・。」


ザザザっ・・・。


何者かが、茂みを動く音がする。俺に向かってきている。

ーーー魔物か?腰に携えている取手に手をかざす。


ザザザっ!


来た!俺は即座に音の方角に剣の先を突き刺すように抜き出した。


「うわーーーーーっ!!!!!」


「っ!?」


それは、魔物、ではなかった。


予想外の声。


どすんと倒れ込んだのはシスターの服装を纏った人物だった。昨日、教会で別れた、エリゼ さんだった。


「え、エリゼさんっ!?なんでここにっ!?」


驚いて剣を引き下ろし、エリゼさんに駆け寄る。彼女は驚きと恐怖の入り混じった表情でこちらを見つめていた。倒れたまま、困惑した顔で口を開く。


「だ、ダミアンさま、それは、こっちの・・・、台詞ですぅ・・・。」


「そのっ、ごめんなさい!」


俺は彼女に手を差し出し、起き上がる手伝いをした。そしてエリゼさんは少し不服そうに服についた枝を払い落とす。


「はぁ・・・。死ななかったから良かったですけどぉ。それと、この先は危険ですので、お引き返しください。」


エリゼさんは軽く肩を竦めながら、目を細めて俺を見つめた。


この先は危険?その言葉が引っかかる。


「ごめんなさい・・・。その、さっきこんなことしておいてなんですけど。

この先が危険、とは?」


彼女は一瞬言葉を飲み込み、少しためらった後、低い声で言った。


「この先には、魔物ではなく、異常に発達した角を持つ動物が多数存在しています。ここの資源のおかげで降りることはないですが、近づくのは危険です。」


エリゼさんは真剣な口調で、どこか説得力があった。だが、少し引っかかる。


「なら、ベルクに流れてくる水に動物たちに関連するものが流れ着くと思うのですが。」


エリゼは眉を潜め、言葉を選ぶようにしてから続けた。


「それに関しては問題ありません。彼らはこの空気中の湯気に含まれる魔素、俗に言う成分を食べて生活しています。加えて、温厚な動物なので、下手に近づかない限りはベルクに影響はありません。」


そして、エリゼさんは笑顔で言う。


「なので、ここを引き返しましょう。私も同行します。それで構いませんか?」


なるほど。ベルクに流れる温泉水には、俺にはさっぱりわからなかったが、魔素?って言うものがあるのか。

だが、エリゼさんの態度がどこか違和感を感じる。そこまで、この先にある何かを見られたくないのか。


そこが魔物に関するものなのならば。


「ふむ・・・。なら、条件をつけてもいいですか?」


「は?」


「実際に確かめさせてください。」


エリゼは意外な顔で、冷や汗をかく。


「じゃ、お先に。」


「ちょ、ちょっとダミアンさま!?バカっ!そっちはダメだって!!」


残念だ。この先は魔物がいる。それも、結構大物のはずだ。

そんな存在が、ベルクの町で蠢いている。

森を進むにつれて、道を塞ぐように本当に角の生えた動物がいた。


』」グオおおおおおおおお!!『『「


咆哮は、昨日出会った魔物と同じだった。

そんな結果が、少しずつ俺を冷静にさせていく。

エリゼさん、いや、あいつは魔物だ。

道を塞ぐ魔物に聖水をかけ続け、大きく淀んだ空気の奥に向かう。


すると、光が差し込む場所に出た。そこには、

王国では異端とされていた魔術の紋様が、魔法が見えない俺でもはっきり見えた。


悪いが、ここで芽を絶つ!

全力で駆け抜け、魔物を切るために大きく振りかぶる。


だが。


その光の中心にいるのは。


「っ!?」


しまった。油断した!


そんな気持ちと同時に、


どうして!?


と言う気持ち。


その姿に、目を離せなかった。

傷だらけの翼が大きく広がり、折れた角がそれの頭から突き出ていた。


髪の色は黄色と紫が混じり合い、


そんな、そんな。


目があった。


目は赤色と紫が混ざっていた。


マジかよ。


ニコッと微笑む姿。


聖女なんかじゃなくて、魔sdフォカsポフklsんdvklへgヵsd@:p義アウェー右pglかsdg;:lsだvk」pxぼ@おじゃs「@dp儀雨ウェ9klsdskdv」:pkxdzv:lkんさdpぐあs90fふぇおfんkx→bんdfs;亜lgヴァdsフィp:gウウェー「rつ2308えrを伊gdf;KBmなf」d:sgjrー絵9w「つw「ー9t34qt034位thlkんb_dkんbd;kfj:アイエrgw09q4うg「09ーwq4tg:lイアsdhgljdsんv・lsdfkjbv」zpどすg「ー9エアsrytqw4日:t


ーーーー数日後。


町の平穏無事な結果を証明した。


残念ながら、魔物の正体は、ただの動物だった。


「ほんっと、この町は平和そのものなんだな。」


俺は心の底からそう思った。リリーさんも満面の笑みを浮かべながら言った。


「はい、ベルクの町は本当に平和です。私の好きな町ですから、間違いありません。」


俺は嬉しくなってにっこりと笑う。


「へへっ。魔物が生まれていないことがわかったし、悪い噂は完全にないとギルドに報告できることが素直に嬉しい。」


「ふふっ。そうですね。」


そして、町は確実に平和だと証明したその日の夜、中心街にて祭りが開かれた。

色とりどりの飾り付けや、踊って喜びを分かち合うみんなの姿が微笑ましい。

みんなが喜びに満ちている。


ぶっちゃけ、リリーさんが大切にしている町が、悪い噂が出るわけないと薄々わかっていたような気もする。


リリーさんと共にゆっくりみんなのダンスを見てると、突然カマーさんが俺のところに走ってきた。


目を輝かせ、嬉しそうにどんどんと迫ってきて、俺に勢いのまま抱きつく。

若干お酒が混ざっている香りがふわりとかおる。


「ダミアンちゃんっ!あなた、勇者様だったのね!」


カマーさんは目を大きく開けて、驚きと喜びが入り混じった表情を浮かべた。


「ちょっと信じられないわ!勇者様とお会いできるなんて!」


その勢いに驚きつつ、俺は笑いながらカマーさんの背中を軽くポンと叩くと、カマーさんは俺を離してポンと肩を叩き返してくれる。


「ふふっ。街の皆さんには内緒にしてくださいね。」


リリーさんが顔を赤くして返事する。


俺はにっこりと返事をする。


「あははっ。不躾ながら。」


カマーさんは幸せそうににっこり頷き、俺の右手をガシッと掴む。


「実はね、昔ヤンチャだった頃に、勇者様と一緒に冒険した経験があるから、勇者様の紋章は知っていたのよ。いや〜ん、信じられな〜!」


リリーさんは左腕を自然と抱き寄せ、

「カマーさんは昔、先代勇者様と冒険仲間をしていたんです。勇者様のことを非常に尊敬しているんですよ。」と付け加えた。


カマーさんはウンウンと嬉しそうに頷いて俺の右手を自由にした後、俺にグーを差し出した。


俺も呼応して、グータッチをしたら、カマーさんは祭りのほうへ戻っていった。


俺は、祭りの楽しさに包まれながら、この平和な街での時間がますます特別なものに感じられるのを実感した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


祭りが終わり、町の夜は静かになったころ。


実は俺はこの深夜がこの町に来てから一番の楽しみだった。


本当は裕福な人しか使えないとされているお風呂が、平等に利用することができる有名な場所だと聞いたことがあるからだ。


ちょうど今頃、深夜で人が少ないため、広い風呂を貸切で利用できるという噂を聞いたので、ひっそり風呂に入りに来た。


そんなお風呂場に到着した時、俺は毎度のことながら圧倒される。

落ち着いた雰囲気、心地よい香り、リラックスした空気。


人の流れが極端に少ないのが、噂が本当だと教えてくれる。


「はあ、楽しみすぎる・・・」


ここの風呂は全裸になって入るものらしい。

自分の家にもお風呂はあったけど、風呂用の服を着ないというのは正直斬新だ。


着替え場所で服を脱ぎ、全裸でズカズカと浴室に入る扉を開ける。


ああ、素晴らしい・・・。


貸切じゃないか・・・!


ここでは、

『風呂の前に体を洗うもの』らしいのだが、どこに体を洗う場所があるのかよくわからない。


どこに体を洗う場所があるんだとうろうろしていると、

ゴシゴシと擦れる、歯を磨くような一定のリズムを刻む音が聞こえてきた。


「?」


誰かいるのか?俺だけだと思ってた。周囲を見渡すが、別に人影は見当たらない。

しかしこの音は、確かに近くで聞こえてくる。


不思議に思いながら、音のする方向に近づいていくが、何も見えない。


「あのー・・・」


声をかけてみたが、返事がない。

だんだん怖くなってくる。響く音は確かにすぐそこにあるんだが、遠い。


こ、これは古の噂である、「動物が風呂を使う」ってやつか?とか思うけど、気配が不自然すぎる。


「・・・誰かいる?」


やっぱり、何にも反応がない。小さな好奇心が湧いて、ゆっくり手を上げて伸ばそうとしてみるとーーー




ふにょん。




何かに触れた。


ふにょん??????????


柔らかい。なんだこれ。確かな手応えがある。


湯気?湯気って触れんのか?


なんか、クセになる触感だ。

何も考えずに謎の湯気をむにむにと触っていると、俺の手の先の景色がぼんやりと揺らぎ始め、魔法のようにスーッと消えていくと、そこに現れたのは・・・


きょとんとして、何が起きているのかわかっていない顔をしたリリーさんだった。


「えっ・・・!?」


リリーさんの顔が瞬間的に真っ赤になる。

そして、俺も遅れて自分のての位置を認識する。


手が・・・、ふにょんと触れた場所・・・。


鷲掴みにしていたのは、リリーさんの・・・。


お、


お・・・!



「お、おわあああああああっ!!!」



パニクった俺は、手を引っ込めると同時に足が滑って、情けなく尻もちをつく。


「だ、ダミアン様・・・!!その、こ、これは・・・事故ですから!本当に気にしないでください!!」


リリーさんも慌てているが、目は大きく開き、てんやわんや。


(これは事故、これは事故っ、これは事故なんだっ・・・!)


と自分に言い聞かせるが、ふにょんの感触が今でもこびりつく。確かな興奮と、比例して増大する冷や汗。


全力でリリーさんのすべてを見ないように目を逸らすが、

キラキラした視線が刺さるのがどうにも気まずい。


「あの、ダミアン様、どうしてここに・・・?」


「あ、いや、その、ここの風呂、夜中は最高って噂を聞いてて・・・」


「そ、そうなんですね・・・実は、私もその噂を聞いて・・・。」


(え!?考えてること一緒だった!なんか嬉しい!・・・いやいや!そうじゃないだろ!)


俺は大きく息を吸って平常心を保とうとするが、リリーさんが一歩近づいてきたことで、その平常心は一瞬で崩壊。

ドタバタしながらリリーさんに背を向ける。


「立てますか?」


「だ、大丈夫!立てる、立てるから!」


なんとかして必死に立ち上がったが、どうにも腰が引けてしまう。リリーさんが近くにいると思うと、あんまり俺と向き合って欲しくない。

とにかくリリーさんに背を向ける。


「腰、痛くないですか?」


そんな俺をからかっているのか、俺の顔を覗き込もうとしてくるリリーさん。


「ごめん!リリーさん!本当にごめん!!」


も、もう体を洗うとかもういいや!さっさと湯船に飛び込んじゃおう!そう思って湯船をチラチラ探すが、どこにあるのかさっぱりわからない!


そんな俺の姿が面白いのか、リリーさんはどこを向いても火照った顔で必ず覗き込んでくる。


なので俺はクルクルと回転しながらリリーさんの視線から逃れつつ、更衣室の方角であろう方向へ向かうが、遠心力のせいで何にもわからない。


「ぷふっ・・・、ダミアン様、落ち着いて!」


なんかリリーさんが笑ってるのが聞こえるけど、今それどころじゃないんですって!!


流石に気まずすぎる!!・・・だんだんフラフラしてきた。


限界が近づいてきて、目が回って何にもわからなくなってきた時に、気付いた時には俺は湯船の方角にクルクル回って向かっていた。


そんな時にツルッと足が滑る。


「あっ」


バシャーン!!


足が滑り、全身が空中に投げ出される感覚が一瞬だけ広がった。


水しぶきが上がり、湯船の表面が波打つ。


そんな時、思い切り頭をぶつけてしまう。


ーーーーーーーーーーーーーー


「う、ううん・・・。」


涼しい部屋で、誰かが俺の顔を覗き込んでいた。


「ああっ、ダミアン様っ!目覚めたのですね!」


「あれ、リリー・・・さん。」


「ほっ・・・。本当に心配しましたよ?」


安心した顔で、優しく俺のおでこを撫でる。


おでこを撫でられながら、今どういう状況なのかをゆっくり確認する。


俺は、確か・・・目を回して、頭ぶつけて、そんで・・・。リリーさんに膝枕してもらってんのか・・・。


リリーさんはタオルを体に巻いている。なるほど。正直これもこれでいい。


下半身あたりを見ようと思って頭を下に動かそうとした時、ぶつけたところがズキりと痛んだ。


「っ・・・。」


「ダミアン様、安静にしてください。頭をぶつけたのですから。」


リリーさんの顔は少し赤く、真剣な表情で俺を見つめていた。


「その、さっきはごめんなさい。突然バシャーンと・・・。」


「いえ、あれは俺がリリーさんの・・・、

あっ!!」


タオルかけられてるよね?


「な、なんですかっ?」


「タオルかけられてますか!」


「え、ええっと、は、はい!い、一応!」


リリーさんは顔を赤くしながら、俺の下半身の方を見た。


ふうっ。安心した!

けど、無意識に足を内股にしてしまった。


「・・・」


「・・・」


甘酸っぱいみたいな変な空気が充満してきた。そんな空気を誤魔化すために、リリーさんが口を開く。


「あ、あの。ダミアン様。気づいていましたか?」


「え?」


「さ、さっきのお風呂での一件です。私が、魔法を使ってたこととか・・・」


「え・・・?あ、あ〜・・・。」


なんも見えなかったのって、魔法を使ってたからだったの?き、気づかなかった。


「私、結構わかりやすくしていたつもりだったんですよ?ちょうど一人だったので、弱めにしていたのが悪かったんでしょうけど・・・」


そうか。リリーさん、魔法使えるんだな。

初めて知った。

じゃあ、これも伝えておいた方がいいかもしれないな。


「リリーさん。」


「は、はい。」


「俺、あんまり魔法が見えないんですよね、あはは。」


「えっ?そうなんですか?それは、ちょっと意外です。」


「普通は見えて当然なんですけどね。俺はちょっと、苦手で。」


リリーさんは驚いた様子で目を大きく開いている。


「そうなんですね・・・でも、ダミアン様はその分、感覚が優れているのかもしれませんよ。魔法に頼らずとも、何かを感じ取れたりとか。」


「感覚、そんなに大層なものじゃないけどね。さっき俺、滑ってこけたし。」


「自分自身を卑下なさらないでください。あなたを愛する人が居るのですから。」


リリーさんは少しはにかんで言うので、少し焦ったい空気が結局帰ってきてしまった。


またリリーさんがこの空気を切り開く提案をする。


「あの、今度はタオルを巻きながら、ちゃんとお風呂に入りませんか?」


「そうですね。」


リリーさんが俺の背を支え、俺はゆっくりと起き上がった。


「助かりました。リリーさん。」


「ふふっ。・・・そうだ。」


「なんですか?」


「お風呂を共にした仲間なので、これからは・・・そう。


敬称なしで、リリーと呼んでくれませんか?」


少し顔を赤らめながらそう言った時の姿をこれからも忘れることはない。


「あははっ!それは、ちょっと恐れ多いなあ。」


「えー?そんなこと言わないでくださいよ。ダミアン様ー?」


「やっぱり恐れ多いから、身分を隠す時とかにしない?」


「ふふっ。そうしましょうか。」


そう言って俺の右手を掴んだリリーさん、笑顔に少し、ときめいてしまったのは秘密だ。


ーーーーーーーーーーーー


リリーさんとお風呂に入り直したことを後悔してます。


「お背中洗いますね。」と言うことなので、潔くお願いしました。


なんだけど、なんだけどさ。


「んしょっ、えいっ。」


むにゅんむにゅんと変な感触がするんだよね。

多分、スポンジなんだろうけど、最初のやらかしが尾を引いているせいで、アレではないのかと頭が沸騰する。


「ダミアン様っ、リラックス、リラックスですよー。えいっ、それっ。」と健気に背中を洗ってくれてます。


とてつもなく変な気分になるのを抑えるのが難しい。お互いタオル姿なんだってわかってるのに、安心していいはずなのにどこか懸念がある。

時折スポンジを持つ手が背中に当たったりするのが本当にドキマギする。


「ダミアン様の背中、とってもたくましいですね。筋肉の間とか洗ってると、なんだか楽しいです。」


楽しいのは結構なんだけど!なんだけどさ!!


も、弄ばれてるとしか思えない!


「腕をあげてください。こっちのほうも丁寧に・・・」


なすがままになってるんだけど、これもまあまあやばい。俺のタオルが少し動いてたらどうしようとか考えてしまって、余計意識してしまう。


「私に腕を乗せてくれても大丈夫ですからね。」


その言葉が耳に入った瞬間、ぷにっとした感触と共に優しい手つきが!なんか腕のあたりがなんかやばい!!


「・・・はい。それでは右の腕も行きますね。」


焦ったい。ずっと焦ったい。落ち着けって言葉がずっと頭の中をぐるぐる回る。


「はい。腕あげてー、あ。掌を私のほうへ開いてください。」


「!?」


その後、手の下半分がむにゅりと、上半分が骨のような何かに触れた。


驚いてリリーさんの方を向くと、俺の右手がリリーさんの鎖骨あたりにくっつけられていた!


「ダミアン様、祈りをしますので、我慢してくださいね。後でたくさん、できますから・・・。」


「顔をちょっと火照らせてそう言うこと言わないでください!」


タオル越しでもしっかりわかる。今俺は結構やばい位置に手があることを。


「ふふっ。真面目にやりますから。心配しないでくださいね。」


そう言ってリリーさんは目を閉じ、俺の手が逃げられないようにしっかりと掴む。

その姿になった時、聖女らしさを強く感じて、目が離せなくなった。


手が疲れるを言い訳に、これから何をするのか心配になったのでリリーさんの方を向く。


「ーーーーー」


聞いたことない言葉だ。でも、不思議と惹かれる発音だ。リリーさんは静かに祈りを始める。


リリーさんの周りの湯気だけが異常に離れていく。そうして、じんわりと右手に心地よい感覚が伝わってくる。


純粋に、これはリリーさんの魔力なんだってわかったのが嬉しかった。

魔力が見えない俺でも、視覚的に彼女の聖女としての温かい力を見られたことが貴重だった。


少しずつ体の奥が温かくなるのを感じる。リリーさんの心と俺の心が結びついたような感覚。

とても気持ちがいい。


「わあーっ・・・」


つい感嘆の声を漏らすと、リリーさんはちらりと俺を見て、目を瞑ってにっこりと微笑んだ。

その時は赤い瞳とはまた違った、美しい紫色だった。


しばらく彼女の祈りを受け取った後、空気中の湯気が徐々に戻っていく。

リリーさんが俺の右手をゆっくり離した時に俺はこの感動を伝えたくなった。


「リリーさんの魔力、初めて見ました。それに、こんな感覚、初めてで・・・」


リリーさんは優しい笑みを浮かべ、


「それは良かったです。勇者様としての力を蓄えるためにも、聖女の祈りが必要です。」

と言ってくれた。その声に、なんだか心がほっこり温かくなる。


この祈りは、とても特別だった。これからもこの温かい共有のような、手を取り合って、と言うような・・・。



『彼女のことが、もっと知りたくなる。』



『彼女の存在が、俺の中で特別になる。』




これが、リリーさんの魅力なんだろうな。


さっきまでの緊張が無くなって、だいぶ一緒にマシになってきた。よし。


「今度は俺がリリーさんの背中を洗わせてください。」


「そ、それは結構です!」


ーーーーーーーーーーー


宿屋にて。俺は王国から支給された魔道具を片手に、不安を募らせていた。この魔道具はトランシーバー的役割を持っており、即座に連絡を送ることができる利便性を持っている。


残念ながら、俺には魔法適性がないため、装置を片手に唸っていた。


「はあ。今日も1時間かかんのかな・・・」


魔力電池をはめ込んだ魔道具を窓のそとに差し出しながらいつも思う。


報告先のギルドで働いてる友達がいるからだいぶ気分は楽だけど、時間がかかるのが本当にめんどくさい。起動してからしばらく経つ。


今回も友人が応答してくれたらと期待していた時。


『あー、あー。聞こえていたら応答してください。』


「・・・おおっ!やっとつながった!」


『その声は・・・、レオ!信じていたぞ。ちゃんと生きてるってな。』


装置越しの声は、俺の友達のペーターくんだ。

数少ない、魔法がダメな俺の理解者のひとり。

彼のおかげで鮮明に会話ができている。


「なんだ?当たり前だろ。しっかりベルクの街の調査は終わった。何にも問題ない。」


『本当か!良かった!・・・温泉が復興できればいいんだが。まぁ、それは追々として。』


おほんと咳払いをすると、真剣な声が響いてきた。


『レオ、王国で緊急会議が開かれることになった。至急、こっちに戻ってきて欲しい。』


緊急会議!?俺はゴクリと、唾を飲む。


『魔道具に、目的地までのルートを設定しておく。その地点に天使族を派遣させるから、明後日の朝に到着してくれ。』


「わかった。それじゃ、王国で。」


そして、魔道具からの声は聞こえなくなった。


緊急会議が開かれる。その言葉に不安を感じながら、俺は明日の用意をし、布団に潜った。

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魔王の娘を聖女さまと勘違いして一緒に冒険している件。 わたしロゼおば★(ピンクマン) @ROZEOBA

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