第2話 街道を降りてくるもの
コンビニから帰って来ると、遅いとお姉ちゃんに怒られた。
晩御飯前に何をしてるのとお姉ちゃんは、お母さんに怒られていた。
そのまま夜になって蒲団に入っても、僕はおばあさんの事が気になって眠れなかった。
あのおばあさんが事故を起こしていたのだろうか。それとおばあさんが言っていた言葉。
4時に何が来るのだろう。
時計を見るともう3時半になっている。
僕はおばあさんの言葉が気になって、交差点に見に行くことにした。遠くからそっと見れば大丈夫だろう。
蒲団を抜け出し服を着替えて、そっと外に出た。外は真っ暗だが街路灯が道を照らしている。まだ空気がムッとする中、あの交差点に向かって歩き出した。
交差点からまだ遠くの電柱の影から四つ角を窺うと、あのおばあさんがいた。
僕は近付かずに、遠くから様子を見ていた。
すると、カーブミラーに何か映っているのに気が付いた。
チラチラと沢山の赤い点が、ゆらゆらと揺れて映っている。
何だろうとカーブミラーをじっと見ていると、おばあさんが立ち上がって、交差点の中に入る。そのまま上の方を見るとひょっこりと歩き出した。
おばあさんが姿を消したので、僕は思い切って交差点に近付き、石碑の影に隠れた。
カーブミラーを見上げると、無数の赤い玉が映っている。
その上、何か音がする。
リン・トン、リン・トン、リン・トンと規則的に聞こえてくる。
僕は息を殺して石碑から顔を出し、街道の上の方を覗いた。
黒い塊が動いている。その中に赤い光が点々と見える。
街灯のあかりの下に入ってはっきり見えた。
人の集団だ。
先頭に黒い着物を着た人が二人並んで歩いている。
一人は片手に鐘を持ち一足出す毎に鐘を振っている。もう一人は片手に小さな太鼓を持ち、もう片手に持ったバチで鐘の音が鳴ると続けて太鼓を叩いている。
リン・トン、リン・トンはあの音だ。
その後ろに大勢の黒い着物の人達が、並んで付いて来ている。
皆、赤い光の漏れている提灯を片手に提げている。
カーブミラーに映っていた無数の赤い点は、提灯の灯りだ。
その中でも、列の真ん中で一際目立つものがいた。
一人、輝いて見える。真っ白い着物を着ていてとても綺麗だ。
頭にも白いかぶりものをしている。
あれは、花嫁衣装だ。
どうやら御輿の上に座っているみたいだ。黒い列の中で浮いて見える。
花嫁の美しさに見とれていると、いつの間にか白いもやが立ち込めていた。そして、行列の先頭がすぐそこまで来ていた。
僕はあわてて石碑の影に隠れた。
リン・トン、リン・トン。
鐘と太鼓の音が背中を通り過ぎて行く。
続いて沢山の人が通り過ぎる気配がする。
石碑の影から首だけ回して後ろの道を見ると、赤い提灯を持った黒い着物を着た人達の後ろ姿が流れて行く。
そこに御輿を担いだ先頭の人が通り掛かった。
僕ははっとして上を向いた。純白の衣装を着た花嫁が頭の上を通り過ぎて行く。
白いかぶりものの中の花嫁の顔が見えた。
あまりの美しさに目を奪われた。
その時、花嫁が閉じていた目を開けた。その黒目が動いて僕と目が合った。
僕はドキリとした。それは、一瞬だったけどとても長い時間に感じられた。
花嫁はまた前を見て目を閉じた。
そして、そのまま通り過ぎて行った。
僕は再び石碑の影に隠れた。心臓が痛くなるほど高鳴った。
やがて行列は全て通り過ぎると、石碑の向こうを通る人の気配は無くなった。
僕は、石碑の影から這いつくばって出ると、街道の中を窺った。
行列の後ろ姿が見える。花嫁は遥か先を行ってしまった。
フト気がつくと最後尾にあのおばあさんがいる。
その後ろ姿を見て息を飲んだ。
そのお尻には、白いフサフサした尻尾が揺れていた。
狐だ。
そう思った時、おばあさんが横を向いて僕をちらりと見たような気がした。
その夜以降、あの交差点でおばあさんの姿を見た事はない。だけど、相変わらず度々、子供と車の衝突事故はおきている。
どうやら交差点の事故とおばあさんは関係無いようだ。
じゃあ、あの時おばあさんは何をしていたのか。おばあさんは、逆に事故を起こさないようにしてたんじゃないだろうか。
つまり、嫁入りの行列の前に事故が起きて、交差点を血で汚さないようにしてたんじゃないだろうか。
あの時、交差点に飛び出した弟をおばあさんが押し返したんだろう。だから、弟の腕を引っ張った時、フワッとして手応えがなかったんだ。
あの狐の嫁入りを汚さないために。
提灯行列 九文里 @kokonotumori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます