hi to ri ta bi
織風 羊
hi to ri ta bi
私は一人旅が好きでよく出掛ける。
但し、一人旅と言っても2輪で気ままに走り、辿り着いた所でテントを張って一晩過ごす、と言った旅だから、旅館に泊まったり、ホテルで一泊したりするような旅ではない。
キャンプ場があれば、そこで寝泊まりするし、なければ野宿である。
鄙びた村なら、無人駅があったりと、そこで寝袋の中に入り朝を待つこともあった。
目的は特に無いのだが、自然の中に入る、というのが目的と言えば、それなのかもしれない。
ただ、近隣に神社などがあれば鳥居をくぐり両手を合わせるようにはしている。
山乃神の場合は祠だけが殆どで、鬱蒼と木々繁る山道から離れた所でも名の知れた神々が神住まわれる場所も同じである。
然し、困るのは何処の何という神か全く分からないと、神の名を唱えることもできない時である。
片田舎にある神社では、名も知らぬ氏神が祀られており、それはそこの村人だけが知る神なのだろうか?
そんな旅をかれこれ何十年も続けている。
それだけ長く旅をしていれば、当然、様々な出来事や、出逢いに触れることがある。
ふと思い出したので、ここでは、そんな中の不思議な出来事の一つを書いてみようと思った。
いや、違う、ふと書こうと思っただけで現在も進行中のようである。
場所は都道府県くらいまでは分かるが、それ以上は分からない。
何せ気ままな一人旅、道路標識こそ見るが、地図を見たり、GPSで場所を調べたりなどはない。
急に電波が届かなくなったり、充電式のスマホでは簡単に開くことなど、それこそ危険な行為である。
何度か山道で迷ったことがある。
そのうちの一つだが。
この先に何何地蔵尊有り、という立看板に誘われて、崖伝いに一本のロープがぶら下がっており、そのロープに手を掛けたのがまずかった。
ロープを登り切ったそこから先が、台風か地震かの自然災害のために山道が無くなっていた。
それでも、ここまで来たのだからと、どうにかこうにか道を探りながら登っていくと、完全に道が無くなっていた。
振り返れば、通ってきたはずの道が無い。
しまった、と思うには遅すぎた。
そこで住んでいる生き物の獣道に惑わされたのである。
泊まるつもりである。
覚悟はできている。
それだけの装備はいつも背負って登っているが。
登り始めたのはベースキャンプのあたりが明るくなり始めた頃。
時計を見ると、まだ正午前、諦めるには早すぎる。
下山の方法は二通りある。
一つは、ひたすら林間を歩き、谷川を見つけることである。
河の流れる所、民族は水域で文化を芽生えさせた。
世界四大文明、エジプトも、メソポタミア、インダス、中国もそうである。
川の流れに従って降りて行けば必ず民家に出くわす。
もう一つは、東西南北、どの方向でも良い。
東と決めれば、ただ東へと進んで行く。
決して方向を変えてはいけない。
目前に崖があろうと、滝があろうと、まっすぐに進むこと。
アルプス連邦のような連山でない限り、どちらかの方法で必ず人里に降りれるはずである。
幸いにも私は渓谷を見つけることができた。
深い渓谷である。
迷いはない。
生きるか死ぬか、どちらを選ぶ? と聞かれれば答えは一つしかない。
殆ど直角のような壁を私は降りていき、たどり着けば川の流れに沿って下へ下へと進むだけ。
然し、そんな安堵も束の間で、しばらく歩いていると大きな水流の音がする。
間違いなく、滝落ちる音である。
歩けば歩くほど、その音は激しくなり、川の流れが早くなっていく。
それでも歩いていけば、道は空へ伸びるように消えて無くなり、同時に流れていた川も無くなっている。
見えるのは、やっと開けた空間から覗いている青空だけだ。
とうとう私は、滝壺の上という水の行き止まりまで来たのだ。
迂回するしかない。
苦労して降りてきた渓谷の壁を今度は登らなければならないのである。
大きな水落ちる音を聞きながら、両手両足を駆使しながら登っていく。
そして、今度はその川の音を聞き逃さないように、水流に沿ってではなく、水音に沿って歩き始める。
辺りはまだ明るいが、陽が落ち始めているのが分かる。
雑木林の中、水音だけを頼りに歩いていると、気がついたことがある。
これは、杉の木。
杉林なのだ。
ということは林業者が通る道が何処かにある。
私は歩いた。
時々上り坂もあったが、気にはしない。
そこを登り切れば、また下り坂があるはずだ。
杉林がある限り。
そして、とうとう私は下方に欄干のない道だけの橋を見つけたのだ。
もう杉林を頼らない、川の流れる音に耳を傾けない。
ただ、その粗末な橋を目指して歩いた。
やがて、小さな道に出る。
林業者の歩くための道なのであろう。
私は安心して、笑顔さえもこぼしながら歩き、そして目の前に現れたのは厳重な鉄の門であった。
まるで外の世界と、内側の世界を分けるような鉄の扉。
諦める訳が無い。
私は崖伝いに降りていき、鉄の扉を越えたところで、元の道へ戻っていく。
無事に鉄扉を超えて振り返れば、この先立ち入り禁止、と赤ペンキで殴り書きのような立て札があった。
私は、そんな場所から生還したのだ。
そう思うと誇らしささえも覚える。
そして、少し歩けば民家が見え出す。
村に入る前に神社といえば小さいが、鳥居をくぐり、両手を合わせた。
その時、何処かで笑い声が聞こえたような気がしたが、その時は気にしなかった。
それどころか、人の声を聞けた喜びの方が優った。
村は誰も住んでいないようであった。
随分と昔からあるような古い家屋が並んでいる。
何処かで公道に出る道があるのだろうと歩いていたが、出会したのは先ほどの神社である。
戦国時代に、外の者が乱入してきた時のために、細い道を幾重にも重ねるように作った道があると聞いたことがある。
なるほど、ここにきてまた迷ってしまったか、そう思った。
その時、向こうのほうで、車のエンジンの音が聞こえた。
私は、その方向へと走った。
もしも、その車に間に合わなければ、永久にこの村から出れないような気がしたからだ。
果たして、民家で車へ、今しも乗り込もうとしている女に出会った。
「すみません、道に迷ったみたいで」
私が声を掛けると、その女性は怪訝な顔をして私を見つめた。
当然であろう。
誰一人この村を訪れそうもない、そんな村の中で、迷子の男が声を掛けてきたのである。
然し、その女性の対応は素晴らしいもので、一度は顔を曇らせたものの、
「それは大変ですね。どちらから? お送りしましょうか?」
「ありがたい、一体ここが何処か分からなくって」
「スマホはお持ちではないのですか?」
「生憎と充電切れで困っていたところなんです」
「あら、何処から来られたのか教えてくださいません?」
私は、山に入る前の街並みや、登山口の風景を説明すると、
「まぁ、遠いところから来られたのですね。それはこの山の反対側の地蔵山っていうところですわ」
その女性は、そう言いながら助手席の扉を開けてくれた。
どれくらいの時間が経ったのであろう。
陽は落ちて、辺りは暗くなっている。
その時、女性は車を止めると、
「ここからは一本道、もう迷うことはありませんわ。私は、これ以上先には行けませんの」
そう言い残すと車は細い分かれ道で I ターンをして遠ざかっていった。
夜間登坂は慣れている。
但し、夜間登坂は慣れた山道でないとやるものではない。
ここは知らない道、正直言って心細かった。
そんな出来事があって、やっと辿り着いた登山口で、一人きりで待っていてくれた二輪に寂しい思いをさせてごめんね、これから二人でベースキャンプに戻ろうね、と本気で話し掛けた。
月明かりさえ届かない林道をヘッドライトの明かりだけで走り、キャンプ地に辿り着いた時は真夜中であった。
私は、この物語を別のサイトで公表したことがある。
全く知らない人?が訪れて。
当たり前だ、知っている人などいる訳がない。
それでも、こんなに高く評価されるのか?
と思うくらいに高評価をしてくださり、そのページを訪れてみた。
訪れるべきではなかった。
後悔しても、もう遅いのだ。
そのページには、自死について書かれてあった。
しかも写真付きなのだ。
神社の裏なのであろう。
御神木のような大きな木の太い枝にロープがかけられていて女性がぶら下がっている。
その女性は俯いていて表情が分からないはずなのだが、一瞬こちらを向いて笑ったような気がする。
あの時、私を車で送ってくれた女性の顔で。
それ以来、そのサイトでは、私の物語に多くの人たちが集まってきた。
全て、死んだ人。
自死、事故、殺害、色々な人が私の物語を読みに来た。
知人の紹介で、あるお寺に行き、お祓いをしてもらうことになった。
私は今、このサイトで物語を書いている。
いずれ、物語が途中であっても公表できない日が来るであろう。
そのお寺の住職曰く、私の体はすでに半分が別の世界にある、そうだ。
「生きたいと思う反対の世界、つまり死にたいと思ったことはありませんか? その思いが貴方を誘う貴方の作った道だったのです。どんなに辛くとも生きようと思いなさい。そうすれば貴方の体は元に戻れるかもしれません。そう、その村は現実には無いのですから。違う世界の村なのですよ。貴方は生きたいと思う力を無くしたからこそ、その世界の住人たちに誘われたのです」
確かにそうかもしれない。
私がこのサイトで物語を書いているのは、あの世界のサイトから逃げる為。
私が過去に書いたこの物語は、何処のサイトに存在するかは探さない方が良い。
訪れた時、それを読みにいった時、その時、貴方は向こうからも見られているのですから。
生きる気力を失くすもの、それは希望を無くした時。
もしも、それでも、嘆きの中で生きていたいと思うなら、それはそれで私にとって嬉しいことかもしれない。
あの時のあの車のように、私は貴方を二輪で迎えに行こう。
そう、あの時の車は私に時間を与えてくれた。
でも私には、そんな優しさは存在しない。
生きることを諦めた人たちが住むあの村へ、貴方を誘いに行こう。
その時に、会いたい、嘆きの中で生きる貴方に。
hi to ri ta bi 織風 羊 @orikaze
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