【最終話】侵入
親族控室は十二畳ほどの和室となっており、中央を襖で仕切られていた。
皆斎場に出払っていると分かっていても、俺は慎重に奥の部屋へ進む。
お経の声はここまでは届かなかった。体重をかけた分だけ、畳の軋む音が部屋に響く。
耳の奥に心臓があるのではないかと思うほど、ドクドクと大きな音が鳴っていた。
襖を少しだけスライドさせ、中の様子を確認する。
電気はついたままだった。
中央に四人用の座卓があり、隅に座布団が重ねて置かれている。先ほどまで組野家がここを使用していたはずなのに、湯飲みも座布団も使用された形跡がない。
俺は数時間前に設置しておいた盗聴器を探した。床の間の隅に目をやると、設置したままの状態でそれは置かれていた。
置き型のプラスチックのデジタル時計。俺はそれを手にすると、一目散に出口へと向かう。
部屋から出るとき周囲を確認し忘れたが、幸いにも受付には誰もいなかった。
俺は男子トイレに飛び込み、個室の扉に鍵をかけた。
緊張と走ったせいで、心臓が悲鳴を上げている。
深呼吸をしながら、俺は達成感に包まれていた。
俺だってやればできるんだ。思わずガッツポーズをしていた。握りしめていた時計を改めて見る。これが大金に化けると思うと、早く内容を確認したかった。
ここなら上条さんも来ることはないだろう。
俺はイヤホンを取り出し耳に入れた。
先ほどのようなノイズ音は全くなかった。時々衣擦れの音がするが、功一と一徹がすぐ近くにいるような臨場感がある。
『一徹、正直今回はやり過ぎだ』
『どうしてです?』
『どうしてって、お前には情というものはないのかね?』
『ルールを破ったんですよ? だからそれに従って僕は罰を与えただけです』
『だからと言って、ここまでする必要があったのか?』
『僕は今までのやり方を真似ただけだ。おじいちゃんだってそうやって来たんでしょう?』
『だが、こんなやり方じゃ若衆たちがついてこないだろう。トップを目指すなら、ムチだけじゃダメなんだ』
『そんなのは分かってます。だけど、今までアメの時間が長すぎたんだ。だから父さんは禁忌を犯し、ウチの組をここまで弱らせてしまった』
『あれは仕方なかった。上手くいけば、長く続いてきた反者(はんしゃ)組との抗争を休戦に持ち込むことができた』
『でもダメだった。結果がすべてなんですよ、おじいちゃん。父さんは負けたんだ』
『だからって実の父親を殺さなくても……』
――父親を殺しただと?
一徹の狐のような目と不気味な笑顔を思い出し背筋が凍った。
『それはさておき、どうやらネズミが居るみたいですね』
『やはりか。どうにも臭いと思っとったわ』
『チーズは自分で用意してくれたようなので、式が終わるまでには始末できるでしょう』
そういうと、コンコンとプラスチックを叩くような大きな音がイヤホンから響いた。
『諦めたほうがいいですよ』
一徹の声が急に大きくなる。
彼は時計型盗聴器を指ではじき、俺に向かって語りかけたのだ。
俺の盗聴がばれていた!?
冷汗が噴き出す。
俺は猫ににらまれたネズミのように手が震えて動くことができなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。一徹は俺が設置した盗聴器に気づいていた。ここに来るのも時間の問題だ。
俺はパニックで真っ白になった頭をどうにか動かし、お通夜の儀式が終わるまでの時間を計算した。
よくてあと十五分程度。まだ見つかっていないとすれば、今すぐ出れば何とか逃げられるか……?
俺は身体の震えを抑え込み立ち上がった。
個室のカギを開け、慎重に扉を開ける。
誰もいないようだ。
ほっとして一歩踏み出したところで、ぬっと目の前に人が現れた。
「おや、今回はトイレでしたか。また喫煙スペースで電話をかけていると思っていました」
一徹の声が頭上から響く。俺は息を飲みこんだ。先ほど止まった震えが、また手足に現れる。正直立っているだけで精一杯だった。
「まずは盗聴器とスマホ。渡してもらいましょうか」
俺は震える手でポケットから取り出し、それを一徹に渡した。
「俺を、どうするんだ……?」
勇気を振り絞って一徹を見上げる。
「どうって、会話を聞いたなら予想がつくでしょう?」
彼は笑顔をみせる。鋭い目が細くなり、目尻が下がる。まるで狐のような笑顔。しかし、今まで見たどの笑顔よりも本気で笑っているように見えた。
「それでは、ごきげんよう」
一徹が手を振る姿を最後に、俺の視界は真っ暗になった。
世代交代 なぬーく @nanook_sk
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