エピローグ 後編
「一千夏、恭太郎くん、今日カフェ寄っていかない」
友人に誘われる二人だが、もう帰り支度をしていた。
「ごめーん、今日は帰るね」
「そうかそうか、そうだよね。じゃあまた、いっしょに行こうね」
「うん、ありがとう。じゃあね」
二人はそそくさと教室を後にして帰ってしまった。
「まあ、そうだよね」
「付き合いたてだし、デートでしょ」
「いやいや、もっと別のやる事があるのでは?」
「一千夏のあのぴっかぴか具合からみても、ありうるぅ」
「いいなあ」
二人は別にどこかに急いでいたわけではなかった。
とにかく、二人きりになりたかっただけだった。
「恭太郎のチャリ、一晩放置だねえ」
「明日は同伴登校だな」
「それなんかイヤな響きだなあ」
二人で話しながらだと、あっというまに駅ビルに着いた。
「お、あのディスプレイウインド、ハーフミラーだぞ」
「なんでだろ」
「夜間だけ見せたい、とかかな」
二人で前に立つ。
「いいな、写真撮ろうぜ」
二人並んで、一枚撮った。
「けっこうよく撮れてるね」
「一千夏、エルスケンスタイルで撮ろうぜ」
恭太郎が一千夏の後ろでポケットに手を入れ足を開いて立った。
一千夏も合わせて足を開く。ふたり、ぴったり重なって前を見ながら、一千夏が言われたとおりに胸の辺りでセルフタイマーを
かけたスマホを構えた。
「スマホが傾いてないかよく見てな」
プレビューしたらまずまずのフレーミングだった。
「エルスケンって、何」
「人な。エド・バン・デル・エルスケン。昔の写真家だよ。『セーヌ左岸の恋』って写真集にセルフポートレートが入ってる…ほら、これ」
と、検索した写真を見せる。
「おー、チルいな。ん、このカメラ、何?へんな形」
「二眼レフっていう、大昔のカメラ」
「ふうん。じゃあ私たちのは『中央駅南側の恋』だ。いいね」
ふと横を見ると、中学生くらいのカップルが真似したのか、やっぱりセルフポートレートを撮ろうとしている。
が、男の子のほうがなかなか注文どおりに動いてくれない様子だった。
「じれったいな、もう。わたしちょっと行ってくるから待ってて」
言うより早く走っていった。恭太郎は面白がってスマホでムービーを撮る。
「ねえねえ、わたしが撮ってあげるよ。スマホ貸して」
押しが強いJKに素直にスマホを渡してしまう女の子だった。
「ふたりはカップルなの?」
ぐいぐい行く一千夏に、ベレーに三つ編みの人形みたいな女の子が答える。
「え、あ、はい」
「そうかそうかあ。じゃ、いいよね」
並んで立って、そうそう。じゃあ足ちょっとだけ開いてね。うん、それで手を繋ぐ。
あー、違う違う、それは手を握るでしょ、はい、手を離して。右手と、左手をクロスさせて、
そんでてのひらとてのひらを開いて合わせて、そうそう、じゃ、そのままそっと、相手の手を握って。
「はい、じゃあ撮るね。しかめ面はイヤだけど、無理に笑わなくっていい。まっすぐわたしを見てね。はい」
撮ったよーと、スマホのプレビューを見せる一千夏。女の子にスマホを返すと、二人でじっと見入っている。
「恋人つなぎ…」
「あー、あのさ、わたしもその写真ほしいんだけど、駄目かな?」
「あ、じゃあLIME交換します?」
「いいの、じゃあそうしよう」
「恭太郎、ごめーん。ついつい興がのっちゃって」
笑う恭太郎。
「ムービー撮っといたからさ。あとで観ろな」
恭太郎が手を引くので、一緒について行く。
駅ビルに入って、エスカレータを上った駅コンコース端。駅ビルテナントと駅の通路にもなっていて人が行きかう場所だが、今の時間は急いでいる人はいなかった。
恭太郎が向かったのは、その広場の中央にあるストリートピアノだった。
制服の女子中学生が三人、ふざけて『ねこ踏んじゃった』とか『トルコ行進曲』を弾いて笑っていた。
恭太郎がそばに立つと、一人が気がついた。
「あ、弾かれますか」
「うん、一曲弾きたいんだけど、いいかな?」
「ねえ、このお兄さんがピアノ弾くって」
三人は、どうぞといいながらかばんを持って離れる。
「悪いね」
「いいえいいえ、あの、あっちで聴いてますね」
「一千夏」
「はい」
「一千夏のために、一曲弾きます」
わあ、とはしゃぐ中学生。やり取りを聞いて、暇な人たちが集まりだした。
一千夏はみんなに見られて少し恥ずかしくなる
イントロが流れ出した。
やさしく、郷愁を誘うイントロからメロディに入る。歌うような旋律に引き込まれる。
すごく懐かしい感じがする。メロディに誘われて、一千夏はやさしい気持ちになった。
小さな頃、吉田川に恭太郎と二人で潜った事を思い出す。
丸い石を抱いて底まで潜ると、鮎やシラハエが目の前を泳いでゆく。
息が無くなって水面に浮かぶと、真っ青な空と入道雲の間にトンビが飛んでいて、見上げていたら鼻がツーンと…
その記憶が掛け金を外したように、次々と浮かんでくる恭太郎との記憶に一千夏は溺れた。胸が甘いもので満たされているのに、苦しい。
拍手の音で我にかえった。
恭太郎がおじぎしながら走ってくる。
「一千夏…ほら、顔、拭いて」
涙がぼろぼろ出て、止まらない。
さしだされたタオルハンカチで涙を拭く。
「もう一枚あるから、鼻もかんどきな」
「ふう。恭太郎、ピアノ素敵だった。ありがとう」
「泣くとは思わなかった。琴線に触れたか」
「うん…恭太郎、なんていう曲名?」
「『僕の歌は君の歌』、だよ」
「うわあ、また泣き出しちゃった。一千夏、どうしたの?」
「あ、ありがと。きょうたろう、いままで、ありがと・・・」
「うんうん、俺も。一千夏、ありがとな」
「こ、これから、も…ず、ずっと、いっしょに、いてね…」
「ああ、
「きょうたろう…わたし、きょうたろうが、だいすき」
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終わりです。つたない初投稿を読んでいただきありがとうございました。
恭太郎が弾いたピアノ曲ですが、
https://www.youtube.com/watch?v=-mjmqCGQJOM
恭太郎はこちらを必死で耳コピしました(笑)
エルトン・ジョンの名曲・ピアノアレンジです。邦題は天才的です。一千夏も泣かされました。
追:幼馴染の根っこの太さはこれくらいだと思いたいです。
一千夏と恭太郎(ichika&kyotaro) ナカムラ マコ @mako_nakamuta777
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