エピローグ 前編

一千夏の家も恭太郎の家も、両方、片親家庭だ。


さいわい、両親りょうおやともしっかりとした職があり金銭的に困ることはなかったし、両家はお互い遠慮なく行き来し、協力しあって足りないところを補ってきた。


一千夏の母親はいまだ三十代、恭太郎の母親は四十代と同世代ではなかったが、お互いの年齢を意識せず付き合えたのもよかった。


親密な両家で秘密、しかも個人のでなく、二人の交際を秘密にするのは大変しんどいしそれに息苦しい、のと思ったので、バタバタながらもちゃんと認めてもらったことがうれしかった。


「よかったねー」


「ああ、でもまさか、バレバレだったとはなあ」


「さすが、だてに女を長年やってないよね。するどいわ」


「でも、カマかけられてたっていう可能性も・・・一千夏、ちょっとこっち向いてまっすぐ立ってみて」


「いいよ…はい。どう」


「・・・やっぱ、可愛いとしかわからん」


「やだ。バカ。なんか恥ずかしむかついたから、こうだあ!」


一千夏がのしかかる。恭太郎はとっさに長手方向に体を倒した。


一千夏が恭太郎の上にべったり伏せた。顔は心音を聞くような格好だ。


「実は、おっかさんズの見立てはスルドく正しいのだよ、恭太郎くん」


「へ?」


「胸は確実に…って、いいや。恭太郎の“それ”が一番の褒め言葉だよ」


「いや、可愛いのは事実で、褒めてるって感じじゃないけど」


一千夏が恭太郎の胸を指でぐりぐりする。


「じゃあ、褒めてみてよお」


「一千夏はちょっとあけすけなところあるけど、それは正直だからだし、思いやりもあるし、人とうまくやるのが得意だし、それから」


「あ、もういいよ」


「そんで、俺のこと、好きでいてくれるところ。これを一番褒め称えたい。あと、美人でエッチに積極的で裸族入ってるところとか」


「やめてやめて。いざ聞くと自分が恥ずかしいわ」




玄関ドアが開いて、一千夏の母親が入ってくる。二人が顔を上げると、わざわざソファの周りを回ってからキッチンに行って、


─ 切子はどこしまったかな。えっとお…


とかわざとらしく言いながらさっさと目的のグラスを二つ持って、


「ごゆっくり~、ぷふっ」


とまた隣家に行った。


「なに、あれ」


「“肴“が増えたのは間違いないな」


一千夏がころりと起き上がったので座りなおす。


「恭太郎、あのね」


「なに?」


恭太郎の頬から入れた手で髪を梳く。そのままそっと頬に触れる。その目がやさしくて、恭太郎は胸がぎゅっとなった。


「明日からはその髪形、維持ね、ようつべにワックス使いの動画あるから。あとシャツとスラックスにプレスかけるなりなんなり、しゃきっとした制服でね。靴も気をつけてね」


「うん。…俺、普通にしてるからさ、一千夏がベタベタしたかったら、してくれよ。応対するからな」


「え。甘々恋人ムーブ、してくれるの?」


「まあ、それなりに、な」


「お弁当一緒に食べてえ、廊下でいちゃついてえ…あと何するんだっけ?」


「屋上いくんじゃない?」


「開放されてません」


「されたとしても、こ汚いのでいやです」


「じゃあ、部室で」


「だから、そーれーはー、禁止。てか、俺たち帰宅部。部室、ない」


「部室は恭太郎の部屋ね。あと、手繋ぎはいいよね。バックハグはよろしいか?」


「してもらうのはいいよ。するのは、一千夏が是非に、というならやる。…バカップルって、難しいな」


「だね」



◇◆◇◆◇◆



翌朝、一千夏はバスで、恭太郎は自転車で登校した。いままでのスタイルでいこうと決めたのだった。


無理はせず。ナチュラルに


それで二人とも何の不満もなかったし。




一千夏のが学校に着くのが早かった。


教室に入ると、麻亜紗と京佳がスマホの写真を見せに来た。


「いちか、一千夏。イケメンコレクション最新見るぅ~?」


麻亜紗のぴかぴかの最新スマホに自撮り写真がチラッと見えた。


「見る見る~、どれ?」


一千夏の顔を見たふたりが口々に言う。


「ちょっとちょっと、一千夏、あんたすっげ可愛くなって、ね?」


「ホントだ。メイク変えた?って、あんた元々リップくらいしか付けてないもんね」


「先週はつや消しでしょんぼりだったのに、何があったん?男?男か」


「いいから、イケメン見せてよ」



んじゃ、と麻亜紗が自撮り写真をピンチすると、その後ろに居る人物がアップになった。


「え……」


京佳が指差して言う。


「駅前のmaximum joyfullってカフェのウエイターさん。いいっしょ、一千夏好みじゃね?」


教室に恭太郎が入ってくるのが見えた。まっすぐこっちに向かってくる。


麻亜紗と京佳はスマホに視線を落としているから、恭太郎に気が付かない。


「須田さん、三上さん、盗撮は駄目だよ」


二人が顔を上げると、本人がそこにいた。

口をばくぱくさせる二人。


「というわけで、それは恭太郎でしたあ。残念! じゃ、消して消して」


「ええーっ、え、え?伊藤くんなのお?うっそ!」


スマホと本人をためつすがめつする女子二人。


髪を切って通常の5割増ですっきり、姿勢もよくそこにいるイケメンが同級生と同一人物どと、すぐには認められない。


二人が騒ぎ出すと、教室内はなんだなんだと寄ってくる女子と聞き耳立てている女子と男子、“関係ねえ”と関心のない振りの男子と、まったく何が起こっても無関心層、に分かれた。


えー、伊藤くん? すごく変わったね カッコいいじゃん 何があったん? あれ、一千夏もなんか変わったね 可愛くなってない?


などと口々にいう女子に周りを囲まれた。イケメンを自認する男子たちも、どれどれとばかりに後ろに立って見ている。


「えーっと、というわけでえ、わたしたち、付き合うことになりました♡」


ここぞとばかりに一千夏が片割れハートを作ったので、すかさず合わせる。バカップルそのものだ。


「「「「「「ええええーっ!!」」」」」」



まあ、その後は色々と質問されたが、いかんせん、HRの寸前であるので時間切れだった。



席が近くの麻亜紗と京佳、そして有里がまだねばっていた。


「またカフェ行ってもいい?制服と全然違うのよねえ」


「あんたたち、ブルジョアなん?」


「あ、須田さん、ごめん。先週でバイト終わった」


「ええーっ、なんでえ」


「元々繋ぎで頼まれてただけなんだよ。もう彼、復帰したからさ、っと」


スマホを出してアルバムのスナップ写真を見せる。

まかないを食べているところのスナップだった。


「この手前の彼、こいつのの代わりだったんだよ。こいつ顔面偏差値高いでしょ」


「うっわ。すごいカッコいい!」


「店行けば彼、居るんだね」


食いつく麻亜紗と京佳だった。


「月・水・金の夕方は入ってると思うよ。あ、盗撮は駄目だからね」


「その人に伊藤くんの同級生とかって言うの、可?」


「んー、いいよ。俺も連絡しとくから、店行ってあげてください」


いいながらかばんを探る恭太郎、お目当てを探し出した。


「はい、これ。ドリンクとパフェのオフ券だから使って。あ、ちょっと、待って…これもあげる。曜日限定だけど、ケーキ券」


「嬉しいー、ありがとう!」



─────────────────────────



終わらなかった。すんません。もう一回あります。



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