体育祭(3)

 さすが野球部はフィジカルエリートの集まりというべきか、リズムに合わせて踊る丸谷くんは、見ているこっちが気持ちよくなるほどキビキビと、かつお手本通りの動きをしていた。

 そんな彼を眺めつつも、僕は隣の玉木さんに言わずにはいられなかった。

「実行委員引き受けた理由って、これなんだね」

「集中しといた方がいいんじゃない」

 と、玉木さんは踊る人々を見たまま言った。というより、その目には丸谷くんしか映っていなかっただろうけど。

「明日からのクラス練(習)で教えられるようになっておかないとまずいでしょ」

「……」

 正論を振りかざされ、僕はそれ以上何も言えなくなった。


 曲が終わり、方々で感想や互いのアドバイスなんかか聞こえだした。

 その中で、丸谷くんがおもむろに天野先輩の方へ近づいていくのが見えた。

 同時に、僕のすぐ傍で空気が張り詰めるのが肌感覚でわかった。そうなった原因は、わざわざ見なくても察しが付いた。

 丸谷くんは身振り手振りを交えながら天野先輩に何事か説明していた。

 それを聞いていた天野先輩は頷いた後、

「みんな、ちょっといいかな」

 と、全員に呼びかけた。

「丸谷くんからのアイデアなんだけど、二番のステップのところで——」

 振り付けの改善案を説明していたけど、初めて練習に参加した身としてはどこがどのように変わったのか理解できなかった。いや、初参加じゃなくたって、ステップがどうとか言われても理解できる自信はないのだけど。

「今のでもう一度、一曲通してやってみよう」

 天野先輩の声に、実行委員たちが定位置に着き始めた。

 玉木さんも腰を上げた。

「もう参加するの?」

 僕が言うと、

「だって身体動かさないと覚えないし」

 と言って、彼女は踊りの列に入っていった。

 しっかり丸谷くんの隣をキープしているところを見ると、彼女の言葉のどこからどこまでが本気だか、僕にはわからなくなった。


 本気かどうかはさておき、玉木さんの言ったことはやはり正論ではあった。

 翌日からはクラス毎での練習が始まった。実行委員が、決まった振り付けを自分たちのクラスで教えていくのだ。

 当然、教える側は振り付けを覚えておく必要がある。「動画に撮っておけばいいなじゃいか」と思いがちだけど(実際僕は思ったし言った)、質問が寄せられたら答えられるように、やはり実行委員は踊りをマスターしておかなければならないのだった。


 朝のSHRショートホームルームで呼びかけ、中庭で行われた昼休みの練習に集まったのは男女合わせて十人に満たなかった。

 参加しなかった人々を恨むつもりはない。僕もこんな立場じゃなかったら行かないだろうから。

 玉木さんも同じ気持ちだったのか、「目ん玉抉ってやる」などと物騒なことは言わなかった。もっとも、「最後まで来なかった奴はどうにかしてやる」とは呟いていたから、僕が練習への参加人数を増やすことへ腐心しなければならないことに変わりはなかった。


 振り付けに関しては、完全に玉木さん頼みだった。

 僕も隣で(玉木さんの動きを目で盗みながら)踊ったけど、早々に見限られたようで、誰もこちらを見ていなかった。

 一曲踊り終えた時に起こった拍手も、全て玉木さんに向けられたものだった。

 ダンスの心得があるのか、玉木さんは教えるのも上手かった。

 少しずつゆっくりと、特に難しいと思われる箇所は重点的に、それでいてわかりやすく説明していた。

 これも、丸谷くんへの想いが為せる業なのか。

 そんな風に思ったけど、それだけではないような気もした。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り、みんなが教室へ戻り始めた。

「お疲れ様」

 と、僕は預かっていたタオルを玉木さんに返した。

「ごめん、全然役に立てなくて」

「いいよ。あんたはとばっちり食っただけだし」

 顔を拭きながら、彼女は言った。

「ダンスはわたしがなんとかするから、心配しなくていいよ」

 僕が素直に頷けずにいると、吉田さんが声を掛けてきた。玉木さんに実行委員の役目を託した女子だ。

 彼女はカラカラと笑いながら玉木さんの肩を叩き、

「やっぱ玉木、教えるの上手いねー。あんたに託して正解だったわ」

「初めからそのつもりだったんじゃないの?」

 玉木さんが低い声で言った。

「滅相もない。親の入院はホントだって」

「完全に死んじゃう言い方だったけどな。だから実行委員代わったんだし」

「それは玉木の早とちりじゃん!」

「吉田さん、家の人入院してるの?」

 僕が問うと、吉田さんは「そうなんだよ」と困ったように笑い、

「ただのぎっくり腰なんだけどね」

「箱崎が実行委員にされたのも、元を辿ればこいつのせいだから怒っていいよ」

「ちょちょちょ、そんなこと言うなよー。玉木だって役得じゃん」

 玉木さんが吉田さんの顔面を鷲づかみにした。

 彼女の〈力〉を知っている身としては冷や冷やしたけど、僕にはどうすることもできなかった。

「——ところで」

 と、顔を掴まれたまま吉田さんが言った。

「振り付け、夏休みの時からだいぶ変わったね。てかもう全然原型とどめてないけど。さすがにもう変更はないよね?」

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球なら大体好きにできる玉木さん 賽の目 @hakozaki0821

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